ビルの谷間、紫煙を燻らせ。

ビルの谷間、紫煙を燻らせ。

#スズミ#セリナ#喫煙描写

 昼時のトリニティ郊外。不良が屯するビルの谷間から、フラッシュバンの閃光と破裂音、そしてスケバンたちの短い断末魔が漏れ出す。大通りを歩く人々はそれらに一瞬気取られるも、自身に対して特に害をなすものでは無いと認識したのか何をするわけでもなく各々の生活に戻ってゆく。もっとも、一部のトリニティ生は巻き込まれては敵わないと回り道をしているようだが。

 喉に舌を詰まらせないよう気絶したスケバンたちを回復体位に直したスズミは大通りの方を確認し、路地に入ってくる人の気がない事を確かめると、ポケットから板ガムの包装程度の小箱と小さな包みを二つ取り出す。箱には紙の束が、袋にはそれぞれ砂と乾燥させた葉が包まれており、どうやら手巻きタバコの材料らしい。

 慣れた手つきで薄紙を折ってクセをつけ、その上に細切れの葉をカサカサと盛る。ふわりと盛られた葉に砂をまぶし、あとは紙を丸めれば完成だ。フィルターはつけていないので、コツコツと落とすようにマガジンへ叩きつけ、葉を寄せて詰め吸い口を作る。マッチを点して薄紙の余った部分を焼き捨ててから紙筒の先をジリジリと焦がす。……紫煙が口内に燻らされてからゆったりと肺に落とされる。熱された砂漠の砂が砂糖と成って肺胞から血中に巡れば、じんわりと指先に体温が還って震えと冷や汗が収まり、骨の砕けるような痛みが多少和らいだ。ほっと一息つく。

「また喧嘩ですか?治療が必要な方は……スズミ、さん?」

 いくら一仕事を終え喫糖していたとは言え、スズミに油断はなかった。こんなところを人に見られるわけにはいかないし乙字管のような曲がりくねった裏路地で隠れるようにして吸っていたのだ。しかし、どこにでもいてどこにもいない、神出鬼没のナースにはどこに隠れようと関係のないことであったらしい。

「……!セリナさん!?えっと、これはその!」

「そう、ですか、スズミさんも……食べてしまったのですね?」

「あう、うぅ……」

 狼狽えながら上手いこと言い訳を紡ごうとするスズミだが一目で見抜かれては敵わないとぽつりぽつり、何があったのかを独り言のようにビルの谷間へと煙と共に吐き出す。

「……レイサさんがスイーツ部より貰ってきたお菓子に、砂糖が使われていたようで、それを」

「それは……なんとも。レイサさんは大丈夫なのですか?」

「気付いてからすぐに取り上げたので、幸い。……私に最初に食べてもらおうと我慢していたのが功を奏したようです。ただ……」

「どうされたのですか?」

「ふぅ……。ただ、私に砂糖を食べさせてしまったのを酷く後悔しているようで、何度あなたは悪くないと伝えても塞ぎ込んでしまって……」

「……」

 気まずい沈黙が流れる。両端から吹き込む路地は真ん中のあたりで上向きの流れとなり煙と灰を空へ持ち上げる。沈黙も吹き飛ばしてくれればよいのだがそう都合のいい風が吹く物ではない。

 先に沈黙を破ったのはスズミの方だった。

「そういえば、セリナさん。スズミさん『も』と言ってましたが……もしかして」

「あっ、はい、その、お恥ずかしい話なのですけども……輸液、あるじゃないですか?騎士団の活動が増えてなかなか休めなくって、臨時的に水分と栄養の補給をしようと輸液を飲んだらそこに……」

「輸液!?……そんなところにまでッ!」

「ええ、許せません。動けない患者さんを狙うなんて、本当に、絶対に……。許せない……!」

 強い怒気の混じった声。それは砂糖が切れただけでなく、弱者を狙った手段の卑怯さと、もしかしたら自らの手で砂糖依存者を増やしていたかもしれない憤りからくるもので、銃を握りしめる手には無意識のうちに力が篭りギリギリと音を立てる。

 ぶちぶちと恨みつらみを述べ始めとうとう呼吸すら荒くなってきたセリナに、自身より遥かに大きな怒りを感じスズミはかえって冷静になり宥めるように声をかける。

「セリナさん?大丈夫ですか?落ち着いてください」

「あっ!……すみません私としたことが。お砂糖を食べないとどうにも怒りっぽくて。……あはは、怒っていたら手の震えも出てきてしまいました」

「放っておくと酷くなりますからね……。どうしましょう、落としても奪われてもいいように砂の状態で持ち歩いているので今すぐに摂取できるものは……」

「では、それを一本いただけませんか?お返しはしますので」

「……いえ、そうもいきません。フィルターもない原始的な作りですので、煙が重すぎてむせ返ってしまうと思われます。……何か袋があればいいのですけど。煙を一度冷ますと格段に吸い込みやすくなるので」

「袋ですか、うーん、廃棄物をしまう為の小さいものしか」

「あとは、ブロウガンですか……セリナさん、私がセリナさんの口元に煙を吹くのでそれを……」

「す、吸うんですか……!?」

 覚悟を決めたような表情のスズミは、赤面するセリナを有無を言わせず引き寄せ、まるで赤子にするかのように抱き抱える。ぐっと濃くなる煙の匂いと、砂糖に蝕まれ尚も濁らない赤い瞳に覗き込まれ、セリナの胸は砂糖切れとは関係なしに高鳴るのだった。


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