バーテンダーとハリケーン
この街からニコ・ロビンの目撃情報が送られてきたのは五日前。具体的な証拠はなかったが、複数の証言が得られたことから念のため調査に向かった。街の酒場でバーテンダーとしての仕事を得、ひとまず一ヶ月ほど潜伏して様子を見ることにした。街の名はレインベース、アラバスタ王国にある騒がしいギャンブルの街だ。
こんな人の多いところに出入りするとは思えないが、それだけ行き交う情報は多い。グラスを磨きながら店の喧騒に耳を澄ませていると急に辺りがざわめいた。何者かが入店してきたらしい。
「クロコダイルだ」という声が聞こえる。なるほど、七武海のサー・クロコダイルが現れたのか。この男が経営するカジノもこの街にはあるらしい。海賊の経営するカジノと聞いただけで反吐が出そうだ。
構わずグラスを磨いていると、どうやらクロコダイルはおれのいるカウンターの方に向かってくるようだ。まさか着いて早々に正体がバレたとは思わないが、もし頻繁にここへ来ているのなら見慣れない顔だと気づかれるかもしれない。目立たないようにしてやり過ごすか……顔を上げるともう目と鼻の先にクロコダイルが来ていた。
重厚なコートに覆われた身体が視界を塞ぐ。左手には大きな鉤爪が物騒に光っている。……長い手足。口元には葉巻。悩ましげに眉を顰め、爬虫類のような冷たい瞳でこちらを見ている。手入れの行き届いた艶のある黒髪が首筋にまとわりついている。
「何をジロジロ見てやがる……そんなにおれが珍しいか?」
口角が上がり、顔を横切る傷がわずかに歪む。そう言いながらクロコダイルはおれの正面に座った。客としてやって来たのなら注文を取ればいい。しかし、なぜかその一言が出てこない。
「肩にいる鳩はお前が飼ってるのか?」
おれからハットリに視線が移る。何か話さなくては怪しまれる。頭では分かっているが、なぜか声は出てこない。どうなってる? この男が何かしたのか?
「ポッポー」
「鳩にしちゃおとなしくしてるな、名前はあるのか?」
おれの代わりにハットリが返事をした。クロコダイルは面白がるようにハットリを見ている。それなら……ハットリのフリをして話すことはできないだろうか。
『……ポッポー、おれはロ……ハトのハットリ。こっちはバーテンダーのロブ・ルッチだ』
さすがに驚いたらしく、クロコダイルは目を丸くした。そんな無防備な表情もするのかと意外に感じたものの、すぐにまた目を細め、品定めでもするかのようにおれを見る。
「なかなか面白い新入りだな。また今度、ゆっくり寄らせてもらおう」
結局、何も注文しないままチップだけ置いてクロコダイルは店を出ていった。今日は見回りでもしているのか。それならそれで酒の好みくらい教えてくれても良さそうなものだ……。
クロコダイルに近づく予定ではなかったが、上手くいけば有力な情報を掴めるかもしれない。まず好きな酒は何か調べるか。腹話術の練習もしておいたほうがいいだろうな。もしかしたら明日早速やってくる可能性もある。いや、今日の夜にでも出直してくるかもしれない。こうしてはいられない……!
「……おれだ。レインベースに来てもらうつもりでいたが……状況が変わった。しばらくそこを動くな」
「どういうこと……」
「説明は後だ。まだ向こうの意図が読めねェところがある……また連絡する」