パンケーキ
「マキノ、少し厨房貸してくれ」
昼前、酒場に来て早々にそう言った幼馴染の青年のその言葉に酒場の店主であるマキノは目を見張る。
幼馴染であるルフィはかつて海軍に所属していたため、そこで一通りのことは学んできたが本人の才能のせいかどれも中途半端であった。
特に料理に関しては子供の時のような紫色の毒物を作る事こそなくなったが、肉や魚を適当に焼いたり煮たりしていること以外をマキノは見たことが無かった。
「珍しいわね。あなたがそんなこと言うなんてどういう風の吹き回し」
「うん、まァちょっとな…材料は持ってきてるから」
「それはいいんだけど…」
ルフィはカウンターの中に入ると何やら紙を取り出し、それを睨みながら持ち込んできた材料を並べ始める。
その材料を見てマキノは何を作るのかを察し、おおよその目的もわかり自然と顔がほころびる。
「ぷっ、あは…あははは!本当にどういう風の吹き回しよ!」
「い、いいだろ別に!」
「パンケーキねー。一体、誰に作るのかな~?」
答えはわかっているのだが悪戯心であえて聞いてくるマキノに顔をしかめたルフィは、いや~、としぶしぶ答え始める。
「道の向かいのおばちゃんがな、あんな男だらけの海賊団じゃあ子供の好きなものもろくに食べさせてやれないだろうっていくつかレシピを渡してきてな。あいつパンケーキ好きって言ってたし。マキノに渡して作ってもらってもよかったんだけど、たまには自分で料理でもしようかと…」
まだ照れているのか、微妙に答えをはぐらかして誰のためとは答えないルフィであったが、この村に子供はひとりなのでマキノは聞かないことにしてあげた。
そんな雑談をしながらもルフィは準備を進めていく。
そこで広げられた材料を見ていたマキノに少し懸念が浮かぶ。
「これちょっと材料が少ないわね。1、2枚しか焼けないわよこれ」
「……?いいだろ1枚で。なんだマキノも作ってほしいのか?」
そんな能天気な返答をする幼馴染にマキノは、はぁー、と大きなため息を漏らす。
「1回分じゃ失敗できないでしょ?料理なんて久しぶりじゃないの?」
「う~ん、まァなんとかなるだろ!」
昔から変わらない楽観的な部分にマキノは少しムッとする。
元からあまり口を出すつもりはなかったが、全部を任せてみることにした。
――――――
「で?こうなると」
「ごめんなさい」
お皿の上に表面がだいぶ焦げたパンケーキが乗せられる。
予想された通りのものが出来上がりマキノはため息をつきつつさりげなく用意していたものをルフィに渡す。
「これは?」
「ホイップクリーム。表面の焦げたところを出来るだけ落としてそれで誤魔化しなさい」
「いやこれは俺が食べてまた今度「いいから早く!」…はい」
そそくさと言われたことを始めるルフィをマキノが見守っていると大勢の足音が聞こえだす。
そして…
「あ~!またルフィがマキノと浮気してる!!」
「おいおいルフィ!うちの歌姫の何が不満なんだお前は!?」
「…お頭は娘を渡したいのか渡したくないのかどっちなんだよ」
一気に賑やかになる店内。
その中の最初に声をあげた赤と白の髪の少女が駆け足でカウンターの椅子の前まで来てさっと座る。
自分たちに向けて不安そうな視線を向けてくる少女ウタに、マキノは苦笑してルフィに声をかける。
「ほら、出来た?ルフィ」
「…いや、これは「早く出しなさい!」…はい」
ウタの前にルフィが、もはや生クリームの塊のようになったパンケーキを出す。
「ふふ、それねルフィがあなたのために作ったのよ」
「ルフィが!?」
「おいルフィ!娘を篭絡しようとするつもりなら覚悟しろよ!」
「お頭は、黙ってこっちにこい!」
「おいやめろベック!ルウも!はなせ~!!」
「…あいかわらずうるせェな」
そんな騒がしい中でもじっと目の前のケーキを見つめ続ける少女にルフィは頬をかきながら、でもな、と言葉を続ける。
「出来る限りは取ったけど焦げてるし。表面を生クリームで誤魔化してるだけだからあまり期待すんなよ」
その言葉に首を横に何度も振った後、ウタはいただきます!と大きな声で言い食べ始める。
「うっ、苦い…へへ、これが大人の味」
「違うと思うぞ」
絶対にまずいと思えるそれをおいしそうに食べる女の子を見てルフィは、次はもっとうまく作れるようにと心に誓ったのだった。
――――――――――――
「よっ、と」
メリー号のラウンジにルフィの声が響く。
「へ~、ルフィあんた料理も出来たのかよ?本当、何でもできるなあんた…」
中に入ってきて、その姿をみたサンジが驚きの声をあげた。
「料理なんて出来ねェよ。ただパンケーキだけはもう10年は作り続けてきたからな…」
その言葉でおおよその理由を察したサンジは、顔をニヤニヤとさせる。
「ほォ~、お熱いこってうらやましいねェ」
「…そういうんじゃねェよ。そうだ、レシピいるか?もうだいぶ古いやつだけど」
「いや。それはあんたが作ってくれよ」
甘い香りの広がる部屋で男二人が会話をしていると匂いにつられたのか麦わら帽子をかぶった少女が勢いよく入って来た。
「わー!パンケーキ!ルフィのパンケーキ!!」
「落ち着けウタ…」
昔から変わらない少女の明るさに、ルフィは目を細めるのだった。