ピュグマリオンの手配書 外伝

ピュグマリオンの手配書 外伝


 壁に貼られた手配書には何者も写っていない。枠だけの手配書が貼られているわけではなく、枠の中にはどこかの街並みが写っている。しかし、肝心の人物がどこにも見当たらない。手配書には「SIR CROCODILE」の名があり、同じ19億の額で流通している他の手配書と比べると、人物の後ろに似たような背景を見ることができる。実のところ、この街並みだけの手配書にも以前は確かに「SIR CROCODILE」が写っていた。しかし、ある時から人物だけが消えてしまい、今は街並みのみとなった手配書が風景画のように壁に貼られ続けている。


 ある街の酒場で、酔った客の一人が店の中に飾られた絵画を指さして言った。「前に見た時はここに人がいたのに、今日はいなくなってる。」どうせ酔って見間違えたのだろうと誰も相手にしなかったが、その客は間違いなく見たと言って譲らなかった。


 空っぽの手配書がある部屋に暮らす男は、いつか再びここに「SIR CROCODILE」が戻ってくるのを待っていた。今は少し出かけているだけで、旅に飽きたら帰ってくるはずだ。そう思うのは実際に手配書の中から「SIR CROCODILE」が抜け出すところを見ているからだった。最初は夢を見ているのだと思っていた。そんな非現実的なことはあり得ないと信じられなかった。そしてあの日、手配書から抜け出した身体は男の目の前で砂になって溶け、風に乗って窓から外へと散っていった。部屋にはがらんどうになった手配書だけが残された。


 叶わない想いを紛らわせるため、あちこちを見てまわった。砂のまま随分遠くまで流されたものの、あの時に消耗し切った身体はまた元の通りに形作ることができるようになった。こうしているのは悪くない。酔った男に絵画に入ったところを見られたようだが、それを訴えては周りから呆れられているのをこっそり見るのも愉快だ。それなのにまだ気持ちを断ち切ることはできていない。あれから156日も経っているから、戻ったところで自分の居場所などないに決まっているのにな…。

 一目姿を見るだけならどうだろう。そっと窓から覗き見て今の姿を確認できたら、諦めもつくかもしれない。そうしたらまた、酔っ払いをからかったり、優雅な絵画の中で眠ったりして過ごせばいい。そうと決まれば今すぐ行こう。この時間ならきっと眠っているし、万一姿を見られても夢だと思うだけだろう。また寝顔を覗いてやろう。普段はあんなに険しい顔をして、寝ている時は今もやっぱりあどけないのだろうか。


Report Page