バレンタインss

バレンタインss


「お待たせしました! ソクノのみのジャムパイとロゼルティーです!」


アカデミーの休日、アオイはペパーとピケタウンの一角にある喫茶店に来ていた。きのみジャムのパイが名物のかわいらしい喫茶店で、町のゴツゴツとした雰囲気と中々そぐわない気がするが、町の人たちには好評らしく客足は多い。

注文したパイは、ツヤツヤとしたジャムが零れ落ちんとばかりに詰め込まれていて『自分は焼き立てです!』と言わんばかりにほかほかと湯気が出ている。


「ピケタウンってこんな喫茶店あったんだな! ……ちょっとかわいすぎる気もするけど」

「んっふふ〜 実はここ、サワロ先生に教えてもらったんだ!」

「へぇ、サワロせんせとも仲良いんだな」

「色々あってね。おすすめの甘味処の情報交換とかしてるの」

「交流関係広すぎちゃんか〜? ……おっと、冷める前に早く食おうぜ」


ペパーに進められパイを一口。熱々で火傷してしまいそうだが、きゅんと甘酸っぱいソクノのみのジャムをバターたっぷりのサクサクの生地で包んだパイは大変美味しくて、香り高いロゼルティーとよく合っている。


「……なぁ、最近家庭科室よく行ってんのってサワロせんせに会うため?」

「えっ? あ、あー……えっと……そうなる、かな?」

「…………そーかよ」


パイと紅茶に舌鼓を打っているとペパーが不意に質問を投げかけてくる。

ペパーの言う通り、アオイは最近とある事情で家庭科室に通っているのだ。友人……特にペパーにバレないようにこっそりと行っていたのだが、まさか見られていたとは。

サワロ先生に会うためというのは間違っていないけれど……会うことだけが目的というわけではない。歯切れの悪い返答にペパーは少し不満げだが、アオイがなぜ家庭科室に通っているのかはまだ秘密にしておきたいのだ。



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「サワロ先生! 今日もよろしくお願いします!」

「うむ、早速始めようか」


ここはオレンジアカデミーの家庭科室。アオイが家庭科室に通っている理由とは、サワロにお菓子作りを教わるためだった。

『バレンタインに渡すためにお菓子の作り方を教えてほしい』というアオイの頼みを快く了承してくれたサワロが提案したのは、比較的簡単に作れて、アレンジが豊富なカップケーキ。

とろけるような甘さのマゴのみを混ぜたもの、辛いが加熱することでぐっと甘味が出るオッカのみを混ぜたもの、はたまた苦みの強いハバンのみを混ぜたものなど様々な組み合わせを試した結果、バナナスライスとナナのみを混ぜるのがココア生地との相性が抜群でクセのない、ベストな組み合わせだった。もちろん他の組み合わせも美味しかったが”シンプルなのが一番強い”とはまさにこのことだろう。

手持ちのポケモンたちにも試食してもらったが中々好評で、食いしん坊のコライドンはおかわりを要求してきたくらいだ。もっとも、彼は他のカップケーキも美味しそうに平らげていたのだけれど。



「この間教えてもらったピケタウンの喫茶店、ペパーと行ってみました。おすすめのソクノジャムのパイ、すっごく美味しかったです!」

「おお、お口に合ったようでなによりだ。ワガハイもミモザ先生に教えてもらったのだが、すっかり常連になってしまってな」


洗い物を終え、サワロとの会話に花を咲かせていると、ピーッと音がする。ケーキが焼き上がったようだ。焼ける前から部屋には甘い匂いが漂っていたが、オーブンを開けてみるとかぐわしい香りが更に広がる。竹串をスッと刺しても生地はつかない。しっかり中まで火が通っているようだ。


「よし、ちゃんと焼けてる」

「うむうむ、美味しそうに焼き上がっているな。しっかり熱が取れたらラッピングをしていこう」


冷めたカップケーキを一つずつに小分けにして包み、丁寧にボックスの中に入れていく。サワロに教えてもらいながらボックスに結んだリボンは、かわいらしいハート型になっている。


「完成! 先生、ありがとうございました!」

「なに、お役に立てたようで何よりだ。きっときみの想い人も喜んでくれるだろう」

「はい!」


アオイは手元のボックスを見る。うん、すこし不格好だが中々かわいくできている。元気よく返事はしたものの、喜んでもらえるのか、そもそも受け取ってもらえるのだろうかと今から緊張でドキドキしていると、ガラリと家庭科室の扉が開いた。


「お、アオイ!」

「わあっ、ペパー! どうしたの?」

「や、サワロせんせに聞きたいことあってさ。オマエこそ……あ、」


ペパーはアオイの手にあるボックスを見て、なにかを察したように言う。


「……邪魔して悪かったな。オレはまた後で聞きに……」

「ま、待ってペパー! これ、あげる!」


なんだか勘違いしていそうなペパーを慌てて呼び止めて、アオイは手に持っているそれをペパーの眼前に差し出す。


「……オレに?」

「その……もうすぐバレンタインでしょ? ペパーにあげたくて……こっそりサワロ先生と特訓してたの」

「オレに……そっか、そっかぁ……ありがとな。……へへっ、すげー嬉しい」


アオイのプレゼントを受け取ったペパーは喜びを噛み締めたあと、とろけたような笑みを浮かべる。


「お返し、期待しててくれよな」


顔を真っ赤にした二人のやり取り。そんな青少年たちの青春の一ページをサワロは微笑ましそうに見ていたのだった。


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