バーンデッド兄弟とまね妖怪ボガート
※本編のどこか、ふわっと時間軸。
※休暇で全員帰って来ている想定。
※全体的にハリーポッターのオマージュ。特に呪文が思い付かなかったのでそのまま引用しています。
「そうだ!ねぇ聞いてくれる!?こないだの授業の話なんだけどさぁ!」
バーンデッド家の夕食の最中、ドミナが突然思い出したと言わんばかりに話を切り出した。
「どうした急に」
「休みに入る前、まね妖怪のボガートの授業があったんだよ」
「あ〜、ありましたねそんなのも」
幾分か懐かしそうにエピデムが相槌を打った。まね妖怪のボガートとは、見た人間の一番怖いものに変身する魔法生物である。恐怖心を克服するため、という名目で大体どこの学校も一年生の時に授業で扱われる。状況を察したデリザスタが愉快な顛末を想像してニヤリと口角を上げた。
「いいじゃん。で?ドミナは何が出てきたワケ?」
「·········お父さんに嫌いって、お前なんか息子じゃないって言われた」
「うっわ〜·····」
なんという地雷中の地雷。聞いたデリザスタも思わず引いた。兄弟全員にとってもそうだが、確かにドミナには一番キツいだろう。だがそこで凹んだまま終わるようなら、それは五男ドミナではない。
「言うはずないだろうそんなこと!!僕のお父さんが!!」
「ドミナ、食事中にテーブルを叩くな」
「ごめんなさい」
「素直〜」
ダァン!と拳を強く叩き付けた音を聞いてドゥウムが弟を咎めた。末弟の発狂じみた発言に慣れすぎている。もっとも「それはそう」というのが総意ではある。だってうちの父は聖人なので。
「あんまり腹が立ったから思わずサモンズ出しちゃったんだよね。そしたら怒られて反省文書かされた」
「当たり前に先生が正しいですねそれは」
過激派孝行息子は歪みないなぁ、と一同が苦笑する。それでも偽物だったとしても傷は残っていたらしく、ドミナはレグロに視線を向けた。
「お父さんは言わないよねそんなことッ!」
「言うわけないじゃろ。ドミナはワシの大切な息子なんじゃから」
「だよね、良かったぁ〜·····」
は〜と大きく息を吐き出してようやくドミナは落ち着いた。よしよしとレグロが頭を撫でる。
「しかし今の学校はそんなことしとるんじゃのう」
「一般的なカリキュラムになりつつありますね。マッシュもやったんじゃないですか?一年生が騒いでるのを聞きましたよ」
「んえ?」
無心で夕食を食べていたマッシュが顔を上げる。頬に付いた米粒をファーミンが取ってやった。
「マッシュは何が出てきたんだ?」
「んー·····赤点のテストだった」
「こっちもこっちで予想の範囲内だな」
「どれだけ勉強嫌いなんだお前」
「魔法が使えないから思いっきり破いたら勝手にクローゼットに戻ってった」
「ちょっとボガートに同情しますね·····」
おそらく撃退の呪文よりも直接的な暴力を食らったであろうボガートを気の毒に思う。まぁマッシュの前に出てきてしまったのが運の尽きだ。
「エピデム兄ちゃんもやったの?」
「えぇ、ありましたよ。私の場合、実験の失敗が怖かったんですかねぇ?何故かクラスメイトが全員アフロになっちゃいまして」
「ぶふっ、呪文唱える前からおもしれーのはズルじゃん!」
想像してしまったデリザスタが噴き出した。ボガートを撃退する呪文は「リディクラス」。馬鹿馬鹿しいという意味の通り、恐ろしい見た目のボガートを面白おかしい姿に変えることで力を削ぐ。
もっとも、エピデムの場合は先にクラス中が大爆笑になったため、呪文を唱える必要も無かったようだ。当時の教師の苦労が忍ばれる。
「いいなー。オレん時なんかキングルスが出てきてさ〜。そのせいで隠してた悪戯がバレてマジ最悪だったわ〜」
「そんなとこからバレることあるんだ·····」
「それは悪戯しとったデリザが悪いと思うぞワシは」
「へーい、反省してまーす」
口だけの返事をしたデリザスタにレグロが困った顔で笑う。さて後は、とドミナはまだ話していない上二人に目を向けた。
「兄さん達はどんな感じだったの?」
「知らね、たぶん寝てた」
ファーミンの台詞に肩透かしを食らって何人かがずっこけた。
「も〜不良生徒〜!」
「しょーがないだろー。でも面白そうだな、それだけ受けときゃ良かった」
「ファーミン兄者なら書類が山ほど乗った机とかになるのでは?」
「うげぇ、最悪。やっぱいいわ 」
うっすらと『自分の怖いもの』への興味を見せたファーミンだが、エピデムの意見にさっさと撤回する。その手のひら返しの早さに全員が思わず笑う。そんな中、自然と最後になったドゥウムに視線が集まった。
「ドゥウム兄さんは?」
「私か」
「ドゥウム兄者の怖いものは想像がつきませんねぇ」
「それな、案外何も出てこなかったんじゃね?」
茶化してケラケラとデリザスタが笑う。正直言って全員が気になっていたことだ。『最強』と皆が認めるこの長男、彼が恐れるものとは一体何だろうか。
「そうだな·····」
期待の視線を感じつつ、ドゥウムは思考の海に沈む。そうあれは、今から四年ほど前のことだ。
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「はいみんな押さないで、一人ずつだ、順番に並んで」
教師がそう言って生徒をクローゼットの前に案内する。まだドゥウムが一年生だったヴァルキスでも、やはりボガートを使った授業は行われていた。
「まね妖怪のボガートというのは通常、クローゼットや戸棚、タンスなどに生息している。そして対峙した者の最も怖いものに変身する習性がある。
しかしだからと言ってそれを恐れてはいけない。勇気を持って冷静に、そう『馬鹿馬鹿しい!』(リディクラス)と笑い飛ばしてやれば撃退は簡単だ。
さぁ、やってみよう!」
そう語る教師の言葉を皮切りに授業が始まった。だが思い出してほしい、ここはヴァルキスだ。自分の恥は晒したくないが、他人の弱みは知りたい奴らばかりである。つまり誰が行くかの押し付け合いになっていた。
もっとも、そんなこととっくに想定内の教師が強制的に一人選んで前に引っ張り出す方針を取ったため、幸か不幸か授業はつつがなく行われた。
怖いもの、人により蜘蛛だったり蛇だったり、先生や親の場合もあった。恐ろしいものを楽しく笑えるものに変える。そんな授業のため、教室は今までにない大爆笑の渦だ。
「では次で最後だな。ドゥウムくん」
「はい」
一連の流れを黙って眺めていたドゥウムが前に出る。それに、一斉にクラスメイト全員の視線が集められた。一年生ながら、この頃のドゥウムは既にヴァルキスの統一を終えている。まだ叩きのめされた記憶が色濃く残る同級生達が気にならないはずがない。
疑問は全員同じ。『この男が恐れるものとは何だ?』そんなさしてありがたくもない期待を一身に浴びながら、ドゥウムはボガートと対峙した。まね妖怪が、ドゥウムを認識する。
その瞬間、世界が闇に覆われた。
生徒から悲鳴が上がる。視界が全て塗り潰されたような、足を一歩踏み出すことさえ躊躇うような、深い深い暗闇だ。大混乱に陥る周囲とは逆に、ドゥウムだけは冷静だった。闇は彼の恐怖足り得ない。彼は冷静に、形すら朧げな『それ』に意識を割いていた。
“──ドゥウム”
耳鳴りがする。深層心理にこびりついた記憶が再生される。
“産まれた時から欠陥品か、まぁ魔力量は悪くないが”
ベタリとまとわりつくような、低い、男の声。
“案外物覚えがいいな。喜べ、お前は私の目に適ったぞ”
耳鳴りがますます酷くなる。それなのに男の声ははっきりと鼓膜を揺らす。
“光栄に思うがいい、いずれ神へと至る私の一部になるのだから”
ひやりとした死人のような手がドゥウムの心臓の上をなぞる。
“数は揃った、もう少しだ。最後のパーツが不良品なのは不安要素だが·····”
そこでようやく、先程から聞こえていた耳鳴りが赤ん坊の泣き声だったことに気が付いた。ドゥウムはこの声を知っている。この後に、何が起こるかも。
「これ以上は不快だな。──リディクラス」
馬鹿馬鹿しい、とドゥウムが杖を振る。途端、暗闇は一気に晴れ、元の光景が戻ってきた。一拍置いて、彼の元に一つのシュークリームが落ちる。それを迷いなくクローゼットに放り込んで、厳重に施錠の魔法をかけたところで、教師がやっと我に返った。
「ドゥ、ドゥウムくん·····今のは·····」
「何も見えませんでしたね」
「それは、いやしかし·····」
確かに自分の手のひらすら見えないような暗黒だった。だがそれはきっと彼の目に由来するものだ。そして教師は一番近くにいたため、あの声が聞こえてしまっていた。それなら、彼の怖いものとは。
「見えなかったのなら、何もなかったんです」
「··········そうだな、世を覆う闇は誰にとっても恐ろしい。その中で実に冷静かつ完璧な対応だった!素晴らしい!」
結局、教師は言葉を飲み込むことにした。パチパチと消化不良感のあるまばらな拍手が響く中、クローゼットが不機嫌そうに身動ぎした。
***************
「試したんだが、結局何も出てこなかったよ」
「ほらやっぱり!」
「え〜!怖いものがないなんてそんなことある!?」
「まぁ兄者だからな」
先のデリザスタの発言を肯定したドゥウム。反応はそれぞれだが、概ねみんな納得したようだ。そうだよな、だってドゥウムは強いから、と。
“忘れるな”
幻聴がする。これはボガートではない、常に脳裏をよぎる戒めだ。忘れるな、自分達はまともではないのだと、この幸福は仮初のものなのだと。
忘れるものか。と内心鼻で笑ってやった。お前が怖いんじゃない、この光景が失われることが怖いのだ。覚えているのが自分だけならば、対策を取れるのもまた自分だけだ。
いずれ来るだろう恐怖を、世界を覆う強大な闇を。馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしてやるために、今はまだ牙を研いでいる。