ビジネスデート尾行大作戦
「こちら紅玉、ターゲットは現在クレープを食べています。私も後で食べたいです。どーぞ」
「こちらスター、後でみんなで食べましょう。ターゲットは今日もカッコいいし可愛いです。おーばー」
「2人共、隣に居るのに無線っぽいやり取りは合わないんじゃないかな?それと凄くノリノリだね」
僕とアイとルビーの3人は今、周りにバレないようしっかりと変装をした状態でとあるカフェを訪れている。と言っても家族でお茶をするためにというワケではなく、僕達のもう1人の大切な家族、アクアがここに来ているからというのが理由だ。
実は今、僕達はアクアの事を尾行している。現在アクアは、僕と同じ『劇団ララライ』に所属している女優の黒川さんとデートの真っ最中だ。本人曰くビジネスのデートらしいが、それでも女性とお付き合いをしているという格好に変わりはない。それに、いつかこの嘘の関係が本当になる事だって十分に有り得る話なのだから、清い交際をしていってほしいというのが父親としての本音だ。
申し訳無い、脱線してしまったね。話を戻そう。今回アクアを尾行するに至った経緯なのだが、発端は昨晩の会話に遡る。
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「洗い物終わったぞ。ああそうだ、明日はあかねとのアリバイ作りしてくるから夕方過ぎ辺りまで家を空ける。それじゃ、おやすみ」
「「はーい、おやすみなさーい」」
「おやすみ、アクア」
時刻は23時を少し回ったあたり。夕飯を終えてから今日は皆で、アイが主演の映画をリビングで観賞していた。映画を見終えてから僕達は、時間的にそろそろ寝ようかと話していたところ。
明日は日曜日。僕とアイはオフで、アクアとルビーも学校はお休み。なので家族4人でどこかにドライブでも行こうかと思っていたのだけれど……。そうか、アクアはデートかぁ。もうそんな年頃になったんだね。
我が子が青春している事を感慨深く思っていたのだが、
「よし、明日はお兄ちゃんのデートを尾行しよう」
「「えっ?」」
唐突にルビーがとんでもない事を言い出した。これは流石によろしくないので、僕は親として軽くお説教をする。
「こぉら、アクアの邪魔になるから駄目だよルビー」
「そうだよ。それにあかねちゃんも居るんだから、迷惑掛けちゃダメ」
おお、アイも立派な母親らしい事を言って……。
「でもママ、将来あかねちゃんは私のお義姉ちゃんに、ひいてはパパとママの義娘になるかもしれないんだよ?どんな子なのか見たくない?」
「見たい」
「アイ!?」
一瞬で掌を返してしまった。アイ!僕達がストッパーにならなくてどうするんだい!?
その後も2人は今までのアクア達のデートから明日のルートを推測したり、明日の尾行で着ていく変装用の服を選んだりと終始楽しそうにしていた。パッと見ただけなら、母娘の仲睦まじい光景なんだけどね……。
アクア、どうか僕を赦してほしい。無力な父親でごめんよ……。
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そして冒頭でのやり取りに至る。僕が今この場に居るのは2人を監視するためであって、決して息子が青春してる様子を見守りたいからだとかは思っていない。
思って……ないよ?
「それにしてもあかねちゃんって本物見るとすごく可愛いなーって思うなぁ。『今ガチ』の頃と比べて髪伸ばしたのも、やっぱりお兄ちゃんの趣味に合わせてるのかな?」ヒソヒソ
「まさかの『B小町』時代の私って分かった時ビックリしちゃったもんね。もう1回みてみたいなー、あかねちゃんの『黒川アイ』」ヒソヒソ
「黒川さんの演技は『没入型』だから与えられた役をしっかり分析・理解をして役そのものに成りきるんだ。どういう風に勉強してるのかは僕も見た事はないけどね」ヒソヒソ
『今ガチ』の映像でアイが言うところの『黒川アイ』を見た時は、僕も息を飲んだ。まるであの頃のアイがタイムスリップしてきたかのように錯覚する程の完成度、それ程の技量を有する彼女は絶対に素晴らしい女優へなれると確信している。
「むっ」
「ん?どうしたのアイ?」
「ヒカル……またあかねちゃんの事考えてるでしょ。私こういう勘は結構鋭い自信あるよ?」ジトーッ
「パパ……」ジトーッ
「待ってほしい、僕は無罪だよ。ただ黒川さんは将来凄い女優になれるなって思ってただけで……」
「ルビー、好きなスイーツ食べて良いよ。今日はヒカルが全部出してくれるって」
「あ、じゃあ遠慮無く食べちゃおー」
「私はこのパフェとか食べよっかなー。最近節制してたし、久々に味わっちゃお」
2人から有無を言わせないような圧の重みを感じる…。まぁ今日のお代は全部僕が出すつもりでいたから、そこは全然良いんだけどね。
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「アリバイ用の写真も撮れたし、そろそろ店出るか」
「あ、うん。そうだね、そうしよっか」
どうやらアクア達が移動するみたいだ。黒川さんだけが先に出たという事は、アクアがお会計を済ませているのかな?
……僕が言うなと言われるかもしれないけど、アクアは妙に女の子との付き合い方が手慣れているように見える。今まで誰かと付き合っていたなんて話は聞いた事無いはずなんだけどなぁ。
おっと、このままだと2人を見失ってしまうかもしれない。アイとルビーにも声を掛けて僕達も移動するとしよう。
「2人共、お会計済ませておくから先に出てて良いよ」
「……なんかついさっき同じ光景見た気がする」
「あ、ママも思った?やっぱお兄ちゃんとパパって親子なんだね」
おやぁ?なんだか後ろから2対の冷ややかな視線を向けられてる気がするぞ??僕はアクアにこんな事教えた記憶なんて無いのに、容疑者にされているようだ。
「男っていうのはね、大切な女性に苦労をかけたくないものなんだよ。肉体面や精神面、勿論金銭面とかでもね」
「そういうものなの?ふーん…まぁいっか、お兄ちゃん達追っかけよ!早くしないと見失っちゃう!」
ここまで来たら僕も共犯者だ。いっその事開き直って息子の青春を見守ろう。当然だけど2人のストッパー役を放棄したワケではないから安心してほしい。尾行しているのがアクアに気付かれる事、そして何より僕達の正体を周囲にバレないよう細心の注意を払わなければならない。社長達や事務所に迷惑をかけるわけにはいかないからね。
「あ、そーだ忘れてた」クルッ
「どうしたんだい2人共?」
「「ヒカル/パパ、ご馳走さまでした!」」ニコッ
今日は財布の中身が空っぽになっても本望、そう強く思った。
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アクアと黒川さん、そして僕達尾行組は今、綺麗なイチョウの木がある並木通りを歩いている。濃い黄色に色付いた木々の並びは、紅葉の景色にも決して負けない程に秋を感じさせる素晴らしい景色だ。
ルビーもここまでのイチョウ並木を見るのは初めてのようで、感動を覚えてる様子。
「わ~、こんな綺麗な場所あったんだ。知らなかったぁ…」
「ここの景色は変わらないね。あの頃と同じで綺麗な場所だ」
「アクアとルビーが生まれる前に何度か2人で歩いたよねー。そういえばヒカル、1回葉っぱで滑って盛大に転んだ事あったよね。あの時のビックリしたヒカルの顔面白かったなー!」アハハ
あー、そんな事もあったなぁ…。思いっきり尻もちをついたから痛かった。今となってはアイと過ごした懐かしい思い出の1つになっている。
「あれ?あかねちゃん、なんか挙動不審じゃない?」
「あれは……多分アクアと手を繋ごうとして躊躇してる、のかな?」
初々しいなぁ。僕もアイとよく一緒に居るようになってからは手を繋ぐまで少し時間が必要だった事を思い出す。その時は結局、アイの方から繋いできてくれたんだけど。
「あーもう、焦れったいなぁ。お兄ちゃんにガツンと言ってこようかな…」
「だ、ダメだよルビー!私達の事アクアにバレちゃうよ!」
「ルビー、2人には2人のペースがあるんだ。ここは見守るのが優しさだよ」
3人小声で話しているが、アクアにバレていないだろうか…。流石に大丈夫だと思うけど。
(ずっと何やってんだ、あの3人は)
カフェに居た時に視線を感じると思ってそっちの方に目をやると、うちの家族が揃ってこちらを見ていた。しかもしっかりと変装までして。
(大方ルビーの提案だろうな。母さんは悪ノリで、父さんは監視役ってところか…)
暇潰しに俺を尾行するのは別に構わないんだが、それにあかねを巻き込むのは少しいただけない。俺とはただの仕事の延長による付き合いでしかないのだから、こんな事にまで付き合わせるのは流石に少し気が引ける。
何より、ルビーのイタズラ染みた考え通りに事が進むのが気に食わない。どうしてくれようか数秒程度思案した結果、3人を撒く事にした。
「悪いあかね、ちょっと荒っぽいかもしれないが我慢してくれ」ボソッ
「え?どうしたのアクアく……きゃっ!」
あかねを背中に背負い、すぐ隣にあった路地へと駆け出す。正面で抱き抱える、所謂『お姫様抱っこ』だと相当の筋力がないと走るのは難しいが、背中に背負うのであればそれよりはまだ走れる。
どうしても揺れが激しかったりと荒い状態になるため、あかねには事前に謝罪をしておいた。並木通りの終わるタイミングだったから助かったな。
入り込んだ路地を突き進んで行く。曲がり角を何度か曲がった辺りで3人の気配を感じなくなったので足を止め、あかねを下ろす。流石に疲れたな…。
「ふぅ……。悪かったなあかね、突然背負って走り出して。ちょっとカフェに居た頃から(妹の)視線を感じてな」
「ううん!だ、だいじょぶ!全然へーき!」アセアセ
やっぱり突然あんな真似をしたのは良くなかったな、警戒をされてしまったようだ。
(ただのビジネスの関係だから嫌われるのは気にしないんだが、今後のアリバイ作りに影響が出ない程度のフォローはしないとな)
(き、急におんぶされたからビックリしちゃった!…………アクアくんの背中、大きかったなぁ)ドキドキ
その後、あかねを近くの駅まで送り届け、今日のところは解散となった。
◇◆◇◆◇◆
あれから僕達は突如走り出したアクア達を追いかけたのだが、巧く撒かれてしまったようで入り組んだ路地の中から2人を探し切れなかった。どうやらアクアに僕達の尾行がバレてしまったと思われる。
ルビーは少し悔しがっていたが、これ以上深追いするわけにもいかないので3人共引き上げ、帰り道にあるスーパーへ夕飯の食材を買いに立ち寄る。
そしてバレたであろう事は大方間違いないので、お詫びとしてアクアが好きそうなスイーツを見繕っていく事にした。確か最近はモンブランがお気に入りだったかな。アクア、怒ってるだろうか…。
「3人共、リビングで正座だ」ゴゴゴゴ
かつて無い程お怒りだった。まぁ…当然だよね…。
悪いのは間違いなく僕達だ。言い訳なんてせずに謝る他無い。
「ご、ごめんねお兄ちゃん…。怒ってる……?」
「ああ、俺は今結構怒ってるぞルビー」ジッ
「ひうっ…」
今のアクアから放たれる、有無を言わせない威圧感でルビーが萎縮してしまっている。改めて僕達は、一時の気の迷いで過ちを犯してしまったのだと痛感した。
「ごめんよアクア、今日はあんな真似をして。本当に申し訳無い事をしたと思ってる」
「ごめんね、私も悪ふざけが過ぎたなって反省してる…。簡単に許してもらえないのは分かってるけど、ホントにごめんなさい」
「お兄ちゃんごめんなさい。お兄ちゃんだけじゃなくてあかねちゃんにも迷惑掛けちゃったんだって、その事でそんなに怒ってるんだよね……?」
アイが言うように、今回の事は流石に度が過ぎた悪ふざけだった。完全に非はこちらにある。ストッパーで在るべき僕とアイが乗ってしまった時点で、こうなるのは分かっていたはずだ。
浅はかだった自分の事を戒めつつ、3人で誠心誠意謝罪をする。
「…………はぁ、それが分かってるならいい。あかねには俺から謝っておくから、もうあんな事はしないでくれ」
…アクアから許しを貰えた。正直許してもらえるか怪しかったから心底安堵している。それは僕だけじゃなく、アイとルビーも同様のようだ。
「あ、そうだアクア。はい、これ」
「これは……モンブラン?」
「うん。悪い事しちゃったっていう、私達からのお詫びの気持ち。アクア最近これ好きでしょ?」
「あ、ああ。……なら、ありがたく食わせてもらう。3人共ありがとな」
喜んでくれたようで良かった。ついでに僕達の分も買ったから、夕飯の後に皆でデザートタイムにしようという話になった。
今回は僕達のせいで中途半端に終わらせてしまったけど、黒川さんとの交際が清く正しく続いてくれたら良いなと思いながら、僕は夕飯の準備に取り掛かった。
「アクア、私があーんしてあげようか?」
「いや、流石にそれは…」
「イヤ…?」ウルッ
「うっ……。わ、分かったよ……」
「あー!お兄ちゃんだけズルいー!!」