『ビンクスの酒』

『ビンクスの酒』


「………ん…」


「またウタが夢の中!」

「わ、びっくりした!」

目の前にルフィの顔があってつい驚いてしまう。

とっさに頭をどけて周りを確認する。

サニー号の芝。広がる料理。右手のジョッキ。

思い出した、今は宴の途中だった。

ついつい飲みすぎて眠っていたらしい。

「ん〜…でももう少し飲みたいなァ。」

「大丈夫かウタ?なんか魘されてなかったか?」

「え?まっさか!私がうなされるなんてあると思う?」

「うーん…」

「それよりさ!せっかくチキンあるし勝負しよ!」

「チキンレースか!よし、またおれが勝ってやる!」

「またって、あんたいつも負けてるじゃん!」

「違う!おれが連勝中だ!」

いつも通りのやり取りが繰り広げられながら、ルフィがチョッパーに声をかけに行く。

現実での勝負だ、ジンベエに世話をかけることがないよう控えめにしてもらおう。


「……フゥ…」

正直な話、確かに夢見は良くなかった。

というより最悪だった。

「…あんたでしょ、なに今の。」

そう己の中のそれに問い詰める。

(…別ニ、只ノ暇潰シダ。)

「暇潰しであんなの見せられてもたまらないんだけど?」

(ウルサイ!宴ノ準備ニコキ使ッテクレタノハドッチダ!)

どうやらパシリにされたのがよほど気に食わなかったらしい。

だが気に食わなかったのはこっちだ。

「次やったらあんたの楽譜薪にしてやるから」

(オマエ本気デ覚エテ…)

喚いていたそれが押し黙る。

どうやらこちらが本気で頭にきてるのを理解したらしい。

(…アーモウ悪カッタ!二度トシネーヨ!)

「分かればよろしい」

それを最後に、それの気配は消えた。

どうやら眠りについたらしい。


…こんなに頭にきている理由は分かっている。

夢に見た己を一切否定できなかったからだ。


もし自分がフーシャ村に戻れなかったら。

もしまたルフィと会えなかったら。

もしゴードンから真実を聞けなかったら。

もしあれ程の人達に歌っていたら。

…もし、あんな真実の知り方をしてしまえば。


「おーいウタ!準備できたぞ!」

ルフィが呼んでいる。

しっかり勝負の準備をしたらしい。

「…うん、今行く!」


…きっと、今の自分はなかった。



「アチョー!」

「ギャーッ!」

「アハハハハ!また引っかかった!」

「チキショー!卑怯だぞウタ!」

「出た、負け惜しみ〜!」

勝負の結果は言わずもがな、カンフーに勝ちあげられたルフィの言葉が船に響く。

「…あんな手に引っかかるのかルフィ…。」

「あれはもうそういうものよジンベエ、諦めなさい。」

初めて見たジンベエが呆れているが、他のみんなは見慣れた光景とばかりに笑っている。

「クッソー!次はおれが勝つからな!」

「アハハハハ!…ハハ…。」

「…?ウタ?」

立ち上がってこちらを見るルフィの影が、夢の中のルフィと重なる。

「…………。」


ギュッ

「ん?」

「………。」


「ん!?」

「…あれもいつも通りなのか?」

「いや、あれは知らない…。」

「ウウウウタちゃん!?」


あァ、やはり自分は思いの外飲みすぎたらしい。

まさかこんな行動に出るとは。

「ウタ?どうかしたか?」

「ん〜?別に。…大っきくなったよねェ。昔は私より小さかったのに。」

「?そりゃおれフーシャ村のときからお前より身長伸びてたぞ?」

「まァそうだけどさー…。」

ふとルフィの首にかかってた麦わら帽子を被せてみる。

「…うん、やっぱりよく似合う。」

「お前大丈夫か?滅茶苦茶酔ってねェか?」

「そうかもね〜!ハハハハ!」

酔ってるのならばこのくらい許されるだろう。

どうせ誰も意味など分かりはしない。


「気分いいし、このまま一曲行きまーす!」

「おや、ヨホホ!何か引きましょうか?」

「じゃああれ歌おう!あれ!よろしく!」

「分かりました、では早速!」

どうやら今ので伝わってくれたらしい。

ブルックが思い描いていた伴奏を奏でる。

「お、久しぶりだなこの曲!」

「ジンベエは初めてだっけ?」

「ふむ…聞いたことくらいはある。」

「よーし、歌うぞ野郎共ォ!」

『オー!』

「…フフ。いくよ皆ー!」


『ヨホホホ〜 ヨーホホ〜ホ〜』


ヨホホホ〜 ヨーホホ〜ホ〜


ビンクスの酒を 届けにゆくよ

海風 気まかせ 波まかせ

潮の向こうで 夕日も騒ぐ

空にゃ 輪をかく鳥の唄



「…今夜は満月だな。」

「なんだお頭?珍しく感傷に浸るじゃねェか?」

「別に?なんでもないさ。」


「おいパンチ!モンスター!何か一曲頼むぜ!」

「せっかくの宴なんだ、なんか歌おうぜ!」

「そうか、じゃあこれで行くぞ!」


「…おれ達も混ざるか、ベック。今日は飲み明かしてやろう。」

「…おうよ、お頭。」



ヨホホホ〜 ヨーホホ〜ホ〜

ヨホホホ〜 ヨーホホ〜ホ〜


ビンクスの酒を 届けにゆくよ

我ら海賊 海割ってく

波を枕に 寝ぐらは船よ

帆に旗に 蹴立てるはドクロ



ビンクスの酒を 届けにゆくよ

今日か明日かと宵の夢

手をふる影に もう会えないよ

何をくよくよ 明日も月夜



夢は夢、今は今。

今ここにいる私は、たしかにこの道にいる。

それで十分だ。

今更止まりも迷いもしない。

歌姫として、魔王として、海賊王の隣に相応しい海賊になると決めた。

ならば、仲間とともに歌い進むだけだ。


だから今日だけは、あなたにこの‹歌声›を贈ろうと思う。

世界の歌姫として、そして«赤髪»海賊団音楽家として。

最期の時、‹終焉›まで歌を響かせてみせたあなたに。

この歌を歌う。


ビンクスの酒を 届けにゆくよ

ドンと一丁唄お 海の唄

どうせ誰でも いつかはホネよ

果てなし あてなし 笑い話


ヨホホホ〜 ヨーホホ〜ホ〜 

ヨホホホ〜 ヨーホホ〜ホ〜



ヨホホホ〜 ヨーホホ〜ホ〜 

ヨホホホ〜 ヨーホホ〜ホ〜


fin



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