パズルのピース 上

パズルのピース 上


伸ばされた金色の腕が糸のように細分化され月人を切り裂いていく。今日の黒点からはいつもと同じような月人が現れたので誰も被害に遭う事無く撃退できた。


「流石だ、ドフィ」

「お前のサポートがあったからだ、相棒」


金の腕が伸縮していくとそれは元の腕の形に戻っていく。宝石にはない特徴を持つその腕は後付けされたものであった。


「ドフィ、偶にはその手足に白粉花を塗らないか?」

「んー?伸ばしたらすぐ取れちまうから別にいいんじゃねぇか?」

「偶には昔みたいなドフィの手足がみたいんだ、その手足が嫌だというわけじゃなくて昔が懐かしくなっただけなんだけど嫌かな」

「何だ、そういう事か。ならいいぜ、暫くは月人は来ねぇだろうし」

「ありがとう、白粉を塗るの手伝っていいかい」

「いいぜ、お前は塗るのが上手いからな」

「期待に添えるよう頑張るよ」


黒いスピネルのヴェルゴはそう言って黄金で出来た手足を持つイエローダイヤモンドのドフラミンゴの隣に立った。

見回りに戻ろうとしたその時、ふと丘の向こうから騒がしい声と赤い輝きが見えた。


「ルフィ!いい加減逃げるな!」

「逃げてねぇ!なんか止まらねぇんだよ!」

「速いなぁ!ルフィは!はははっ」

「笑ってる場合か!」


輝く赤はサンストーンの末っ子、それを追いかけるのは新緑のような翠が混ざったファイヤーオパールの兄と淡いイエローのダンビュライトの兄。最近になって末っ子は新しいアゲートの足を手に入れたが、それで文字通り暴走しているらしい。


「何をやってるんだ、あいつら」

「フッフッフ、少し手を貸してやるか」


ドフラミンゴは自らの腕を網目上に形を変え、それを疾走する末っ子の前に伸ばした。

急には曲がれない彼は予想通り網の中に突っ込んでいくとようやくストップしてズルズルと膝をついて寝転んだ後、ドフラミンゴ達に目を向けた。


「あ!ミンゴ!それにヴェル男も!止めてくれてありがとうな!」

「ヴェルゴさんだ」


ヴェルゴが名前を訂正してやると、ようやく追いついた兄達がやってきた。


「いやー助かった、こりゃどうも」

「手のかかる弟を持つと大変だろう?ファイヤーオパール」

「アンタに言われちゃ世話ねぇな」

「ミンゴの弟めちゃくちゃドジだもんなー、ししっ」

「お前が言うんじゃねぇ、全くどいつもこいつもドフィの手を煩わせやがって」

「でもヴェル男もなんだかんだでコラ男のこと好きだろ、いつも助けてるじゃん」

「ドフィの弟だからな」

「ヴェルゴさんはコラソンの事弟にしないのか?」

「テメェは何言ってやがるダンビュライト」

「だって可愛いだろ、弟」

「同じ宝石じゃねぇのに兄弟やってるテメェらの方が特殊なんだ」

「そうかー?それにしてもミンゴの腕、便利だな。俺の足も伸びねーかな」

「合金じゃねぇとな、それに摩耗するからいい事ずくめって訳じゃねぇよ。時々髪を切って補填しなきゃだしな」

「へー、そういえばミンゴの手足ってどうして合金なんだ?フランキーみたいに月人に持ってかれた代わりか?」

「アンタが月人に体を持ってかれるとは思えねぇが」

「何か訳があるのか?」


次々と言葉を向ける3人の宝石にドフラミンゴは苦笑して口をいつもの三日月の形にした後、少しズレたサングラスを押し上げた。


「言ってなかったか、これはロシーにあげたんだ」

「あげた?」

「いい話じゃない、俺は砕けそうに成るほど嫌な話だと思ってる」


ヴェルゴはひどく嫌そうな顔をして竹棒を強く握った。それでもドフラミンゴはあの日の思い出を語り出した。


「昔の事だ、ロシーの身体には生まれつき穴が空いていたんだ」







「おはよう、コラさん。231年と11ヶ月と1日振りの目覚めだな」

「ロー!久しぶりだな、いや俺にとっては昨日の事みたいなもんなんだけど。そうか、今回はそんな時間が経ってたのか。今回は随分派手なの使ったな」

「久しぶりにホンモノのダイヤが取れたんだ、今回はどれくらい起きてられるだろうな」

「さぁな。それは俺にも」


ローは自らのペアであるロシナンテが久しぶりに眠りから目覚めるとその手を取って起き上がらせた。生まれつき穴の空いたロシナンテの身体は長い眠りについた後、短い目覚めを得る。

前は2、3日だったものが今では200年に一度という途方もない年月となっていた。


「皆にこの事を話してくる。新入りたちもいるからさ、紹介するよ」

「ありがとう、色々…すまねぇな、ロー」

「いいんだ、俺が好きでやってる事だから」


そういうとローは少し疲れた顔のまま廊下を走っていった。それをロシナンテは複雑そうな顔で見送る。久しぶりの目覚め、それはロシナンテにとって気分の良い物では無かった。

それでもいまだにコンビを解消しないローはロシナンテが大好きだから諦めきれずにいる。それをロシナンテ自身もよく知っていた。だってロシナンテもローを愛していたから。

少しだけ外に出て二百数十年前と何も変わらない空を見上げる。身体が活性化していくのを感じるとロシナンテはそのまま草の上に座り、ぼんやりと風を浴びた。

するとふと自分達の住まう学校の上から誰かが降りてきた。かなりの高さから降りてきた鮮血のようなルビーと縞瑪瑙は訝しげにロシナンテを見ていた。


「ドフラミンゴ?にしては色が粗末だ」

「ははっ、それ気にしてんだけど。若い子は遠慮がねぇな」

「キッド、こいつはロシナンテだ。トラファルガーがよく治療してる箱に入った宝石だ」

「お、そっちの縞瑪瑙くんは俺のこと知ってるカンジ?そうだよ、俺はドンキホーテ・ロシナンテ。ライトイエローダイヤモンドのロシナンテ。お前たちは?」

「キラーだ」

「…ユースタス・キッド。ルビーだ」


キッドと名乗った方はまだロシナンテの事を信用していないようで持っていたデッキブラシの上に手と顎を乗せてジッと見てきた。


「そのブラシ、掃除中だったか?…いや当てよう、ズバリ紙か何かの素材をダメにして罰掃除中ってトコロか?」

「なっ…なんで分かったんだよ…」

「お、わかりやすい。素直だねー、君」

「ファファッ…」

「んでもって君は特に何もしてないけど付き添い、或いは巻き込まれた」

「ファッ!?」

「お、これも当たりか。お目覚め早々コラさんったら冴えてるなぁ」


ロシナンテは服に入っていたタバコを口に咥えるとそのまま火をつける。嗜好品としてタバコを吸う宝石はいる事は居るが、基本的には色が燻むと敬遠されがちである。当然キッド達は嫌な顔をして煙から逃げるように風上へと移動した。


「おいおい辞めろよ、アンタダイヤモンドだろ。燻みが怖くねぇのか」

「俺みたいな色の悪いダイヤは燻んだって誰も気にしねぇよ」

「燻みで硬度が変わる訳じゃあるまい、放っておけ」

「そりゃそうだけどよ」


キッドがイマイチ納得しかねない顔をしていると廊下からドタバタと騒がしい足音がした。


「コラソン!久しぶりに起きたのね!心配してたんだから!」

「待ってただすやん!寝てた間に色々あったから早く話すだすやん!」

「キャー!230年振り!前はアタシ生まれたばっかりでちょっとしか話せなかったから今回は沢山話しましょ!」

「おー!お前らも元気そうだな!そんなに俺と話したいか!いいねー、偶には起きてみるもんだ」


クンツァイトのベビー5、ヘマタイトのバッファロー、スファレライトのデリンジャーは煙など気にせずにロシナンテに抱きつく。それを追いかけてきたローが見ると慌てて怒鳴りつけた。


「おいお前ら!あんまコラさんにベタベタすんじゃねぇ!まだ完全に穴が塞がった訳じゃねぇんだ!」

「何よー、ロー兄のケチー」

「そうよ、ローはケチなのよ」

「ケチだすやん」

「うるせぇ!殴るぞ!」

「やめてよ!あなたが殴ったら割れるのはこっちなんだから!」

「ブラックサファイア舐めないでよ!」

「ローはコラソンの事になるとめちゃくちゃキレやすいだすやん」

「ロー、久しぶりなんだ。少し大目に見てやってくれ」

「…コラさんが言うなら」

「いい子だ、ロー」

「特別だからな!」


突然現れた3人にも大らかに接し、あの嫌味で時々ヤブと言えば先に手が出る医者のローを言葉一つで手懐ける、よく分からないが中々の大物である宝石にキッドとキラーは呆気に取られていた。

これが更にあのドフラミンゴの弟というのにも驚きである。


「…なぁキラー、本当にコイツはドフラミンゴの弟か?」

「そうだな」

「あの傲慢で性格の悪いイエローダイヤモンドの?」

「違いない」

「そうは見えねぇな…」


キッドがそう呟いたとき、ふと後ろから派手に輝く黄色の影が見えた。

しまったと思い後ろを振り向くと件のドフラミンゴがこれまたは派手な取り巻きと彼らを呼んできたと思わしきペンギン帽子のアイスブルーサファイアとシャチ帽子のスノーフレークオブシディアンと一緒に立っていた。


「そんなにロシーと俺は似てねぇか?ユースタスキッド?フッフッフッフッ…」

「…文句あるなら受けて立つ!」

「デッキブラシじゃ話にならないぞ、キッド」

「やってみねぇと分からねぇ!」

「素直に謝るって事しないのか?アンタら」


呆れた声でスノーフレークオブシディアンが突っ込むと、その隣でフッフッフとまたイエローダイヤモンドが笑い、キッド達の間をすり抜けていった。


「ロシー」

「兄上!相変わらず派手に輝いてんな」

「お前は起きて早々にタバコか、燻むぞ」

「いいんだって。みんなもお揃いか、そう言えばベタベタって言葉で思い出したんだがトレーボルは?いつもいるのに今日はいねぇの?」

「…コラさん…トレーボルは…」


ローがそう言いかけた時、その場の空気が仄暗くなった。それに気付かないほどロシナンテも鈍感では無い。彼はしまったという顔をして何とか誤魔化しの言葉を紡ごうとしたが、それより先にドフラミンゴがどうしようもなさそうな笑顔で話始めた。


「トレーボルは月に連れてかれたよ」

「…そうか、分かった」


タールインクォーツの彼はドロドロとした内包物を揺らしながらベタベタとドフラミンゴにくっついていた宝石だ。細い体を晒すのを何よりも嫌がり袈裟を着ていたのを覚えている。

彼は確かに学校管理の仕事をしていたが、ロシナンテはよく壁に傷をつけたり布団を燃やしたりして怒られていた。


「シュガーと一緒に補修用の石英を探してた所を襲撃された。シュガーは助け出せたがアイツはすでに砕かれて連れてかれたよ」

「カケラとかは」

「タールが少し残ってる、クォーツの部分は無理だった」

「…他に誰かつれてかれたか?」

「俺達のところからは誰も。けど他のところからは何人か」

「誰?」

「一人はおつるさん所の奴だったな、ドジなアイオライトだった。もう一人はロードライトガーネットのモリアだ」

「アイオライトって…あのスモーカーの」

「コラさん、心配なら白猟屋は浜の方にいる」

「ありがとう、ロー。ごめん皆、少し話してくる」


ロシナンテはそう言うと自らが入っていた箱に添えられていた大太刀を手にするとそのまま駆けていった。


「ロシー!あまり走るな!転ぶぞ!」

「埋め込んだダイヤが外れるからもう少しゆっくり走ってくれ!」


走っていくロシナンテをドフラミンゴとローが追いかける。

それをキッドとキラーは呆然と眺めて溜息を吐いた。


「忙しねぇ奴だな」

「違いない」

「仕方ないのよ、あの人いつまで起きてられるか分からないから」


もう何回も繰り返してやっと起きたのよ、とベビーが辛そうな顔で二人を見た。

彼はドフラミンゴ達と生まれた時から一緒にいるという。だから余計辛さが分かるのだろう。


「…起きる可能性があるってだけで何事も諦めきれねぇもんだな、俺たち宝石は」


キッドはそう呟くとデッキブラシを肩にかけその場を去った。






スモーキークォーツのスモーカーは今はラベンダー翡翠のヒナと組んでいた。

コンビに不満はない。だが前組んでいた彼のことを忘れた日は無い。

だから今日現れた月人の兵器に彼は酷く動揺し激昂した。


「テメェら…その矢尻に使ってんのは…」

「アイオライト!よくもあんな姿にしてくれたわね…!」

「返しやがれ、そいつはそんな風にされて良い奴じゃねぇ!!」


器を持った巨大な月人を破壊して出てきたのは見覚えのある仲間の変わり果てた姿。

スモーカーが呆気に取られてるうちにはたき落とされると月人達はその矢を取り出し、弓を引く。


「ふざけやがって…!」


二人は青い矢尻にばかりに目がいっていた。だから不意をついて打ってきた槍に気をやる暇は無かった。寸前でヒナがその三叉槍に気がつくがそれは目前にまで迫っていた。


「スモーカーくん…!逃げて…」


もう少しで白い槍がスモーカーの首を砕く、その瞬間に黄色の輝きが割って入ってきた。彼が持った大太刀は槍を一刀両断するとその切先を月人に向けられた。


「ウチの後輩に手ェ出すなよ」


淡い黄色のダイヤモンドが低く呟くと月人が青い矢尻が装填された弓を構えた。


「ロシナンテさん…」

「久しぶりだな、起きて早々に戦いとは思わなかったが」

「俺もあんたが助けに来るとは思いませんでしたよ。…ありがとうございます」

「いいって、さぁ来るぞ」


スモーカーは十手を構え直すとロシナンテと背中合わせとなり身構える。

無数の白い線が空中に舞う音がするとスモーカー達に降り注いだ。それを得物を振り回してはたき落としていく。

気を抜かず、しっかりと目にとらえて、風を切りながら。

そして全ての矢を叩き落とし、もう一度月人が攻撃をしようと構えた瞬間、スモーカーが飛び上がり巨大な月人を一刀両断した。それからすぐに白い霧があたりに広がり一瞬で消え去る。

それをみてアイオライトの矢を集めていたヒナが一息ついた。


「…たしぎちゃん、少しだけ戻ってきたな」

「これだけじゃどうにもならないけどね」

「でも居ないよりはマシだから」


そうロシナンテが呟くとふと後ろからもう一人のイエローダイヤモンドと黒いサファイアが追いかけてきていた。

怒られる、とロシナンテが苦い顔で呟いた直後、二人分の怒号が響いた。





集められたアイオライトはローの医務室に丁寧に保管された。青く透き通るソレはまだ砕ける前の彼女の髪色を思い出させたが、先程医務室にきて散々ロシナンテに無駄話をしていったディアマンテだけは「なんか違くねぇか?」とそれを手に取って睨むように呟いた。


「違うって何が」

「何かっつぅとよくわかんねぇけど…これにはシンパシーを感じるな。砕ける前は何も感じなかったんだが」

「気持ち悪い事言うなよ、お前すぐ若い子に手ェ出そうとするんだから」

「ちょっと仲良くしようとしてるだけだぜ?」

「セクハラっつうんだぞ、そういうの」


ギラギラとしたキュービックジルコニアの彼はそう言って煙をふっかけると燻むのを嫌がりさっさと退散した。

すでに時刻は夕暮れ、ローは疲れで既に眠りについている。

ロシナンテは一人夕焼けを眺めていると、廊下の方から靴の音が聞こえた。まっすぐ此方に来た足音はロシナンテの隣で止まった。


「お名前は?」

「分かるだろ、ヴェルゴだ」

「お前とも積もる話があるな。兄上とずっと居てくれてありがとう。正直な、トレーボルじゃなくてお前が兄上と一緒に組んでくれてホッとしてる」

「居なくなったやつの事を悪くいうのか?」

「でもアイツは兄上の事を利用してた、お前だってそうだけど…お前は宝石に上下をつけない。アイツはそれを明確にしようとしていた、確かにクォーツは砕け難い良い宝石だ。けど砕けやすい宝石や傷がつきやすい宝石を下に見ていい訳じゃない。…それがアイツにとっての真実だったとしても」


ロシナンテはそういうと灰皿にタバコを押し付けた。タールインクォーツの彼はドフラミンゴを宝石の王だと言っていた。多くのものは冗談に捉えていたが彼は本気だったのだ。


「トレーボルは、自分に価値を見出せなかったんだ。上手く形にならず生まれつき腰が曲がり不純物が混ざった身体を忌避していた。だから美しく完璧なドフィを俺たちの王だと言ったんだよ」

「ヴェルゴ、俺だって価値を見出せないよ」


そう言うとロシナンテは眉の下がった笑顔でヴェルゴを見た。


「さっきは宝石に上下はつけるべきではないって言ったけど、一緒に過ごしているとどうしても上下があるんじゃないかって思っちまうのは分かるんだ。…俺がドフィの輝きをどれほど羨ましく思ってるか、それは誰にも分からないだろ」

「けどドフィはお前の事を大切に思ってる、同じダイヤモンドだと」

「同じじゃねぇよ、あの姿を見るたびにどうして俺は今にも消えそうなイエローなんだろうとか、俺の何がいけなくてこんな色になったんだろうとか、穴だらけの身体に何の価値がって目覚めて会うたびに思うんだ。ドフィが俺のこと大事にしてるのは分かるよ、わかるけど…劣等感ってそんな簡単なモンじゃないんだよ」

「ロシナンテ…」

「上下をつけようとするのは劣等感があるからなのかもな、自分より下のものがいれば今が悪く無いように思える。兄上は完璧だから分からないだろうけど俺はずっと眠ったままがいい、こんな不完全な身体の為にローや兄上の時間を無駄にしてほしく無いんだ。俺は二人にパズルのピースを諦めて欲しいんだよ」


ロシナンテには既に笑顔は無く血気迫るようなどうしようもなく苦しそうな表情をしていた。

ヴェルゴはそんなロシナンテを見たことはなかった。無愛想な顔してるかと思えばヘラヘラと笑ってドジを踏んで目を丸くする、それがロシナンテだと思っていたからだ。けど真実は真綿で首を絞めるようなモノだった。

ロシナンテだってドフラミンゴが持て囃されるのを何も思ってない訳じゃない。言わなかっただけで。けどヴェルゴにはかける言葉が無かった。彼はいつもドフラミンゴの側にいたから。


「ヴェルゴ、このこと兄上には秘密な。ローにも。こんな事知ったら二人とも…」

「分かった、皆まで言うな。本当の事が二人を傷付けるのはわかってるから」

「あぁ…そうだな…うん…」

「もう眠いか?」

「…沢山話したから…疲れたのかもな、新入りのルビーと縞瑪瑙…あいつら悪くなかったぜ、ローの友達なんだろ…」

「友達というには喧嘩が絶えない気がするが」

「そっか…ベビー達とも…たくさん話せて良かったよ…。俺はもう眠るから…みんなを…宜しく…」

「あぁ、おやすみ、ロシナンテ」


ゆっくりと寝台に横になりロシナンテは活動を終えた。既に夕日は落ちて薄明となり灯りを消していく。

宝石はあまり呼吸をしない。だから寝ているときは静かなモノであった。

ヴェルゴがそのままロシナンテの寝顔を眺めていると聞き覚えのある足音がした。


「ヴェルゴ、ロシナンテは眠ったのか」

「そうだな。全部聞いてたんだろう」

「フッフッフ、さすがは俺の相棒だな」

「ドフィ、君たちは本当によく似てるよ。そうやって本心を誤魔化す所とか」

「…だったら隣で寝てるやつにも何か言ったらどうだ」

「ロー?起きてるのか?」


ふと隣の寝台で眠っていたブラックサファイアに声をかけるとビクンと身体を震わせた。

やはり彼も全て聞いてしまっていたらしい。


「…コラさん、どうして俺には本心を話してくれないんだ」

「話したくねぇんだから分かりようはねぇだろ」

「ヴェルゴ、ロシーも言おうとしてたろ、本当の事は俺たちを傷付けると」

「けど今俺は腹を立ててる。勝手に俺にだけ本心を話して、今までドフィがどんな思いで眠ってるテメェを見てきたか知らない癖に」


ヴェルゴは眠るロシナンテの額を指で弾いた。

お互い傷がついたり欠けたりする事は無いものの宝石同士が触れ合う音が響く。

その音が反響し、消えていくとふとドフラミンゴが口を開いた。


「ロシーは望まないかもしれないが」

「ん?」

「一つ、ずっと考えてた事があるんだ」


ドフラミンゴはそう言うとロシナンテの穴に触れる。白い手は愛おしげに黄色の縁を撫でた。


「ここに俺の身体を埋めて欲しい」


太陽が完全に沈み切った藍色の空、鮮やかな黄色が二人を見た。

サングラスが邪魔で本当の顔が見えない。それをこの日ほど恨んだ日は無い。


「…ドフラミンゴ、医者として言うが例え同じ宝石でも適合するかは分からない。相性は良いだろうが。そもそもお前の身体の方はどうするんだ」

「他の宝石で補うさ」

「ドフィ、やめてくれ」

「ヴェルゴ、頼む」

「いやだ、なんでそんな…こいつはドフィのことを本心では嫌ってるんだぞ、酷い劣等感を胸に秘めて眠ったままがいいとまで言ったんだ。そんなやつにドフィをくれてやる事は無いんだ」

「ヴェルゴ」

「君の事を愛する宝石はもっと沢山いる、俺だってそうだ。君のためなら粉々になったっていい、けど君が傷付くのは耐えられない、ロシナンテの事が好きなのは分かるよ。けどその分俺たちが君を愛するからそんな事言わないでくれ…もし何かあったら、もし、俺たちの事を忘れてしまったら…俺はどうすればいいんだ」


ヴェルゴはドフラミンゴの肩を掴み悲痛な胸の内を縋るような声で露わにした。

それでもドフラミンゴは困ったように微笑むだけであった。その顔を見てヴェルゴもローも既に自分達の説得が意味を持たない事に気がついた。


「でもなヴェルゴ、俺の心に空いた穴を埋められるのはロシーしか居ないんだ」


その言葉を聴いた瞬間ヴェルゴは膝から崩れ、嗚咽を漏らしながら泣いた。宝石に涙は無かったが、もし彼が涙を流せたなら一生分の涙を流しただろう。


「ごめんな、相棒」


ドフラミンゴはヴェルゴが泣き疲れて眠るまでずっと彼の事を抱きしめ背中を摩ってやった。

その隣でローは眠りについたロシナンテを箱に戻すと口をギュッと結んで穴に嵌めたダイヤモンドを抜いた。彼も本当はドフラミンゴと同じ考えが無かった訳じゃない。けどそれをやる覚悟も告げる勇気も無かった。

彼は医者だ。患者を生かすのが仕事だ。ロシナンテを目覚めさせる、ドフラミンゴを今まで通り生かす、その二つを完璧にやり遂げる確証も自信も無かった。でもドフラミンゴはそんな事はお構い無しにそれを飛び越えて覚悟を決めてしまった。そうなったらもうやるしか無い。

ローは1人ロシナンテの髪を整えて覚悟を決めた。







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