ファーミン・バーンデッドと変な警官たち

ファーミン・バーンデッドと変な警官たち



ファーミンは脱走していた。

どこからって毎朝兄者に無理やり連行されているヴァルキス魔学校からである。


「よーしよし、順調…」


箒に乗って数十分、ヴァルキス魔学校の影も形も見えなくなった地点でファーミンは自分と箒の透明化を解いた。

前回の脱走がたまたま兄者のクラスの課外授業と被り、盲目にも関わらず遠方から発見されカラドボルグをぶん投げられたのは記憶に新しい。どういう感覚してんだ兄者は。ついでにブーメランのごとく兄者の元に帰っていったあの剣(兄者曰く中の杖が原因らしいが)もなんだ。

閑話休題。

さておき、首都近くの賑わいのある通りに降り立ったファーミンはそのまま散策を開始した。

特に目的があるわけでもない自由な時間、それこそファーミンの求めるものである。


「~♪…お、こんなところにチラシ貼ってたか?」


自由を謳歌しつつ散策していたファーミンの目にチラシが貼られた一角が目に留まる。

やたらゴテゴテとしたデザインに惹かれて見てみたそれは、学校のチラシだった。


「『ヴァルキス魔学校』、『イーストン魔法学校』、『セント・アルズ聖魔学校』…」


自分が通っている学校も含まれたそれは、魔法学校の中でもエリート校と呼ばれる三校である。

チラシのデザインからも別格と察せる学校の一つに自分が通っていることに今更特別な感慨はないが、それでもふと考えることもある。


(学校、か…)


正直に言えば、自分には向いていない環境だと思う。

兄者は上手くやっていて、今ではひと学年違う自分の元にも評判―多少の奇行も含めだが―が届くほどの優等生になっている。

すぐ下の弟のエピデムも、中等部には行かないそうだが趣味の研究のため高等部には入りたいと相談しているのを聞いたことがある。

四男のデリザスタはあれでしっかりしているから、自分たちにはまだ明かしていないだけで色々と調べているようだ。

五男のドミナも兄者の話を聞いて興味を持っているが、ジジイもとい父と離れるのは寂しいと少し考えている。六男のマッシュは-あの子は難しい立場なのもあって、中々将来の話は出来ないが。まぁ兄者に似た図太さがある弟である。あまり心配はいらないだろう。


かく言う自分は本当に向いていない。

今も脱走して街に来ているし授業を真面目に受けた覚えもない。兄者の強制連行が無ければ100%行ってないと断言できる。

授業の時間ずっと大人しくしているのも集団で行動するのも肌に合わないとしか言いようが無かった。

一度ジジイに相談したら「ファーミンに合わんようなら退学してもいいんじゃよ」という言葉は貰っているが-ファーミンとてバーンデッド家の現状も自分の将来も考えずに退学するのはどうかという良識はある。

じゃあどうすると言われればまだ答えは出ず、そのうち考えるのに飽きるのが常ではあるが-


「…っと」

「痛ぇなガキが!」


考えながら歩いていたのが悪かったのか、少しばかりの衝撃と共に酒臭い息がファーミンに降りかかる。

面倒な事になったと思いつつ目線をあげると、そこにはこちらを睨みつけるひげの目立つ赤ら顔の男がいた。


「面倒な事になった」

「おいこらガキ!今モノローグで済んだ事わざわざ口に出しやがったな!?」

「まずいな…ここで騒ぎ起こすと後でジジイと兄者に叱られる」

「聞いてる!?こっちは今の話してるんですけど?!」


騒いでる男の声を聞き流しつつファーミンはこれからの行動に思いをはせる。

ここまで近づかれれば透明化してもすぐ見つけられるだろうし、今から仕切り直してぶらつく気分でもない。どうするか


「…適度にボコるか」

「なんか怖いこと言ってる!」


楽な方に思考を打ち切ったファーミンはとっととボコろうと拳を固めた。

と、そこにまた別の声がかかる。


「こらそこー!何やってるんですかー!?」

「げっ、魔法警察…!」


大声と共に走ってきた姿を見て、酔っ払いはそそくさとその場を立ち去る。

なんとなくその姿を見送ったファーミンは、走ってきた男とその後ろを悠然と歩いて来る男に向けて口を開いた。


「まだこの辺りのパトロールやってるのかお前ら」

「あ!ファーミンくん!またサボりっすか!」

「うるさいぞアレックス。あともう昼の時間だ」

「昼飯より目の前の非行少年ですよ先パイ!!」

「誰が非行少年か」


アレックスとオーター-聞いてもないのに大声で自己紹介をしてきたアレックスによれば警察学校のバディらしい二人は、最近はこの辺りのパトロールが任務らしく、サボりに来たファーミンを見つければ声をかけてくる妙な顔見知りになっている。


「ヴァルキス生なんでしょ?良い学校に入ってるのに真面目にやらないのは勿体ないっす!!」

「それより昼飯を…」

「昼飯食うなら奢れ」

「ア゛ーッ!自由人共!!」


なんだかんだと貧乏くじを引くのはアレックスなのだが。タカれば五回に一回は奢ってくれるあたりチョロい男である。



今回は五回のうち一回に当てはまらず、ファーミン含めそれぞれで買った昼食のハンバーガーにかじりつく。

山のようにバーガーを買ったアレックスと持ちやすいホットドッグを食べながら本を読むオーターと、妙に馴染んだ昼飯の時間を過ごす。


「だからファーミンくんも先パイもオレのポテト取らない!!自分で買ってくださいよ!」

「人が食べてると旨そうに見えるだろ」 「一つ分もはいらない」

「ギャアアア!嫌いこの人たち!」


騒がしい声を聞き流しながらハンバーガーを完食したファーミンは、前々からぼんやりと疑問に思っていたことをぶつけるため口を開いた。


「なぁ、お前らなんで警官になったんだ?」

「敬語使いなさいって!…なんで、っすか?」

「だって警官とか得ないだろ。自分はルール守らなきゃいけなくて、他の人の注意もしなきゃいけないとか嫌われる職業だ。損するだけだろ、そんな生き方」


これは本当に、前々から思っていたことだった。ファーミンが見ているだけでもアレックスに注意されて逆ギレするような人間や言う事は聞くものの拗ねたような顔をする人間は多い。その上アレックスは必要とあらば怪我を負う事や身を削る事に躊躇はない。なんの得があればこんな難儀な職を選ぶのかと、ずっと思っていた。


「私はほどほどの人生をほどほどの労力でなしえるためだ」

「当たり前のように言うな」

「先パイ子どもにくらい取り繕ってください」


オーターは色んな意味で論外だが。こいつ能力は高いはずなのに。


「…へへ、マセてると思ったけどファーミンくんも案外子どもなんすね」

「どういう意味だよ」

「そのまんまの意味っすよ。…そうっすね、損することばっかかもしれません。でも、俺にとっては損するかとかささいな事なんすよ」

「…ささいな、事」

「そうっす。」


なんでもないことのように、当然の事に言われたその一言。

意味が分かったなんて言わない。きっと今は理解できない事だ。それでも


「…いいな、それ」

「へへ、いいっしょ」


笑うアレックスの顔に浮かぶのは、きっと誇りとかそういう風に言われるものだ。

そしてそれは、きっと良いものだと。自分でも理解が出来た。


「おい、休憩終わるぞ」

「え!?あ!ほんとだ!じゃあファーミンくんまた!学校行くんすよ!」

「気が向いたらな」


急いで走っていく二人を見送り、今日のところは家に帰ろうと踵を返す。

(…魔法警察、魔法局。そういう道も、アリか?)

少しばかり芽生えた未来の展望を心に留めることは忘れずに

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