ピエよんブートキャンプ.NEXT LEVEL

ピエよんブートキャンプ.NEXT LEVEL


ピエよん「なるほど、つまり今までの鍛え方では物足りなくなった……ということかい?」


ここは苺プロの談話室。今日は収録が無いからか珍しく白のワイシャツ(ボタンがはちきれそう)に黒のジャケット、下はスラックスという格好の風n……ピエよんさんの問いかけに、僕は無言で頷いた。……ピエよんさんはなぜかいつもの被り物だけは律儀に被ってたけど。


ピエよん「なるほど、小学生の頃から続けていたピエよんブートキャンプもそろそろ次の段階に進めるべきか……しかしその前に、だ」


ピエよんさんの被り物の眼が僕を射抜く。作り物のはずなのに眼光が鋭い。


ピエよん「君はなぜそれを欲する?その理由を聞かせてくれ。こう言っちゃなんだが、今の負荷でも健康を維持するためには十分だし、オーバーワークは却って君の学業やマネージャー業務に支障をきたしかねない。次に進めるためにはそれ相応の理由が必要だ。だから今、この場で……僕を、納得させてくれ」


無言のプレッシャーを感じる。いつもyoutubeで披露しているあのキャラとは明らかに違う、でもはっきりと僕を心配している、そんなオーラがにじみ出ている。


硝太「……守りたい人達が、いるんです」


一呼吸おいてから、僕ははっきりと言葉を紡ぎ始めた。


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最初にそれを自覚したのは、あかね義姉さんが自殺しようとした時だ。

あの時僕は我を忘れるほどに怒り狂い、ネット上であかね義姉さんへの誹謗中傷を行っていたSNSのアカウントを片っ端から特定し、リストを作った。

それだけじゃなく、ネット関係の訴訟に強い弁護士も厳選して数人ピックアップし、後日今ガチメンバーの前でリストと共に提出した。

こうして一度辛酸を舐めさせられたら連中も二度とこんなことはしないだろう、裁判さえ起こせば絶対勝てる状況は作り上げた、あとはみんなの許可さえ下りれば……


でも僕の計画は、アク兄の鶴の一声で水泡と化した。


結局あかね義姉さんの炎上は今ガチメンバーが講じた作戦で鎮火し、その後アク兄とあかね義姉さんはお付き合いをすることになった。


良かった、そう思う一方で、僕の中には何もできなかった無力感と、もしアク兄がいなかったら……という恐怖だけが残された。


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はっきりと自覚したのは、フリルをストーカーの被害から守った時だ。

あの時僕は犯人から自分への傷害罪を成立させた上、更にはフリルに酷いことをしようとしていた状況証拠を掴み、母さん達に警察へと突き出してもらった。


その後、僕は入院先の病室でフリルから大目玉をくらった。


―君は私を騙した。私だって君を大事に思っているのに。


ペリドット色の美しい瞳が大粒の涙を零し続けるのを、僕は黙って見ていることしかできなかった。


そしてその時、彼女に誓った。もう危ない手段はできるだけ使わない、と。

ただひとえに、彼女が僕のせいで悲しむ姿を見たくなかったから。


それはつまり、僕が自分の体を犠牲にせずとも今回のようなケースを解決できることが要求される、ということだった。


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ピエよん「なるほど、なぁ」


僕の話を黙って聴いていたピエよんさんが、腕組みをしながら宙を仰いだ。

決して軽んじて聞き流しているわけではない、真剣に聴いた上で悩んでくれている。


硝太「根本的な解決策になってないことは自分でも分かってます。鍛えて強くなればそれで良い、なんて分かりやすい問題じゃないことも」


難敵が現れたらレベルを上げて物理で殴ればそれで万事OK、そんなことが通用するのはゲームの中だけだ。

……それでも。


硝太「芸能界は魔物の巣窟です。一歩足を踏み外せば、魑魅魍魎が奈落の底に待っている。フリルにアク兄、ルビ姉にかな先輩、MEMさんにあかね義姉さん……ううん、もっとたくさんの人達。芸能界で今日も生きている大切な人達が危機に直面した時、何もできないのはもう嫌なんです。後悔するならせめて、自分がやれることを全てやりきってから後悔したい……それが理由です。」


路傍に転がる石ころでも、ミクロにも満たないガラスの破片でも。

使えるものは何だって使う。学べるものは何だって学ぶ。

それが僕の決意、それが僕の……覚悟だ。


ピエよんさんの作り物の眼を真っすぐ見つめて、言葉を紡ぎ終わった。


ピエよん「……僕から話をしても、良いかな?」


ピエよんさんがジャケットの内ポケットをまさぐり始めた。


ピエよん「実は今日事務所に来たのは、ミヤコさんと明日の動画について打ち合わせをするため。そしてもう一つは……これを君に渡すためだ」


ピエよんさんが何やら分厚い紙の束を渡してきた。紐で括られたそれの表紙にはデカデカとアメコミ風の装飾でこう書いてあった。


【ピエよんブートキャンプ アメリカンドリームプランver.】


硝太「?!ピエよんさん、これは……?」


ピエよん「君が病院に入院している時、ルビー君が僕に相談してきたんだよ。『弟が最近病室で肉体改造や護身術の本ばかり読んでる』って」


Oh……しっかりバレていたらしい。一応隠れて読んでたんだけどなぁ。


ピエよん「休暇で海外に行くたび、現地でトレーナーやジム経営をしている人達とコネを作ってきたんだ。中には日本でジムを開きたい、って人も居て、僕が来日からジム開設までを手伝ってあげたりしてたんだ。だから今回はそのコネを使う。」


思い切って表紙を開く。中には1週間のスケジュールがびっしり、メニュー内容まで事細かに書いてあった。その中でも僕が目を引かれたのは。


硝太「ムエタイ基礎編、ボクシング基礎編、合気道基礎編、CQC基礎編……!?」


え、これってバリバリ武術じゃないのか。CQCが実はBBQの打ち間違いでした、とかじゃないよな。


ピエよん「不知火君の件は僕も聞いているよ。ミヤコさんが会計時にあちらのお偉いさんとお会いしたらしい。なんでも、入院中の医療費を全額あちらが受け持ってくれたらしいよ?」


こりゃ本格的にフリルと事務所さんに頭が上がらないな……まぁ別にそれでも構わないけど。


ピエよん「僕としても君は大事な弟子だし、弟子が求めるものを与えるのが師の務めだと思ってるからね。今回のプランは本腰を入れて組ませてもらった。だから、その筋のプロに頼んで教えてもらうつもりにしている。元軍人の日本オタクで、今道場を開いている黒帯の知り合いもいるからね」


今日ほどこの人に対して尊敬の念を抱いたことは無い。池の鯉とか言ってごめんなさい。


ピエよん「君今、池の鯉のことを考えてたね?」


硝太「へっ?! いやあの……はい、ごめんなさい」


ピエよん「本当に分かりやすいなぁ、君は」


そう言ってピエよんさんは裏声のまま含み笑いをする。僕はこの人が本気で怒ったところを見たことが無い。どんな冗談を言っても笑って済ましてくれる。

この人が苺プロに居てくれて良かった。この人が僕の師匠で……本当に良かった。


ピエよん「ただね、このプランすごいキツイよ?今までの比じゃないくらい。ここまでお膳立てしておいて今更聞くのも変だけど……本当にやるかい?」


硝太「やります、やらせてください」


迷う暇なんてなかった。


硝太「何もできずに後悔するのは……もうこりごりですから」


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ピエよん「あぁ、ところで。もしこのことがミヤコさんにバレて僕がお説教される時は……良かったら一緒に叱られてくれるかい?一人は心細くて」


硝太「…………善処します」

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