ヒバトゥモロー(ギャル)×イージーミニヨン(地味娘)
『……2番と7番、もつれ込むように今、ゴールイン!』
ほとんどシルエットが重なるほどの僅差で二人がゴール板を駆け抜け、それにわずかに遅れて集団が通り過ぎていく。そのほとんど最後方で──おそらく順位は10着以下か──あの子はゴールした。
晴れやかな顔、不満こそあれど次を見据えていそうな顔、今にも「悔しい」と叫びが聞こえてきそうな顔。勝負を終えた挑戦者たちがそれぞれ異なった表情を浮かべる中で、あの子は感情が理性の堰を切り、溢れ出そうになるものを堪えるように俯いていた。
それからあの子が上げた顔は、ないまぜの心の中がそのまま出てきたような、下手くそな作り笑いだった。まるで笑えてない。結果は残念だったけど気にしてませんよ、なんて風に見せたいのかもしれないが、その演技力じゃ無理だ。
トレーナーや期待を寄せて応援しに来た級友たちを心配させまいとしているのか、下手な笑顔のまま話す姿は哀れですらある。あの子はそのまま二言三言何か言うと、若干覚束ない足取りで地下バ道の方へと歩いて行った。
本当に、どうしようもなく、心の底からだるいが、溜息と共に席を立つ。
「はぁっ……はっ……っぷ……!」
「ミニヨン」
呼び声に振り返ったミニヨンの顔はほんの一瞬グロッキーだったが、即座に驚きに変わった。
「オープン戦はハードだったっぽいね。アンタ、今一瞬ヒドい顔してたよ?」
「……トゥモローさん。すみません、負けちゃいました」
その言葉が認識を強めたのか、ミニヨンはくるりとこちらに背を向け、俯き始めた。深呼吸をしているのに、レース後のように肩が震えている。
「ダメでした。皆にあんなに応援してもらって、トゥモローさんにも、何回も練習に付き合ってもらって、いけるかなって。力も付いてきたような気がしてたんですけど……ただの、思い込みだったみたいです」
「んなことないない。アンタはペースもしっかり守れてたけど、バカみたいに飛ばしてヘロったの多すぎ。あんだけ壁作られちゃ無理だって」
一瞬、肩の震えが止まる。背を向けたままだったが、手で顔を拭うのが見えた。
「……ありがとうございます。でも、力が入らないんです。足も、立ってるだけで精一杯みたいで。明日から走れるのかな、なんて」
その言葉通り、膝が笑っていた。はあ、と聞こえないようにまた溜息をつき、肩の上から手を回す。
「え……」
「あれ。アタシが体重かけてるけど、普通に立ってね?精一杯って割には、余裕ありそうじゃん」
ミニヨンは困惑したように振り向きかけるが、すぐさま前に顔を戻す。
「そういうことじゃ、そうじゃ、ないんです。あんなに期待されてたのに、私……」
「さっきさ、トレーナーとかクラスの子と話してたじゃん。なんて言われた?前見たままでいーから、教えてよ」
「え……その、よく覚えてないです。でも……みんな心配そうにしてたから、大丈夫って言って」
「大丈夫じゃ、ねーっての……!」
言葉を遮るように腕をぐっ、と引き寄せ、ミニヨンの体を抱きしめる。
「ちゃんと一生懸命走ったんでしょ!?じゃあまず自分を褒めてやんなよ!トレーナーもクラスの子たちも、『よく頑張った』って、『次は絶対負けない』って言ってたんだよ!それ聞きもしないで、全然大丈夫そうじゃないのにヘラヘラ笑ってたら、心配するに決まってんでしょ!」
「そ、んな、でも、でも……!」
「それに、『期待されてたのに』って何さ!あんだけ頑張ってきたアンタが、一回たまたま負けただけでなんか言われるわけ無いじゃん!それにみんなも、アンタが負けても胸張って『次は勝つ!』って言うのを期待してんじゃないの!?」
腕にミニヨンの震える手が重ねられ、弱々しく握られた。
「俯くのはダメ。次のレースまでの道のりも、応援してくれる人の顔も見られないから。だから、悔しくても下じゃなくて前見な、前。そうすりゃ、きっと上手くいくからさ」
落ち着かせるようにゆっくりと肩口を撫でると、息を詰まらせるようにしてから、嗚咽を始めた。
「アンタなら絶対立ち上がれる。一人じゃ無理なら、アタシも手伝うからさ。だから今は好きなだけ泣いて、スッキリしちゃいな」
滂沱の涙に交じりながらも、ミニヨンはしっかりと頷きを返してきた。これなら、少しは安心できそうだ。
涙としゃくり上げる勢いが収まってきた辺りで、泣き疲れとレースの疲れが重なったのか、ミニヨンはこちらに体重を預けて船を漕ぎ出した。
声を掛けても反応が鈍かったため、仕方なく背中におぶると間もなくすやすやと寝息を立て始める。呑気なものだ。
「お、っと……っす」
バ道の角を曲がるとワイシャツ姿のミニヨンのトレーナーが立っており、(ミニヨンが眠っているのを見てか)手を振ってきたので会釈を返す。
「ありがとう、そして申し訳ない、ヒバトゥモロー。悪趣味だが、立ち聞きさせてもらったよ。本当は自分が彼女のケアをするべきだったのに、君に任せてしまって……トレーナーとして不甲斐ない限りだ」
深々と頭を下げられ、ミニヨンを起こさないようにしながら手を横に振る。
「いやいやいや、別に大したこと言ってないし、勢いだけでテキトー並べただけみたいな?感じなんで……とりあえず、疲れちゃってるっぽいんで、休ませてやって下さい」
「任せてくれ」
おぶっているミニヨンを慎重に預け、顔に残る涙の跡をハンカチで軽く拭う。
「そういえば、普段からミニヨンが世話になっていると聞いているんだ。その事についても礼を言わせてくれ」
「え……何か話してんです?」
「君によくお世話になっていると。君については『頼れるお姉さんみたいな人』で、『同級生の中でも特に仲が良い』とも聞いているかな」
微笑ましげな視線を向けられ、思わずミニヨンの顔を見る。呑気な寝顔を浮かべているが、コイツ……!
「あーっと、まあ、いい併走相手なんで、トレーナーさんの居ない時に時々声かけたり?ちょっと練習付き合ったり?くらいなんで、世話とかは別に……じゃ、アタシはこの辺で!」
「また今度。重ねてだが、さっきは本当にありがとう」
なんとも言えない気分になってしまったため、礼にも雑に会釈を返して踵を返し、バ道の出口に繋がる別の方向に向かう。
「ったく……ただの練習相手の一人の地味娘だってのに、なにアツくなっちゃってんだか」
自嘲気味に独り言ち、よくもらしくない真似をさせてくれたなと八つ当たりのように頭を小突く。
「あーあ、だる」