ファンとの邂逅

ファンとの邂逅


“偉大なる航路”のとある島。


「…何…アレ…」


海に浮かぶ、とある海賊船を見たウタは恐怖と困惑のあまり顔を歪ませ思わずそう呟いた。


今までのウタが海賊船を見て真っ先に浮かぶ感情は嫌悪であった。

隣にいる幼馴染と共に海軍に入隊して以来、数多の海賊と対峙してきた。

七武海だろうが、元四皇だろうが、どんな恐ろしい海賊相手にも臆する事無く毅然とした態度で立ち向かってきた。

それにも関わらず、だ。


問題の海賊船の最大の特徴はその船首像。

アレはどう見ても___





船の舳先で両手を水平に広げて立つウタと、それを後ろから抱きしめるように支えるルフィを模した像だった。

…あまりに理解できない存在との邂逅はウタに経験したことのない種類の恐怖をもたらしたのだ。

ウタの中の何か(ウソップ曰くの“何かがヤベーセンサー”)が激しく警鐘を鳴らしていた。


…そして隣にいるルフィは腹を抱えて笑っていた。目に涙まで浮かべている。


…ドクロを掲げているから海賊…なのだろう。

帆には「BARTO CLUB」と書かれているのが見える。


「バルトクラブ?…聞いたことないなぁ…」

「でもあんな面白ェ船なら目立って有名になるんじゃねーか?」

「うーん…ルーキーってこと?」


問題はあの海賊団の目的である。

もし自分たちの身柄を目当てに探しに来たルーキー海賊団であった場合、どう対処するべきか。


…この島には港町もある。

あの海賊団にワザと姿を見せて、襲ってくる様なら返り討ちにしてしまおう。




「ウタ様ァー‼︎ ルフィ先輩ィー‼︎

ようごそごのぶねにご乗船いただぎ、ありがどう存じますだべェーっ‼︎」

「ボス‼︎ まぶしくて顔を見られねェ‼︎」

「そりゃ左に同じだべ‼︎写真に収めろォ‼︎ カメラの用意だべ‼︎」


ウタとルフィは、船員全員から感動の涙を流して乗船を歓迎された。


「なんだこいつらウタのファンか」

「…“濃い”なぁ…」


船長はバルトロメオと名乗った。

船員は全員“東の海”出身で、ウタとルフィの大ファン。

そして追っかけの為に“偉大なる航路”までやってきたらしい。


「ギャングやってた頃に聴いたウタ様の音楽に惚れちまっで‼︎ 

もつろんトーンダイアルは全部、観賞用と保存用と布教用にたぐさんのセットで買わせていただいでますだ‼︎」


ファンという存在がどういうものかは、ウタは十分理解しているつもりではあった。

しかし、これほどまでに“濃ゆい”ファンっぷりはドン引きものである。



「けどおれが先輩ってどういう事だ?」

「そりゃもづろんルフィ先輩を尊敬しでるからだべ〜‼︎」


どうやらバルトロメオは“東の海”でルフィを見かけた事があるらしい。

そしてバルトロメオの昔語りが始まった___


「___そっからずっと“麦わらのルフィ”の記事を追いかけた…‼︎

アラバスタの“クロコダイル討伐”‼︎

マリンフォードの”頂上決戦“‼︎

そして運命の“天竜人殴打事件”‼︎

マジでシビれた‼︎

たかだか地元で150の町を締め上げた程度の暗黒街のボスだったおれはルフィ先輩に憧れてとうとう海さ出ただ…‼︎」


…要約するとどうやら彼らの中では、

ウタは崇拝する「世界の歌姫」であり、

ルフィは尊敬すべき「歌姫を守るヒーロー」の様である。

ウタを守る為なら、

相手が“七武海”だろうが、

“元四皇”だろうが、

“天竜人”だろうが、

迷うこと無く立ち向かい殴り倒すルフィの生き様(あるいは破天荒さ)は彼らの琴線に触れるものがあるらしい。


…というかサラッととんでもない経歴の情報が出てきた。暗黒街のボス?


「えっと…ギャングの人だったの?

私のファンなら海賊みたいなマネはしないでいてくれるよね?

略奪とかやっちゃダメだよ?」


「いやいやいや‼︎

略奪なんてウタ様に顔向け出来無ェマネする訳が無えべ‼︎

おれたちウタ様とルフィ先輩を布教する傍らでグッズとトーンダイアルさ販売して真っ当に稼がせていただいておりますだ‼︎

公式の三割増しの値段でも飛ぶように売れてくべ‼︎」


「…勝手に複製作って売るのは違法なんだけどなぁ…」

もしかしてこの人たちにとっての海賊とは海賊版を扱う人のことなんだろうか?とウタは訝しんだ。

…ちなみにウタとルフィは知らないが、大っぴらに出来ないだけでウタの人気は未だ根強く、闇マーケットでグッズやトーンダイアルが複製、販売されていたりする。

公式の三割増し程度ならむしろかなり良心的な値段だったりするのだ。

それこそバルトロメオから買ったグッズを転売する者まで存在する。


「複製?コレお前ェらが作ったのか?」

「もづろんだべ‼︎おれたち“バルトクラブ”が毎日丹精込めて作っでおります‼︎

デザインやらはうちの参謀ガンビアがやってますだ‼︎

新作作るたびに大好評なもんで“宣教師”なんて通り名までついたべ‼︎」


照れくさそうにする“宣教師”ガンビアと崇めるようにする船員たち。


…なんかもう海賊団というよりカルト教団みたいになってきた。

ある意味海賊よりヤバい集団なんじゃないだろうか。


口が開く度に出てくる爆弾発言と、何よりファンとしての“濃さ”にそろそろ胸焼けを起こしそうだ。



「立ち話もなんだし宴やりましょうだべ‼︎ お二人のお好きな肉料理とホイップましましのパンケーキさ用意させるだべ〜‼︎」

「ホントかァ⁉︎お前いい奴だなァ〜‼︎」


…かくして宴が始まった。


乗船してから常に“見聞色の覇気”で船員全員に自分達を騙す意図が無い事は確認していたが、精神的な消耗が凄まじい。

本当に出てきたホイップましましのパンケーキを見てウタは目頭を抑えて「…会いたかったよ、パンケーキ」と独りごちた。

かなり思考回路が麻痺してきているらしい。


そしてルフィは肉を凄い勢いでバクバクと食べている。

…ウタから毒に警戒するように言われていたハズなのだが。


気づけば飲めや騒げのどんちゃん騒ぎである。


途中ルフィからのリクエストで船上でライブをする事になった。


ウタが人前で歌うなど何日ぶりだろうか。

“元”とはいえ海兵であるウタが海賊船の上で海賊の為に歌う事になる日が来ようとは。


…とはいえ、歌を求められた以上歌わないわけにはいかない。

歌姫は、歌を歌う場所も、歌を聴かせる相手も選ばないのだ。

なにより、ウタの歌を求めているのはいつだって幼馴染のルフィなのだ。

食べたパンケーキの分くらいは働かなければ、とウタは自分に言い聞かせ、何故かレッドカーペットが敷かれた即席の壇上に上がりその美声を披露する。


ウタが歌う前でバルトクラブ船員たちはオタ芸を披露してくれた。

ペンライトを振りながら海兵時代のバックダンサーと同じダンスを一糸乱れぬ連携で踊ってくれたのだ。

全員酒が入っている状態にも関わらず完コピと言える程にキレッキレの動きであった。


営業スマイルを浮かべながら内心、何だこの状況…とウタは思う。

それと顔から出るもの全部出ていて汚い…とも。


久々の宴で心から楽しそうしているルフィの笑顔だけがウタの救いであった。



別れ際、色紙やTシャツにサインしたり、記念撮影したり、船員全員と握手したりした。


「このまんま付いてってお二方の活躍を一目拝見してェけんど___

とてもお二方の仲をお邪魔はでぎねェし‼︎

おらたづの幸せバロメーターはすでにフルスロットル‼︎

いづかまたお会いする日には‼︎

おれたづ全員っ‼︎

お二人のファンの名に恥じぬ実力を身に付げて参上仕りますゆえ‼︎

そん時もしお役に立てましたならば‼︎

子分盃を交わして頂けますれば、至極光栄に存じますだべェ‼︎」


「じゃあな“ロメ男”達‼︎ 

今日は色々ありがとう‼︎

宴︎凄ェ楽しかった‼︎」

(え……今‼︎ おれの名を……⁉︎)

「よがったですねーボス‼︎」

「こ…ここづらこそ‼︎ 

ありがとう存じます〜〜〜〜‼︎

どうかお気をつげて行っでらっひゃいばぜ〜〜〜〜‼︎」

「お前らもな‼︎ またな〜〜〜‼︎」

「よかったっスねーボス〜‼︎」


最初から最後まで騒がしい、嵐の様なファン達であった。




「面白ェやつらだったな」

「私はなんというか…疲れたよ…」

「ウタのファンでいてくれる奴まだいたんだな…良かったな、ウタ‼︎」

「…良かった…かなぁ…?」


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