バレンタイン・オマケ

バレンタイン・オマケ


斉藤宅。


「おつかれー」

「姉さん。」


リビングに戻ると、してやったり顔で笑っているルビーとその両隣を陣取っているかな先輩とMEMちょがいた。お母さんとアクアマリンはどうやら席を外しているらしい。

お母さんが居ないのは非常に都合がいい。有馬とMEMちょに会釈だけして2人の斜め後ろ、つまりルビーの真後ろに立つ。


「狙ったね?」

「狙ったよ」


ルビーの声には悪意は無い。心底楽しそうなルビーの笑顔を見ていると怒る気分も失せる。

別にルビーが悪いことをしたかと言うとそうではなく、むしろ勝手に学校をサボった僕の方が悪いのは確かだが事前に伝えてくれても良かったものを。


「驚いたでしょ?」

「驚いたのなんの。お母さんは?」

「トイレじゃない?すぐ戻ってくるよ」


どうやらルビーはかな先輩とMEMちょとB小町の動画のことについて話し合っているようだ。画面を覗きみようとしたがMEMちょが手のひらで視界を遮らせてきて見せてくれない。

三人で並んでいる姿を見るとルビーが強い怒りを持ち続けていることが嘘のように見える。


「何の話?」

「華の女子高生にわざわざ冬の夜道を歩かせた悪〜い男の子がいるんだよ」


面白い話題の匂いを嗅ぎつけたMEMちょが聞くとルビーが更に調子に乗ってこちらに目配せをしながら回りくどい言い方をする。


「硝ちゃん...」

「あんたねぇ...」

「2人とも察し良過ぎない?」


ルビーはかなりの回りくどい言い方をしたはずだがかな先輩とMEMちょは即状況を把握したようでこちらに白い目を向けてきた。

一を聞いて十を知るどころか一を聞いて百を知るレベルの先見の明。これでは予知能力と大した違いは無いだろう。流石人の心の揺れ動きを歌う歌が多いB小町のアイドル。

──いや、むしろ僕が分からないのがおかしいのか?


「ほんっとあの朴念仁に似てきたわね...」


僕の発言が余程ズレていたのか、かな先輩が握り拳を机に押し付けながら呪詛のような言葉を漏らす。


「兄さんには似てないですよ?」

「朴念仁がアクたんってことは予想がつくんだ」


MEMちょが「硝ちゃんそういうこと興味無いと思った」と小声で言うが流石に彼なりの気遣いなのだろうが、アクアマリンのかな先輩の対応が雑なのは言うに及ばず、と言うやつだ。


「あんた周り見れるくせにそういうことになると理解力ゼロなんだから。気をつけなさい」


そう言うとかな先輩は何処から出してきたのか大きなお菓子のケースを出してきた。様々なチョコが入った大きなボックスだ。友チョコの次はお姉ちゃんチョコ、ということだろう。どうやら人生に一度と言っても過言では無いモテ期らしい。数が、多い。


「これ、私とMEMちょから。受け取っときなさい」

「あ、ホワイトデーは気持ちだけでいいよ〜」


右手にフリルからの手作りチョコ、左手にみなみさんからのチョコをもって両腕で2人からのお菓子ケースを受け取る。


「お、おおおっ...!」


バランスが崩れそうになるのを片足を持ち上げて支える。

その上にルビーがチョコを重ねる。そういえばルビーから受けとったのはみなみさんからのチョコなのでこうしてかな先輩とMEMちょの上に置かれたのが僕へのバレンタインチョコということになる。

ルビーからのチョコはケーキ屋で売ってそうなスイーツだ。ルビーからのチョコはスイーツ系が多いが、毎年違うもので、尚且つ見た目もいい。センスの良さは頭一つ抜けている。


しかし、それは決してチョコ菓子詰め合わせの上に乗っけるものでは無い。


「硝太モッテモテー!可愛い弟がモテモテでお姉ちゃん嬉しいよ!」

「姉さんめちゃくちゃ楽しそうじゃん」


先程から、というかみなみさんのチョコを渡してからルビーが心底楽しそうだ。まさか僕の懸念点を分かってそう見えないように演技しているのか。──否。本気で弟の僕がバレンタインというイベントに右往左往しているのが面白いのだろう。

落とさないように近くの机にみんなから貰ったチョコを置く。こうしてみると渡すチョコにもかなり個性が出るらしい。


そこにトイレから出てきたのか玄関の方からお母さんが姿を現す。お母さんからトイレの芳香剤の匂いが少し残っているのでトイレにいたのは間違いなさそうだ。


「あら、楽しそうね」

「お母さん」


お母さんは机の上に並べられたチョコを一つ一つ見るとフリルのチョコをじっと眺める。口元が少し緩んだ。誰よりも優れた観察眼を持つお母さんの事だ。手作りだということを即座見抜いたのだろう。もしかしたら作っている人が誰か、というところまで見抜いたのかもしれない。


「硝太。貴方...いえ、やめておくわ」

「え?なになに?」


体に染み付いた動きでお母さんの腰の辺りに抱きついてそのまま腕と身体をあげてあすなろ抱き、と言われる体勢になる。お母さんの首に顎を置くいてそこからもらったチョコを改めて眺めてみるがお母さんが何を思ったのかまでは分からない。


ただお母さんからは少し複雑な感情が入り交じっているのは見えた。これまでの人生が実質引きこもりだった僕が家族以外からチョコを貰うということはどういうことか、考えてしまったのだろう。


「マザコンめ」


かな先輩が小声で毒づくがお母さんも僕も慣れっこなので大した問題では無い。そんなことより大元の目的が僕にはある。

確かにバレンタインで友だちにチョコを配る文明は知らなかった。義理チョコ、というのはノブに聞いていたがそれとも違う何処かやさしい響きだ。

だが、それはそれ。これはこれ。|お母さんからの《本命》バレンタインを受け取っていない。義理は義理、友達は友達。それは決して動かないものなのだから本命は死ぬまで本命なのだ。


「ねーねーお母さんは?」

「はいはい。用意してくるね」

「はーい」


バックハグを解くとお母さんは冷蔵庫に行き、例のブツを取り出す。

その箱を見て一番最初に反応したのはMEMちょだった。


「お、最近SNSで有名なところじゃないですか」

「そうなの?硝太もアクアもこういうの好きそうだから買ってきたんだけど」


流石バスらせのプロを自称するだけのことはある。箱から見て取れるのは店のロゴと中にあるものの大体の形とサイズぐらいでしかないのに、考える間もなく即座に答えを導き出した。


「アクアには先に渡しておいたから。はい、硝太の分。悪くなる前に食べちゃってね」

「ありがとう!お母さん大好き!」


お母さんからチョコを受け取って即抱き締める。抱きついたおかげで胸に当たったのはわざとではなく運が良かったということにしておくことにした。


◇◇◇

鮫島宅。


今日はバレンタインということでアシスタントも早々に帰ったおかげでこの家には今現在アビ子一人しかいない。

こんな時でもいつもなら漫画とずっと向き合っていたアビ子も今日だけは違う。パソコンに向き合い、調べ物を始める。


こうなったのは硝太が数日前から家政夫の仕事をしながら何かを調べているのを気になって聞いたことから始まる。基本的に仕事に熱心で気を抜くことの無い硝太が珍しく、スマホ片手に何かを調べながら仕事をしていたのだ。まだ調理中ならレシピを見てるなど言えるだろうが、掃除などをしてる時もずっとスマホを使っていたので気になって聞いてみたのだ。

すると彼は申し訳なさそうな顔をしながら言った。「姉の調子がおかしい」と。それだけなら風邪でも引いたのかと判断して「そうですか。お大事に」で済んだことだが硝太の熱心な姿を見てるとそう簡単な話であるわけが無い。そう思い追求してると硝太はことの詳細を話し始めた。



「宮崎の旅行から、硝太くんのお姉さんが何かに囚われているように見える...杞憂ならいいんですけど」


硝太は周りをよく見ているし、細かいことにも気付ける子だ。そんな彼が姉の心配をするとなるとどうしても悪い予感が頭をよぎる。

硝太曰く、あの旅行から星野アクアの様子も変わったらしいのであの旅行で何があったのは確定らしい。そして硝太は言葉を選びながらゆっくりと語る。


──人の死体を見た。


硝太達が見たのは白骨化された白衣の男性の遺体。私が見たら腰を抜かすだろうが彼はまるでその死体のことをまるで他人事のように言い捨てた。──否。彼はその人をまるで家族の仇のように言い捨てた。

その姿が強気のはずなのにとても辛そうで、思わず言ってしまった。


「じゃあ、その人の事調べてみませんか?」


何を言っているのか分からないのか彼の顔から表情が消える。今振り返っても何を言っているんだろうと思う。実際に見た硝太ですら知ってるのは名前と職業が医師であるということとぐらい。だが感受性が高く、真っ直ぐな硝太が素性を知らない人を憎むとは思えなかった。


彼は何かを隠してる。意識して隠しているのか、気付かないフリをしているのかは分からないが、これだけは間違いない。その後なんとか硝太に時間を作ってもらって雨宮吾郎という男性のことを調べ始めた。

と言ってもそもそもが宮崎に住んでいる医師と東京で手に入る情報はゼロに近い人だったはずなのに。硝太はその男性は昔のB小町のファンで中でも亡くなったアイドル、アイの熱狂的なファンという情報を急に出してきてアイの東京で行ったライブ会場のデータ等の情報を重ね始めた。その後過去の新聞──それも彼が産まれた歳のものを調べ始めた。


その様子を見て確信した。斉藤硝太は何かを隠している。否。気付いていながら見過ごしている、或いは気付かないフリをしている大切な事実がある。そうでもなければ死体を見ただけの医師について知っている情報が多すぎる。そしておおくのじょうほうをもっているくせにかこちらに話せる情報が少なすぎる。

勇敢に見えて実はかなり怖がりな彼の事だ。それは知ったら自分がどうなるのかが分からない事実で気付くことで自分が変わるのが怖いのだろう。


「──硝太くん」


パソコンから目を離してポツリと彼の名前を呼ぶ。もちろん、この部屋にいるのは一人なので彼が答えることは無い。

彼は何から逃げているのだろうか。そしてその事実は本当に《《知らない方がいい事実なのだろうか》》。もしそれを彼より先に知ることが出来たら...そこまで考えてふと思い出した。


「そういえば、宮崎の旅行には黒川さんもついて行ったと言ってましたね」


黒川あかね。難しい鞘姫役をこなした姿には思わず目を奪われた。女優さんのことは詳しく知らないが恐らく彼女も冷静に物事を見れるタイプだと思われる。もしかしたら、硝太以上に真実に近づいているのかもしれない。


スマホの通話履歴から彼女の連絡先を知っていそうな人に電話をかけ始めた。

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