"ヒカリ"を見つけて 後編

"ヒカリ"を見つけて 後編


 わからない。

 じかん、が、わからない。

 あれから、何時間? わからない。お日様、お月様、今は、どっち?

 会話はない。ナミはずっとわたしを抱きしめてくれている。ブルックの音楽は絶え間なく聴こえてる。

 ゾロとフランキーはいなくなった。

 いない。いなく……捨てて……違う……外の様子を見たり、船の管理とか、そういう事をしてるだけで、見捨てた訳じゃ……。

 グルグルグルグル思考の迷路に陥っていると、足音、それからドアの開く音。


「サンジくん!」

「ただいまナミさ……ウタちゃん!? ボタンあったのか!?」

「……ううん。他のボタンで代用できないかなって試してみたんだけど……駄目だった。それよりサンジくん、ウタのボタンは?」

「……まだ見つからない上、日も暮れてきちまったからな。いったん、俺とウソップだけ戻ってきた。夜でも探せるよう明かりの準備と、それと夕飯と弁当作りだ。ほらナミさん、ウタちゃんも元気出して。ルフィの奴、死にものぐるいで駆け回っててすげぇんだぜ。あれなら絶対ボタンも見つかるよ。とびっきりの海賊弁当を持ってってやらねぇとな」


 …………そっか……もう……日が暮れて……暗く……。

 太陽が沈んで、真っ暗になっても……月、星、他にも色んな明かりで……みんな、ちゃんと見る事ができるんだ。わたしはもう、見れない。

 …………弱気になっちゃダメ。ルフィががんばってくれてる。

 大丈夫、きっと見える、また見えるようになる、だから、だから……。




(×) (×)




 その日、ルフィもサンジも、ウソップもロビンもチョッパーも、帰ってこなかった。明かりが必要という事でフランキーも捜索に加わって、今、船にいるのはナミとゾロとブルック。

 わたしはナミの部屋で、同じベッドに入っている。ナミの寝息と、外から聞こえるブルックのバイオリン。そのふたつが今のわたしにとっての慰めだった。


 なのに。


「ギィ?」


 音楽が、消えた。

 …………区切るような箇所じゃないのに、どうしたんだろう。

 そう思ってると少し船が揺れて――。


 ガオオオオオッ!!


 猛獣の咆哮が大気を震わせる。

 位置は遠いし、船の壁を隔てているはずなのに、耳元で吠えられたかのように身体の芯まで響いて、心が硬直する。怖くて、動けない。

 …………ここは、ナミの、部屋。

 壁、天井、床、船体……外にはゾロが見張り……のはず……。

 だから大丈夫……大丈夫なのに……こんなにも恐ろしい……!!

 こんな恐怖の吹き荒れる中、ナミはよく眠っていられるな……羨ましい……。


 ぎゅっ。


 …………ナミの、わたしを抱きしめる力が少し強まる。


「ギィ?」

「…………」


 ナミ、起きてる?

 ねえ、ナミ。

 わたしが怖がらないよう、起きてくれてるの?

 ねえ、ナミ。

 ナミ……。


「ギィィ……」


 伝えたいよ……わたしの言葉、気持ち……伝えたいよ……。

 今どんな表情をしているのか……見たいよ……ナミ……。


 夜は長く、ナミの息遣いが変わった事で、再び眠りについたと察した。

 バイオリンの音はもう聞こえない。

 ゾロと交代で眠っているのか、二人とも起きたまま見張りを続けているのか。

 眠れない身体で、真っ暗闇の中、時折聞こえる猛獣の声と戦闘音らしきものが、二人の無事を想像させる。


 夜は長い。いつも、夜は長い。みんな眠って、起きてるのはわたしと見張り番だけになる。それがいつもの日常だった。でも今のわたしは見回りも手伝いもなにもできず、じっと縮こまっているまま。

 …………ルフィ達は、今も……。


 その時、轟音と共に船が揺れた。


「な、なに!?」


 ナミが跳ね起き、わたしを抱えたまま走り出す。

 少しして空気の質が変わり、恐らく外に出た。


「ゾロ! 何かあったの!?」

「ああ……気にするな。ただの地震だ」

「ヨホホ。いえ、どうやら山が崩れたようです。暗くてよく分かりませんけど」


 ブルックの声ははるか頭上から聞こえた。マストの上から島をうかがっている……のかな? 山が崩れた? 災害だろうか、それともルフィが何かやったのだろうか。


「まあ、たいした事じゃねえよ。お前らは大人しく寝て――」


 ゴゴゴゴゴ。ズオオオ。ドガガガガガッ。

 ゴムゴムの~…………。

 ドン!!


「…………寝てろ」


 ボタン探してるだけだよね!?

 なんかゴムゴムの――って聞こえたんだけど!?

 わたし、鳥しか見てないんだけど……この島、何が住んでるの!?




(×) (×)




 朝になるとサンジが律儀に朝食を作るため戻ってきた。


「昨日の夜? ああ、ちょっと……獲物を狩ってただけさ。みんな腹ペコだったんでな。ルフィも肉を腹いっぱい食って元気だから安心してくれ。それじゃ、おれも今すぐ戻らなきゃならないから」

「おい、手伝ってやろうか?」

「うるせえ! お前は絶対に船を離れるなよ!? 船が沈んじまってたら許さねえからな!」


 …………船……沈ませるような猛獣がいるって事?




(×) (×)




 オモチャになった時、わたしは幾つかの感覚を喪失した。

 わたしは酷く錯乱し、恐怖し、訳が分からなくて……生まれつき身体が持つ機能を損なうという事が、どんなに重たいものなのかを思い知った。

 だから、シャンクスが左腕を失った時……とても悲しかった。

 そして、フランキーがサイボーグとして身体を補っているのを知り……なんてすごい人なんだろうと、実は感心していた。


 でも、でもさ……。

 喪失を体験したからって……。

 喪失しながらも強く生きてる人を知ってるからって……。

 "ヒカリ"を失った事に耐えられるか、わかんないよ!


「ギィ! ギイィィィィ!!」


 思考はグルグル回り、無いはずの臓器が脈動する錯覚、囁き声のひとつすら盛らせない口元には吐き気らしきものが渦巻き、思考は散り散りに弾け飛びそうになる。


「ウタ! ウタ……!」


 ナミに抱きしめられても、わたしは手足を振り回すのを止められなかった。

 お菓子を買ってもらえない子供が癇癪を起こして暴れるように、わたしは感情のまま乱れ狂うしかできない。


「…………ッ! ナミ! ウタを連れて船内に隠れてろ!」

「えっ? あっ……! ゾロ、ブルック、任せたわよ!」

「ヨホホ。任されました~!」


 わたしは暴れる。

 ナミも慌ただしく走り出す。

 ゾロとブルックの声色が剣呑なものとなり、船が大きく揺れて、獣の声がする。

 甲高い金属音が鳴り響く中、わたしは「ギィ! ギィ!」と騒ぎ続けた。

 暗い、暗いの! 今はお昼なんでしょう!? 暑いってナミが言ってた! ジャングルなら夏島だ! 暑い? わたしは暑くないし、太陽だって眩しくない! 見えないもの! 暗くて、暑くも寒くもないから、わからないの! 何もわからないの!

 ルフィどこ!? ルフィ! わたしを見つけてルフィ! 名前を呼んで!

 あああああ! 返して! わたしの目を返して! 手を、足を返して! 鼻を返してよ、ねえ! 肌を……心臓を返して……!

 口を! 舌を! 喉を!

 歌を返してよぉぉぉ!!

 シャンクスを返してぇぇぇ!!

 いやだ、こんなのはいやだ。人間に戻して! 暗いよ、真っ暗闇に置いてかないでよ。捨てないで、さみしいの、シャンクス! シャンクスゥ! ああああああ!!


「ギィィイィィィイィ!!」


 バシバシとなにかを叩いている。

 なにかは悶えながら、なにかを語りかけている。わからない。きこえない。

 きこえない? わたし、きこえなくなったの? 違う、雑音が聞こえる。わけのわからない雑音がうるさい。


「ギイイイイ! ギイイイイイイ!!」


 壊れたナニカの雑音がうるさくて、語りかけてくれる誰かの声も聞こえない。うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさい、静かにしろ。

 騒いでるのは誰だ。明かりをつけろ。姿を見せろ。暗い。暗い。暗い!


「ギイ! ギイイイ! ギイイイイイイ!!」


 叩く、騒ぐ、喚く、暴れる。わたしが揺れる。周りが揺れる。爆発音がする。叫び声がする。何かが砕ける。何かが割れる。何かが起きている。

 それでも何も変わらない。何も。何も! 何もぉ!!

 ここはどこ? どうしてこんなところにいるの?

 帰りたい……シャンクス……帰りたいよぉ……。

 ここはいやだ。暗くて、うるさくて、暑くも寒くもなくて、暖かくも涼しくもなくて、真っ暗闇の船室よりも、深く暗い場所に、わたしは閉じ込められている。


 誰か……誰か来て……わたしを見つけて……。

 …………シャンクス……ルフィ……。




「ギイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


「ウタァァアアアアアアアアアアアアア!!」


 


 ――――なんだお前、歌が好きなのか?


 ――――ようし! じゃあお前の名前はウタだ!




 ルフィ?


「ウタっ、見つけたぞ!」


 ああ、また、見つけてくれた。

 わたしを、見つけてくれた。


「ナミさん! ログは!?」

「溜まってるわ!」

「よし! フランキー聞こえるかぁぁぁ! 今すぐ脱出だぁぁぁ!」


 ……うるさいのが、止まる。

 音の世界が正常を取り戻し、サンジとナミの声が聞こえた。


「こちとらもう準備OKだぜぇ! 野郎ども掴まってろ! 風来・バーストォー!」


 遠くからフランキーの大声も聞こえてきて、大きな衝撃音と同時に船体が激しく揺さぶられる。

 わたしを抱きしめるナミの腕に力がこもり、その上から、もうひとつ、大きな身体がナミごとわたしを抱きしめる。


 その時、わたしは不思議なものを見た。

 目のボタンはなく、真っ暗闇のはずなのに――。


 "ヒカリ"が、わたしを抱きしめていてくれた。




(×) (×)




 チク、チク、チク。

 チク、チク、チク。


「まだかナミ!」

「うっさい! 急かすな!」


 チク、チク、チク。

 チク、チク、チク。


「な、なあ。大丈夫だよな? ボタンが壊れてたり、手遅れだったりしないよな?」

「うっさい! ウソップ、不安になるよーなコト言うな!」


 チク、チク、チク。

 チク、チク、チク。


「頼む……ウタちゃんの目のためなら、俺が盲目になってもいい! おれはいつでも恋に盲目だから見えなくなっても困らねえ!」

「サンジくん! 黙ってて!」


 チク、チク、チク。

 チク、チク……。


「…………終わったわ。どう、ウタ? …………見える?」


 ……………………。

 ………………。

 …………。


 わたしは両腕を掲げて応えた。


「キィ!」


 …………数秒の空白の後。


『いやったぁああああああああ!!』


 ボロボロの姿のみんなが、いっせいに飛び上がって喜んだ。

 わたしは机の上から、そんなみんなを眺めていた。


 ゾロは髪が乱れ、服が破れている。

 ブルックは骨にヒビが入っている。

 フランキーは顔の半分が剥げて機械と目玉が見えてしまっている。

 チョッパーは毛皮に葉っぱや枝がまとわりついているし、鼻の周りは泥だらけ。

 ロビンもあちこち泥だらけだし、髪から枝が生えてしまっている。

 サンジは顔や服はもちろん、料理のため大切にしている両手まで汚れ切っている。一味の中では綺麗好きで、女性陣以外で唯一毎日お風呂に入っているのに、もう一週間は風呂に入ってないんじゃという汚れっぷりだ。

 ウソップは汚れに加えてあちこち怪我してる。顔は腫れているし、鼻は折れているし、鼻血の痕も残っている。

 ルフィも……あっちこっち傷だらけで、泥だらけで、麦わら帽子の端が破れている事にも気づいていなさそうだ。

 唯一無事なナミもなんだか疲れ気味で、顔色はあまりよくない。


 広いジャングル……しかもみんなが怪我するほど強い猛獣が徘徊していたらしく、きっと山が崩れるほどの大騒動まで起こして――。


 たった2つの、ちっぽけなボタンを探すために。

 とんでもない大冒険をしてきた。してきてくれたんだ。


「キイッ、キイ!」

「やったな! 見えるようになったんだ! よかったな、ウタ!」

「キイ!」


 なのにみんな、どんな苦労をしたかなんてきっと、まったく気にしてない。

 ただただわたしの"ヒカリ"が戻った事を歓んでくれている。


「キイ! キイ!」

「あっはっはっはっ。ウタ、強くじゃれつきすぎだって。麦わら帽子が破れたらどうす…………ああああぁぁぁぁっ!? 破れてるぅぅぅぅ!!」


 ――ようやく気づいた。さっきから教えて上げてたのに。

 わたしはナミに振り返る。


「キイ、キイ!」

「はいはい、ちゃんと直して上げるから。それと! みんな泥だらけじゃない。とっととお風呂に入ってきなさい!」


 ナミに怒鳴られると、ルフィは麦わら帽子をナミに渡し、みんなと一緒に部屋を出ていった。


「いやぁ~、ウタも直ったし、みんな無事でよかった」

「ったく、山をぶっ壊された時にはもう駄目かと思ったぞ」

「アレは仕方ねえよ。あんな化け物が出てくるなんて想定外にも程があった」

「"鳥"が教えてくれなかったら、おれ達、喰われてるところだった!」

「おれのスゥーパァーボディが噛み砕かれるとはなぁ、恐竜の方がまだ可愛気がありそうだぜ」

「遺跡は無事でよかったわ」


 ………………いやみんな、どんな大冒険してきたの!?

 ジャングルと猛獣だけの島じゃなかったの!?

 バタンとドアが閉まると、みんなの声も聞こえなくなる。

 ナミがはぁと溜息をついて針と糸を手に取った。


「まったく、騒々しいんだから……」

「…………キィ」

「ん? 大丈夫、ちゃちゃっと麦わら帽子も縫い合わせるから」

「キィ、キィ」

「なに? そこにいられると帽子が……」

「キィ、キィ」

「ベッド? …………先に休めって?」

「キイ」

「……そうね。時間はあるし、ルフィには悪いけど、ちょっと一休みさせてもらいましょうか。ウタ、一緒に寝る?」

「キイ!」


 わたしはナミの胸に飛び込み、二人でベッドに寝転がった。

 船室の天井を見上げて、窓から射し込む陽の光を見て、よっぽど疲れていたのかすぐ寝入ってしまったナミの寝顔を見つめて……。


「キイ」


 助けられてばかりのわたしだけど、いつかきっと、みんなが困った時、わたしが助けられるよう……がんばるから。

 "ヒカリ"を取り戻してくれたみんなの事が大好きだから。

 これからも、ずっと一緒に――――。




 THE END...?











 そして、その後、また、別の海で。


「ああああああ! ウタの目のボタンがまた取られたああああああ!!」

「アウッ! おれに任せな! またこんな事があった時のために! ウタウタアイライトは完成済みだ! わざわざ切って埋め込まなくていいよう、この接続部分を突き刺すだけでOK! そーれドッキング!!」

「やめんか! ああ! 目玉が突き刺さってるぅぅぅ!! ウタ、大丈夫!?」

「…………キイ? キイ!!」

「…………えっ、見えてるの?」


 フランキーの作ってくれた義眼で視力は戻ったしライトも光った。

 それはそれとしてフランキーは張り倒されて、取り戻したボタンを改めて付け直してもらった。


 今度こそTHE END.

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