ビルの谷間、紫煙を燻らせ。続

ビルの谷間、紫煙を燻らせ。続

#守月スズミ#鷲見セリナ#喫煙描写

(ああ、どうしましょう!お、女の子同士でこんなこと……。いえ!男女の関係でもなんだかアダルティなような!でもスズミさんは真剣だし、これだと意識している私の方が……!)

「セリナさん」

「ひゃいっ!!」

「……ふふっ、ご準備はよろしいですか?」

「おっ、お手柔らかに……お願いしますっ」

「もう、そんなに緊張しないでください。ただ息をするだけなのですから……では、行きますよ」

 セリナを抱きしめる手に伝わる肋骨が拡張と収縮する感覚から呼吸のリズムを読み取ると、ゆったりと吸い込まれた煙が吸気のタイミングに合わせて吐き出され、セリナの口内に落とされた。

 白い靄が2人を繋ぎ、文字通り息を合わせて一つになる。セリナは自分でも驚くほど自然に、そしてなんの抵抗もなくスズミの吐息で肺腑を隅々まで燻して、ほう、と息をつく。

(……あれ?なんだか煙を吸い込む前から苛立ちも手の震えも消えていた気がしますけど……。きっと、気のせい、ですよね?)

 セリナは恥じらいと興奮と砂糖で思考をぽーっと蕩けさせて、緩んだ頭のままスズミの方に視線を向けると、肺を落とさないためかそっぽを向いて二口目の煙を用意しているところが目に入る。あまりにも丁寧に吸うもので、自然に燃えているのとほとんど変わらない明るさの燃焼部が、煙を立ち昇らせていないことから辛うじて喫糖中であることが伺えるばかり。じりじりと焦げるのを見ているとこちらまで焦れてしまいそうな、そんな吸い方。

 スズミの口元から左手が離れ、セリナを抱きしめる右手にきゅっと力が篭り、2人の顔の距離が縮まる。そこからはお互いに言葉もなく、注ぐ者と受け入れる者に分かれ、先ほどとと同じように煙の受け渡しをする──。



 そんな事を紙筒が燃え尽きるまで繰り返し、セリナは幾度となくスズミで満たされた。それは肺腑だけに限らず、ひょっとすれば心まで満たされていたかもしれない。

 というのも、砂糖を摂取して以来、セリナは依存症の発覚と離脱症状による易怒性を恐れて人付き合いを控えており、他人との親密なスキンシップは随分と久しぶりなことであったのだ。そしてまた、どうしても我慢が効かなくなった時には砂糖を摂るのだが、いわゆる裏の知識のないセリナは不良たちにあの手この手で不当に高額な砂糖を買わされ搾取される立場でもあった。

 誰にも助けを求められず、搾取され、それが誰かを傷つける資金になる。気丈に振る舞ってはいたが、セリナにとってあまりにも耐え難い日々。

 それがどうだろうか。同じ立場の人間に秘密を打ち明け、あろうことか砂糖を分け与えられている。いつ限界を迎えてもおかしくないストレスに晒され続けていたセリナにとって、今のスズミは一時とは言え、強烈な救いであった。

(なんだか全身が暖かくて、脈拍が早まっているのに不快じゃない……。むしろ、心地いいくらい)

 そんな思いなど露知らず、まるで何事もなかったかのように、スズミはスティック状の携帯灰皿に吸い殻を押し込み、それをパチリと閉じるとセリナを抱えたまま問うた。

「どう、でしょうか、セリナさん。治まりましたか?」

 深く呼吸をし、早鐘を撃つ心臓を落ち着かせながらセリナは礼を述べる。

「は、はい。それはもう、すっかり。ありがと……ございました」

「……どうかされましたか?お顔が赤いようですが。熱でもありますか?」

「いえっなんでもないです!今日はホントにありがとござました!わ、私はこれでっ」

 慌てふためきそそくさと帰ろうとするセリナをスズミは引き止める。

「待ってくださいセリナさん!」

「ひゃいっ!」

「……煙と砂糖の匂いが残っているので、すぐに戻るとバレてしまいますから。風に吹かれながら少し、お話しでもしましょう」

 煙の匂いと言われたセリナは襟元や腕の匂いを嗅いで首を傾げる。スズミがそれを見て、小さくクスリと笑い「本人には分からないものですよ」と言うと、セリナは「そういうものなのでしょうか……」と怪訝そうにスズミの隣へ戻り、ひしと身を寄せるのであった。


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