バーボンハウス
トリニティの学園祭。
それはトリニティ自治区全体を使って大々的に開かれるお祭り。
その賑わいはキヴォトス全土の学校から観光客がやってくることからもよく分かるだろう。
そんな中でも少し静かな、校舎のはずれにある教室でのこと。
「どうして……どうしてお客さんが来ないんでしょうか……!うちの分派の部下ですら見に来ないなんて……!!マスター、おかわりをお願いします……!」
「……いい加減立ち直るべきだと思うがね、ナギサ。ロールケーキだけの展覧会というのは……まあ、人類にはまだ早かったというべきだろうね。そもそも学園祭全体の主催たるティーパーティのホストがこんなところで愚痴を垂れていていいのかい?……はい、ノンアルコールの紅茶リキュール」
「ありがとうございます、セイアさん……」
ナギサは一気にグラスの紅茶を飲み干し、カウンターに伏した。
セイアは何も言わずにそれを見ていた。
「……あっナギサ様!探しましたよ!運営本部でトラブルがあったので来ていただかないと!」
「ああ、貴女ですか……はい、今行きます……」
そのままナギサは力ない様子でティーパーティ幹部に連れられて行った。
「……悲しいものがありますね、マスター。実装同期のよしみで応援してあげたい気持ちですが……」
バーのような内装の教室に溶け込んだ、青いバニー服の少女が言った。
彼女はトキ。本来ミレニアムの生徒だが、今回は何故かこの店の店員側として働いている。
「実装の話をしないでくれ。当てつけかい?」
「事実を述べたまでです。明日(7/21)の生放送が楽しみですね」
はぁ、とセイアはため息をつく。
それと同時に、来客を知らせるベルがチリンと音を立てた。
「あ、やはりここにいましたね」
来客の顔を見るなり、セイアは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……君か。まだ営業時間中だし、ここは神聖なる学び舎だ。冷やかしなら帰ってくれ、ツムギ」
「トリニティのアイリさんと少々ご縁がありましてね、彼女たちのライブを見に来た帰りだったんですが……せっかくトリニティまで来たのでご挨拶に来たんですよ」
深緑の髪をなびかせながら、ツムギは席に座った。
「……ご注文は?」
「ふふ、マスター本人で」
「……その件なら明日まで待ってくれたまえ。今度こそ私の大勝利で終わるはずだからね」
「実装されてない方々は大変ですね」
「「そういうのどうかと思う!!」」
トキのぼやきに、セイアとツムギのツッコミがハモる。
「大体、君の主人であるミレニアムの生徒会長だってまだ……」
「ミレニアム生徒初の3着目、待ってます。ぴーすぴーす」
「話を聞いてくれ!?」
店主と従業員がコントのようなやり取りをしていると、再びドアのベルが鳴った。
「すみません、ここってセイア様の模擬店で合ってますか?」
「ああ、確か救護騎士団の……」
「はい、鷲見セリナです!最近私もバーボン業界に出店したので、一度ご挨拶にと!……さっき見たら落ちちゃってましたけど」
出し物で使った服装なのか、魔女のような三角帽とマントを身に着けたセリナが顔を出した。
「存在は認知していましたが……落ちてしまいましたか。お疲れ様です」
「世はまさに大バーボンスレ時代……とても喜ばしいことだが、スレが落ちてしまうのを見るのは悲しいものがあるね」
ツムギとセイアはねぎらいの言葉をかける。
「お二人とトキさんは今何をしていらしたんですか?」
「特になにもしてないさ。近況報告というか、せいぜい明日が楽しみだという話くらいだよ」
「ええ、セイアさんの負債がどう転がるか楽しみですから」
揶揄うように笑うツムギ。
セイアも悪い気はしていないようだ。
「……おや?」
不意に、セイアの長い耳がピクリと動く。
得意の直感で何かを察知したらしい。
セイアは柔らかい笑みを浮かべ、ドアを開いた新しい客を出迎える。
「いらっしゃい。バーボンセイアだよ。このドリンクはサービスだから、まずはこれを飲んで落ち着いて欲しい──」