ヒルルクの桜
ドクトリーヌ、Dr.くれははおれの4番目の師だった。
物心ついたころから、医学の基礎を教えてくれた父様。
ファミリーがかき集めた世界中の知識を、惜しげもなく与えてくれたドフラミンゴ。
長いあの夢の中で、希少な症例や治験の話を沢山伝えてくれたお爺様。
奇跡を起こすために、託された意志を決して取りこぼさないと、この心臓に誓って生きてきた。
浮上した甲板から臨むのは、変わらない雪景色に佇むドラムロッキー。
だがその中に、見慣れぬものが二つあった。
この国を病ませた大馬鹿野郎の船ともう一隻、見慣れぬ旗の海賊船が。
念のため何人かに艦を任せて上陸し、居を移したという城を目指してひた走る。
二人とも、無事でいてくれ。
「ねえキャプテン、あれ…」
山の麓に辿り着いたころ、ついてきていたベポがおもむろに空を指さした。
月を背に、魔女のそりが駆けていく。
チョッパーだ。
あるヤブ医者が死んだあと、もう一人の弟子として医者見習いをしていたあいつが、ドクトリーヌではない誰かを、人間たちを乗せてそりを引いている。
そして、直後何度も続いた砲撃音に城の方を仰ぎ見て、目を疑った。
ピンク色の雪が、降っていた。
あの口だけは一丁前だったヤブ医者がいつか語った桜色が、夜空を覆っていく。
ヒルルクあんた、知らなかったろ。おれがあんたを恨んでいたこと。
自分をバケモノだという優しいチョッパーを、ひとり残して死にやがって。
血のつながらないどころかトナカイのあいつを息子と、家族と呼んだくせに。
何が"奇跡"だ。国どころか、あいつの心ひとつ救いきれずに逝ったくせに。
森の方から、大きな大きな泣き声が聞こえてくる。
かつてバケモノだと人間に追われたあいつが、あの小さな体全部で泣いている。
きっと、あの麦わら帽子の旗をかかげた船からやってきた、人間たちと一緒に。
ああ、畜生。
あんたが話したおとぎ話のような"奇跡"は、奇跡のような"医学"は実在した。
病んだ国を癒し、バケモノを"人"にする医学は。
ガキに戻ったみたいに、涙があふれて止まらなかった。
コラさん。あんたがどうしておれを助けてくれたかなんて、もうどうでもいいんだ。
あの地獄みたいな獣狩りの夜に、バケモノみたいに、病んだ人々を殺して回った。
それがなんだ。
いつか目覚めたあの人に、今度はおれから伝えよう。
愛していると。
心の中を吹き荒れていた嵐は、いつしかぴたりと凪いでいた。