ヒバトゥモロー×イージーミニヨン 2

ヒバトゥモロー×イージーミニヨン 2


「……モローさん、トゥモローさん」

名を呼ぶ声に体が自然と反応し、あくびと共に突っ伏していた上半身を起こして周りを見る。

窓からの陽気に微睡んでいる間に昼休みに入ったようで、教室内には教師の姿はなく同級生もちらほらとしか残っていない。横を見れば、どこか落ち着かない様子でこちらを見る、地味娘──イージーミニヨンがいた。

「おあよ〜……ん。で、どしたん。何か用事?」

「あ、えっと、その」

問いかけに目を泳がせるミニヨンを見て、またか、と心中で一つ息を吐く。

件のレースからしばらくして、ミニヨンから話しかけられる機会が増えた。今回もそうだが、多くの場合こうして口ごもってしまって中々話が進まないため、こっちからニュアンスを察して先を促してやらねばならない。

不躾は承知で眼前に立つミニヨンの全身をさっと見回すと、足の隙間から後ろ手に持っているらしい何かが見えた。持ち方から見てプリントなどではないだろうし、それなりにサイズもある。わざわざこの時間に話しかけてきたのも鑑みると……。

「あー……それ、弁当かなんか?」

「!」

「んで一緒に食いたい、っつー感じとか?」

「!!」

ミニヨンが目を輝かせながら小動物のようにこくこくと頷く。どうやら正解だったらしい。引退後は名探偵にでもなってやろうか。

「も、もしトゥモローさんがよかったら、ですけど!」

教室を一瞥して考える。普段よく絡む友人たちはことごとく残っておらず、元々予定も考えていなかったため、現状アタシの昼休みは宙ぶらりんだ。昼食も一応用意はあるし、友人たちも居るであろうカフェテリアに行くのも手ではある。

が、心配げな様子でじっとこちらを見つめてくる相手の誘いを断るほどの良手でもない。仕方ない。本当に仕方ないが、乗ることにしよう。

「……まぁ、いーよ。見てのとーり暇だし」

「本当ですか!やったぁ!」

……『一緒に弁当を食べる』と了承しただけで、ちょっと跳ねるほど喜ぶかね?

〜⏰〜

適当に人が少ない場所を探し、ちょうど空いていた長いベンチを二人で占領する。本当は屋上が良かったのだが、G1レース常連たちが集って何やら話をしていたらしいので諦めた。

「けっこー量あるけど、もしかして全部手作り?」

「はい!作るのが好きなんですけど、今日はちょっと作りすぎちゃって……」

種類は多くないものの複数のおかずやサラダが詰まった三つの大きなタッパーを前に、ミニヨンが自慢と恥ずかしさが半々になったような笑みを浮かべる。

いかにも手作りらしく、所々焦げ目があったり具材の切り方が多少大ぶりではあったが、大した手間が掛かっているのは見て取れる。

「たくさんありますし、もし良ければトゥモローさんもいかがですか?お口に合うかは、わからないですけど」

「んな心配いらんて。んじゃま、エンリョなく」

いただきまーす、と持ってきた箸を割り、玉子焼きを一つ口に運ぶ。ひと噛み、ふた噛み。

食感は少し固めだが、中身がだらっと出てくることもなくしっかりしている。塩気も程よく、出汁の香りも強すぎなくて優しい味わいだ。突飛でも何でもなく、普通に美味しい。

「うまいじゃん。ふつーに、うまいよ」

「!ほ、他のも食べてみてください!」

ミニヨンがずい、とタッパーを差し出してくる。

「……そう言うなら、もらうわ」

鶏もも肉の照り焼きに大根と厚揚げのきんぴら、にんじんのグラッセなど、勧められるままにおかずや野菜をぱくつく。言ってしまえば飾り気の無いラインナップだが、どれもこれも味がいいし、栄養のバランスも考えられているようだ。

適当にだが感想を口にしてやると、その度に喜んでいるんだか照れているんだかわからない表情ともにょもにょと言葉を返されるのは、こっちも妙な気分になるので少しだけうっとうしかったが。

「ふう……ご馳走さん。うまかった」

「ふふ、お粗末様でした。お口に合ったみたいで、良かったです!」

空になった自分で買った弁当と中身を分けてもらったミニヨンのタッパーにも手を合わせると、満足げに言う。さて、ここからは別腹の時間だ。

「もらってばっかなのも気ぃ引けるし、ほい」

持参してきた弁当が入っていた紙袋を開け、残っていた中身の二つのうちの一つを取り出す。

「え?あ、ありがとうございます……あ、これ、駅のところの!」

「そ、新しく出来たトコのヤツ、昨日買ったんだ。うまそーっしょ」

生クリームとフルーツがたっぷり挟まれたサンドイッチを、トランペットを前にした子供のように大切そうに両手で抱えるミニヨン。

「これ、買うの大変だったんじゃないですか……?それに、結構お値段もするって……」

「んや、空いてたし値段も別に。あ、返品は受け付けてねーから」

にやりと笑って言うとミニヨンはしばらく逡巡していたが、おずおずと包装を解き始めた。その後のリアクションは、さっき感想を言ってやった時以上にうっとうしかった。そりゃ大層美味しかったが、フルーツサンド一つでああも大騒ぎできるのなんて、食レポ上手な芸能人でもそう居ないだろう……まあ、並んだ甲斐はあったかな。

「そろそろ戻っか……午後の授業なんだっけな」

「あの、トゥモローさん」

弁当とサンドイッチのごみをまとめて立ち上がろうとすると、先に立っていたミニヨンがこちらをじっと見つめてきた。またおどおどタイムかと思い、ヒントを探ろうとあちこちに目をやっていると、その予想は意外にも破られた。

「今度は何じゃい」

「やっぱり、何でもないです!えへへっ」

意味ありげな笑みと授業遅れちゃいますよー、と言葉を残し、ミニヨンはさっさと角を曲がって消えていった。

「……何じゃい?」

驚きのあまり、マンガの演出のように直前の言葉をオウム返ししながら首まで傾げてしまった。アタシが知らないだけかもしれないが、ミニヨンにしては珍しい振る舞いのように感じた。

まあ、何はともあれ。(勝手に感じているだけだが)一杯食わされっぱなしというのも気に食わないし、今度はアタシも弁当を作ってあの子の度肝をぶち抜いてやるとしよう。これでも人並み以上には器用な自負はあるし、料理も家族やトレーナーから賞賛されたことだってある。

「くっくっく……震えて寝て待ってな!」

黒幕のようなセリフを独りごち、ごみを残していないかベンチ周りをさっと見てからその場を早足に去る。

さて、午後一発目の授業は何だったか。と、科目を思い出すと共に、前回の授業でテストを行うと言っていたことも脳内に浮かんできた。

「あーあ、だる」

口癖が口を突いて出たものの、実際はそこまで倦怠感を感じてはいなかったのは、さて何故だろうか。


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