パズルのピース 下
「あのとき同じ宝石でも適合するかは分からないと言ったが、全く確証が無かった訳じゃないんだ」
「へぇ?」
「俺の前にトラファルガーというブラックサファイアが居たんだ、アンタもコラさんも会った事ないがおつるさんがそう言ってた。もう彼しか覚えて無いらしいけど」
「そういえばそんな事言ってたな、それがどうしたんだ?」
「俺の名前、トラファルガー・ローっていうのは『未加工のトラファルガー』って意味でつけられたとも聴いた。最初は粗悪なトラファルガーって意味かと思ったけど。生まれた頃の俺は白鉛混じりで上手く加工も出来なかったからそうなったらしい」
「あぁ思い出してきた、それで日光が上手く吸収できなくて随分苦労してたな。走れば気分が悪くなるし栄養失調で倒れるしで仕事も殆ど任されない中、ロシナンテだけはお前と組んでやれる事を探してた。散々うちの弟に迷惑かけやがってこのクソガキ、フッフッフ…」
「あの頃は自暴自棄だったんだ。でもコラさんが月人が兵器として使ってきたブラックサファイアを回収して、白鉛と入れ替えてくれた事で俺は今医者をしてる」
そう言うとローはハンマーとノミを取ってドフラミンゴの腕に添えた。
「だから多分、うまくいく」
「しっかりやってくれよ、先生」
「シャチ、腕が動かないように押さえておいてくれ。ペンギンは飛んだ破片を残らず回収してくれよ」
「アイアイ!キャプテン!」
ローは側にいる助手に声をかけると2人は元気よく返事を返した。
それが空元気だとしてもローは良かった。
「いくぞ」
「あぁ」
ハンマーが振り翳され金属音が鳴る。
それを聴いたのはロー達だけじゃない。ドフラミンゴの手術を見届けようと彼の仲間達も医務室にやってきていた。その中でも特にヴェルゴは悲痛な怒りを込めた表情をして背中の後ろで拳を握っていた。
「ヴェルゴ、お前そんな手ェ握ってちゃ傷がついちまうぞ」
「放っておいてくれ」
「ダメよ、せめて布でも挟んでおいて。あなたの手に傷がつけば若様が悲しむわ」
「ドフィはこれから手を失うというのに?」
「いいから挟んでおけ、破いてもいいから」
モルガナイトのセニョールピンクが呆れたように無理矢理拳にハンカチを持たせた。
ここに来たのはドフラミンゴとは古い付き合いのヴェルゴ、ディアマンテ、ピーカ、それから彼らに育てられたベビー5、バッファロー、デリンジャー、グラディウス、そしてドフラミンゴを慕うピンクであった。他の仲間達はドフラミンゴが刻まれるのは見ていられないと悲しみ来ることは無かった。
光が差し込む部屋にノミとハンマーがぶつかる音が木霊がする。その度にまだ若い宝石達は震え、時々目を逸らした。
そしてついに左の腕がぱきりと切り離される。
白粉を塗っていない断層は金色に近い黄色で光り輝いていた。
それはとても美しい光だったが残酷な光景でもあった。
「…ッ…ぅぅ…」
「ベビー、耐えられないようなら無理しなくていい」
「でも、これが最後かもしれないって思うと…」
「もし適合しなければ元に戻される。まだ決まった訳じゃない」
ピンクの言葉に彼は唇を噛んで眉間に皺を寄せた。外された手は丁寧に布に包まれ箱に入れられる。この後加工し、穴に詰める為にだ。
ローはもう一本の腕にノミを当て、またハンマーで叩いた。
それからもう一本腕が切られたときベビーが泣き声をあげて部屋から去った。右足にヒビが入ったとき、デリンジャーとバッファローが暗い顔で出て行った。そして右足が切り落とされるとグラディウスが俯いてフラフラと出ていった。
「これで最後だ」
「あぁ」
「この後、一番相性の良かった合金を繋げる。かなり重いから馴染むまで大人しくしてろよ」
「医者の指示だ、守るさ」
そしてまたハンマーの音が何度も響いて左足が切り落とされた。
そこにペンギンが抱えてきた合金が繋げられる。成形されたそれはゆっくりと馴染んでいくと切り離された手足そっくりの形となる。
手術は成功したがそれを最後まで見届けていた仲間の顔は皆険しいものであった。
「なぁドフィ、記憶はまだあるか」
「安心しろピーカ、お前たちとの思い出はきちんと覚えてる」
「そうか」
「これは俺のワガママだ、どう言って貰っても構わない。すまないな、失望したか」
ドフラミンゴの顔は僅かに強張った笑顔をしていた。今まで仲間のトップに立つ彼の見たことのない表情に残っていた彼らの胸は締め付けられた。
「しないよ、ドフィ。しないけど、これが正しかったかはわからないよ」
ヴェルゴが今にも詰まりそうな声でそう告げた。ドフラミンゴはその言葉に「そうか」とだけ告げて寝台に横になった。
手足を失って疲れたのだろう、やがて彼が眠りにつくと暗い顔の仲間達は昼の日差しで濃い陰が出来た廊下の向こうへと歩いて行った。
◇
「それで俺の手足は合金になった、ロシナンテも目覚め長い眠りにつかなくなって万事解決となった訳だ」
「へー!ミンゴお前すげーな、俺も足無くなっちまったけど自分で切ろうって決めた訳じゃねぇからなぁ」
「普通はそんな事考えないさ、でも俺ももしルフィに穴が開いたってなったら同じ事したかもしれない」
「お前もかよ、サボ…。まぁ俺も否定は出来ねぇが…」
「コラ男、すっげぇ喜んだんだろうなぁ!そこはどうだったんだ?ミンゴ?」
「いや、目覚めて事情を話した瞬間に喧嘩になったよ」
ドフラミンゴが何でも無いような顔でそういうと3人は目を丸くして呆然としヴェルゴは顔を手で覆った。
「恩知らずだよ、ロシナンテは」
「いや俺が悪いんだ、けどロシナンテも悪い。俺たちは同じ宝石なのにどうしてこうも分かり合えないんだろうな」
ドフラミンゴはいつもの笑みを浮かべるがルフィは少しだけ口をへの字に曲げて「辛いときに笑うのは何か違うと思うぞ」とグイグイと頬を下に引っ張った。それでも彼の笑顔は消えなかったが、代わりに外されたサングラスからは溢れるような酷く悲しそうに下がった瞳が露わになり、黄色く輝いていた。
◇
「おはよう、ロー。今回は何年振りだ?300年くらい?」
穏やかな陽射しのもとロシナンテが起き上がるとローは血相を変えてドフラミンゴや他の宝石達を呼びに行った。
事情がわからないロシナンテは首を傾げ身体中に開いた穴を見るとそこには見覚えのある宝石が埋め込まれていた。酷く嫌な予感がロシナンテの頭に浮かんだが、それは正に現実となった。
「ドフィ、その手足は」
「ロシー、お前にソレを埋め込んですぐに目覚めるとはやっぱり兄弟は違うな」
「…お前何やってんだよ…なんで」
「どこか悪いところは無いか?違和感があるとか」
「ドフィ!」
「……」
ローが戻ってくるより先にドフラミンゴが何処からかやってくる。その金の手足を見たロシナンテはそのまま力任せに兄を押し倒した。
ドフラミンゴもロシナンテの血気迫る顔を真上に見て何も言わずにされるがままとなっていたが、戻ってきたローが兄の胸ぐらを掴むロシナンテを見た瞬間、慌てて引き剥がそうと手を伸ばした。
「コラさん!?何して…ッ」
「何で俺なんかの為に兄上が失わなくちゃならないんだよ!?」
「お前だからあげてもよかったんだ」
「頼んで無いッ!!」
「俺がやりたかったからやった」
「そうやって自分で完結させて兄上はいつもそうだ!兄上は賢くて強くて!それでいつも誰にも言わずに決めちまう!何で…俺のために兄上が犠牲になんてなってほしく無かったのに…」
「…コラさん…」
「ローも何で止めなかったんだよ」
「止めたって聞かねぇよ、そいつは」
「…これでもずっと我慢してたんだぞ」
ドフラミンゴは腕を伸ばしてロシナンテに埋め込まれた自分の黄色に触れると薄く溜息を吐いた。
「ロシナンテ、俺はいつも誰かの為の王だった」
「嘘つくなよ、いつも兄上は自分勝手じゃないか」
「緒の浜で生まれた時、今にも砕け散りそうな俺を最初に見つけたのは月人だった。生まれてすぐ連れ去られそうになった俺を助けたのはヴェルゴ達だった」
「知ってる、何度も聞いたさ。一緒になって戦ったんだろ、そんな宝石後にも先に兄上だけだっておつるさんも言ってたくらいだ」
「それから月人を撃退してようやく学校にたどり着いた。そこでトレーボルが俺の砕けた部分を繋ぎ合わせて言ったんだ」
『お前はどんな宝石よりも輝いているなぁ、それに生まれて直ぐに月人と戦うなんてきっとお前はずば抜けて優れた宝石なんだ』
『そうなのか?』
『そうだ、きっとお前は宝石の王様なんだ』
『おうさま?』
『ここには居ねぇが、王様は強くて美しくて皆の夢を叶えてくれる存在なんだって』
『夢があるのか、お前』
『あるとも、王様に仕えることだ。王様に仕えれば誰もがきっと俺を否定しなくなる』
呪いのような言葉だったが、その言葉がドフラミンゴの宝石としての価値を決めたのだ。
それから2年後、同じイエローダイヤモンドのロシナンテが産まれたがその色と姿を見たトレーボルは酷くがっかりして顔を背けた。
『穴あき、それに白くも無い黄色も薄い、不完全なダイヤモンドだ』
『だが同じイエローダイヤモンドだ』
『あぁ、けどコイツは美しく無い』
素っ気なく答えたトレーボルはロシナンテの事は終ぞ興味が無いままだった。
「トレーボルは俺にずっとアイツの理想であって欲しかった。理想の王に自分を肯定して欲しかったんだろう、けどトレーボルはもう居ない」
「居ないから、理想である必要で無くなったのか」
「あぁ、理想の王で居てほしいのはトレーボルの願いだったから。ヴェルゴも、ディアマンテも、ピーカも、俺を見つけて居場所をくれたから強くて美しい王様であろうとした」
「だから俺の理想も叶えてやろうって?生憎だが俺は…」
「俺は兄としてお前と同じ時間を過ごしたかっただけなんだ、それが俺の理想だったから」
ロシナンテは言葉を遮られ告げられた本音に口を黙み、キュッと唇を噛んだ。
それでもロシナンテは口を開き彼自身の本音を吐いた。
「それでも、俺は目覚めたくなかった。兄上にもローにも俺を砕いて海に捨てて欲しかった、大好きな人達がこれ以上苦しむくらいなら何も感じられなくなった方が良かったのに」
ロシナンテがそう言うと後頭部から鈍い音がした。振り向くと腕にヒビが入ったローが鬼の形相でこちらを見ていた。
「2度とそんな事言うなよ、コラさん」
ローはロシナンテの事が大好きだった。それだけだったからどんな苦しみも耐えてこれた。
けれど大好きな人はそれを否定して自分自身を貶した。
それが許せなかったのだ。
「2度と!砕かれたいなんて言うなよ!」
宝石には涙がない。だからローは怒りでしか気持ちをロシナンテにぶつける事しか出来なかった。
◇
「今こそそれなりに話せてはいるが最初は避けられてた。けど100年くらい過ぎてようやく今の距離、俺はあいつともっと一緒の時間を過ごしたかっただけなのになぁ」
ドフラミンゴがキラキラと合金の腕を天に伸ばして日を浴びる。心地よい正午の光が5人を包んでいると、ふと浜の方にライトイエローの宝石が見えた。どうやら緒の浜から新しい素材を取ってきた帰りらしく意気揚々とカゴを持っていたが、数歩歩くと砂に足を取られそれを派手にぶちまけてしまった。
「全くドジな野郎だ」
そうドフラミンゴは呟くと金の腕を伸ばし弟と素材となる宝石や合金を受け止めた。
突然飛んできた金の腕に転んだロシナンテは目を丸くして驚いた顔をしていたが、そのまま体制を整えられ頭を優しく撫でられると照れくさそうに顔を背けた。
それを見てヴェルゴが不機嫌そうに声を掛ける。
「ありがとうくらい言いやがれ!」
「うるせーな!ありがとう!!…わっ」
何を思ったのかドフラミンゴはロシナンテの脇を掴み持ち上げるとそのまま自分の隣に連れてきた。
状況を理解出来てない彼を見て兄はニヤリと笑ってまた頭を撫でた。
「どういたしまして」
「…おう」
弟は抵抗せずそれを受け入れて金の腕に触れた。
それを見てまだ年若いサンストーンは納得したようにニシシと笑ってみせた。
「なんだ、ミンゴがコラ男の事好きなの伝わってるじゃん」
「は?!ど、どうしたんだ急に」
「手、ちゃんと触れてるだろ」
「それが何だっていうんだよ」
「嫌いなら触らないじゃんか」
「…そうだけど。なんでおれとドフィの話なんか」
「昔話をしてやったのさ」
「昔話?」
「お前がドフィを蔑んでたころのことだ」
「別に蔑んでなんかねぇよ、俺はドフィが馬鹿なことしたから耐えきれなかっただけだ。だって、そんな簡単に…俺にあげていいモンでも無いだろ」
ロシナンテは曇った瞳を逸らしてそう呟いた。それを見てドフラミンゴはまた困った顔をする。それでもサングラス越しの黄色の目はしっかりと弟を見ていた。
「ロシー、お前は明日も目を覚ましてくれるだけで俺にとって俺以上の価値があるんだ。だから俺をあげたんだ」
その言葉に少しだけ薄いライトイエローの目がドフラミンゴの方を見る。
初めて言われた言葉だった。
ロシナンテはふと生まれた時にはいつも眩しいくらい美しい兄が常にいて、持て囃されてたこと、ドジな自分と違って何でも器用に熟すこと、そんな兄がいつも自分の事を誰よりも気にかけていたことを思い返してみた。
そして出た結論はシンプルなモノであった。
「そんなに俺のこと好きだったのか、ドフィ」
「前から言ってるだろう、お前が捻くれて受け取らなかっただけで」
「捻くれてはいねぇよ」
そういって肩を並べる2人をみるとヴェルゴがお邪魔な3人の宝石の背中を押して他所へ追いやろうとした。
「おい何で押すんだよ、ヴェル男」
「ドフィとロシナンテの貴重の時間だ。俺たちはさっさとお暇するぞ」
「あー、そう言うこと?アンタ意外と気を遣えるんだな」
「黙れダンビュライト」
「ルフィ、学校に帰ってクラゲの観察でもやろうぜ」
「えー?あれはエースの好きな事だろ?俺クラゲはそんなに…」
「いーから、俺たちも兄弟の時間を過ごそう」
「んー、サボがそういうなら」
「ほら、さっさと行け」
「だから押すなって!」
ヴェルゴはその場で座り込んで話す2人に一度だけ振り返り、歩き始めた。まだほんの少しだけ距離はあるが、いくらか素直になった2人はキチンとした笑顔でお互いを見ていた。