パパ

パパ

なんか・・・書きたかったこととズレてない?

ディープインパクト。馬の道に進んだ人も、そうでない人も、多くの人がその名を知っている馬。飛ぶように走りG1を7勝、その後の種付でも非常に高い成績を残した。代表的な産駒としては父と同じ数・・・つまりG1を7つ取った牝馬ジェンティルドンナとあの人と同じ無敗三冠を成し遂げ引退試合のジャパンカップにも見事に勝ってみせた・・・この僕、コントレイルだ。

あの人は忙しかった。僕らに構うどころかあの人自身が休んでいる姿すら見たことがない。

あの人は僕に思い出を残さなかった。残ったものは、ディープインパクトという期待と誇りだけだった。

僕としては別にそれで構わなかった。あの人とよく似ていた僕は結構良い待遇を受けていたし、愛想も良かったから色んな人に気に入られた。これもあの人の血なのかもしれない。

それでも・・・ライバルの親が観戦に来ているとちょっと気になってしまう時がある。

特に、「エピファネイア」という人が飛び抜けて気になった。

現役時代は菊花賞とジャパンカップ。担当は僕と同じU1。

産駒成績はホームラン型で、アリストテレス、エフフォーリア、それにデアリングタクト。それ以外にもいっーぱい。

僕の世代の近くのいろんな子たちが、エピファネイアの子供だった。

観客席を見てみると、負ければ誰よりも落ち込み、勝てば誰よりもはしゃぐ。すっからかんな観客席の中で、彼の姿だけがそこにあった。

羨ましくない、といえばそれは嘘になる。何度も、何度もディープインパクトがあの人と同じようにしてくれる想像をしてみたが、いまいち具現化できなかった。

──────空の彼方に最後の軌跡!コントレイル有終の美を飾ってみせました!────

やっと、勝てた。観客席を見てみる。観客はいっぱいいたが、悔しがっているエピファネイアの姿を一瞬で見つけることができた。その時はじめて気づいた。僕はあの人に父親を期待している。

引退後、僕の種付料は1200万円に設定された。偉大なる父、ディープインパクトと同じ値段を。場所は社台。最高峰の場所だ。だが、お隣さんに嫌われたり気まずくなったらかなり生活が脅かされる。相手が好戦的な性格ならなおさらだ。初対面が9割とよく言うし、愛想を全開にしていこう。

コンコン

「コントレイルです。今日からお隣になります。どうぞよろしく・・・」

深々と頭を下げてから、顔を上げる。その瞬間、世界が凍った。

目の前にいたのはエピファネイアだった。父性を求めた相手が、目の前にいた。

エピファネイアさんも、固まっていた。

「ディープ・・・さん・・・」

口からこぼれたその言葉を、本人も驚いているようだった。思わず口に手を当て、申し訳無さそうな顔が浮かんでくる。

「ご・・・ごめん!コントレイルくん・・・だよね。ちょっと・・・ディープさんに似てたから・・・」

「!・・・まあ・・・親子・・・ですから・・・」

「娘や息子と何度かぶつかってたよね。君がいてくれての競馬でよかった。世代にはある程度目標となる強者がいなきゃいけないよね。それこそディープさんみたいな・・・」

次々と表情を変える。僕と対面する顔、子供たちを思う顔、そして・・・ディープインパクトに恋焦がれる顔。小さいころから人の表情を読むのが得意な僕だからわかってしまった。

この人は・・・もうとっくに死んだディープインパクト・・・パパのことを想っている。

「・・・パパとは・・・どういう関係だったんですか?」

「・・・何て言えばいいんだろうね・・・長くなるけど、いい?」

その表情が陰る。見たくないタイプの陰りだ。でも、好奇心は止まらない。

「構いません。」

「・・・おっけー。わかった。・・・やっぱりディープさんの子供だからかな。ぼくがこんなに落ち着いて喋れるなんて。」

エピファネイアさんは、ベッドに腰かけ、自分の話を不慣れな言葉でぽつぽつと語りだした。

曰く、自分は人になぜか冷たく接してしまう癖があること。曰く、その癖のせいで友達ができず、関わってくれる人すら少ないこと。曰く、ディープインパクトのみは正直に接することが出来そうだったこと。曰く・・・なぜか嫌われてしまったこと。

衝撃だった。自分の知るディープインパクトは誰とでも仲良くできる印象があったから。

そう伝えると、エピファネイアさんは慌てて

「ぼくが悪いんだよ。人と関わり、慈しむことができなかったからあの人に愛されることができなかった。いつか仲直りしたいと思ってたけど、会話の練習をしてるうちにあの人は・・・」

言わせるべきではなかったかもしれない。今かなり後悔している。自分が勝手に父性を期待していた相手の泣き顔というのもあるが、純粋に友達やライバルの父親を自分とその父親が泣かせてるって夢見が悪い。

「・・・僕はよくディープインパクトに似てるって言われてきたんです。実際、あなたも僕のことディープインパクトだと思ったんでしょう?・・・甘えていいんですよ?」

反対側のベッド・・・つまりこれから僕が過ごすことになるベッドに腰かけ腕を広げてみる。出来るだけ魅力的に見えるように、出来るだけ体を大きく見せるように。

「え・・・でも・・・君はぼくより年下で・・・娘や息子のライバルで・・・」

.この人はかなりしっかりしている。僕はこんなになってるのにこの人が冷静なんてむかつく。

「いいんですってば♡ディープインパクトに似てる僕はあなたのことを全て肯定しますよ♡」

もはやなりふり構わず全力で誘惑すると、ついにおろおろとエピファネイアさんが動く。

「・・・ずっと・・・さみしかった。友達なんて贅沢は言わないから、この苦しみをせめて愛せた人に知ってもらいたかった。でもできなかった。人を愛したことのない奴があなたに理解してもらおうなんておこがましかったんだ。でも、こんなぼくにも愛することができる人たちができたんだ。ぼくの子供たちのことを愛せるようになった。もしあなたがほんのちょっとでもあの子たちを気に入ったのなら、応援してください!」

腹回りに抱き着き、顔をうずめながら想いをさらけ出す。その姿がとてもいとおしく見えて仕方なかった。

「よーし♡よーし♡辛かったですね♡全部全部受け止めてあげるから♡」

強く、強く、さらに抱きしめる。お互い微妙に話がかみ合わない。別にそれはどうだっていい。

スゥ・・・・スゥ・・・・

言いたかったことが言えたらすっきりしたのか、エピファネイアさんは寝てしまった。優しく優しく髪をなで、起こさぬようゆっくりと寝かしてやる。向かい合って抱き合いながら、自分も寝ようとしたところで、少しだけ熱が冷める。

ヤバいことをしてしまったのでは?かなり年上の先輩種牡馬を誘惑した三冠牡馬ってだけでかなりヤバい奴なのに、その先輩種牡馬はライバルの親で、嫌われ者らしい。(見る目ないな)この光景をもし誰かに見られでもしたら、僕の評価か、エピファネイアさんの評価がガタ落ちする。このまま眠ってしまうのはまずい。引き離さなきゃ・・・

スゥ・・・スゥ・・・

ダメだ。この寝顔を見て起こそうなんて思えない。

・・・多少ホモ野郎扱いされるかもしれないが、もういいや。

人間関係をぎりぎりまで絞れば、多分何とかなるでしょ。

~しばらくたった後~

タンタンタン サッ

リズミカルな物音で目が覚める。目が開くよりも早く認識できた情報は、漂ってくる匂い。

「カレー・・・?」

疑問として口をついて出てきた言葉は、何度も食べてきたあの食べ物。

「よくわかったね。何が好きかわかんないから子供たちが大体喜んでくれたカレーでいいかなって。嫌い?」

目を開く。一回、二回。ぼやけてた視界が覚醒する。最初に目に入ったものはエプロン姿のエピファネイアさん。その次に、大きな鍋。

「いや、好きです。」

「そっか、よかった。・・・さっきは情けない所見せてごめんね。君・・・はなんか他人行儀だし、コンちゃんでいい?」

「いいですよ。」

「じゃあコンちゃんもぼくのことエピさんって呼んでね。ディープさんに似てるとかそんなのは置いといて、君と仲良くしたいんだ。」

「わ・・・わかりました。」

さっきまでの印象とずいぶん変わった。というよりもこれが素なのかもしれない。

僕が求めていた人も、これだと思う。

だが、感覚が狂う。

かっこいいエピさん。かわいいエピさん。

思考がぐるぐる廻ってよくわからない。でも、分からなくたって別にいいのかもしれない。

そこにいるエピさんに、ただの一つでも嘘はないから。





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