バレンタインの話

バレンタインの話

落書きも描いてる奴

あなた……『覚悟して来てる人』……ですよね。解釈違いという危険を常に『覚悟して来ている人』ってわけですよね……?

※現パロ、高校生(学校は別々です)

※ヘタレユーゴー

※視点がコロコロ変わる



ここ一ヶ月の間でハッシュヴァルトの目にする日常はすっかりバレンタイン一色となっていた。クラスメイトの間でも男子達がやれ誰にやるだの、やれどの店が美味しい等と言った話題が意識せずともハッシュヴァルトの耳に自然と入ってくる。祖国でバレンタインなる文化が根付き始めたのはつい最近で、男性から渡すシチュエーションが特に多い。そうなればクラスはおろか近隣の学校の中でも抜きん出て顔面偏差値が高く文武両道かつ生徒会長まで務めるという完璧超人たるハッシュヴァルトから好意の証を貰えないかと淡い期待を抱く女子生徒は多かった。当日の今日まで彼の周りには女子達が取り囲んでいたがそれらを歯牙にもかけずハッシュヴァルトは帰路に着き、とある人物に連絡を入れていた。学校では逆に女子から渡されたりもしたが恋人がいるから受け取れないと丁寧に断りを入れ続けたので精神的に疲れていたのもある。その日女っ気0の生徒会長に恋人がいると女子生徒に激震が走り誰があの鉄面皮のハートを射止めたのかと軽い騒動が起きていたのは言うまでもないが、渦中の人物であるハッシュヴァルトはそんな騒動等知る由も無かった。そんな我関せずを貫く彼であったが、実は友人のナックルヴァールに恥を忍んでオススメの洋菓子店を訊いてみたりと可愛い一面もあった。致命的に女心の分からない生徒会長様にプレゼントをあげる彼女でも?と茶化されたが…そうだと、力を貸してほしいと告げれば一瞬面食らった顔をしたもののすぐに喜色を滲ませオシャレで女子に人気の高い店を教えてくれたのが数日前の話。

その情報を基に洋菓子店を回り幾つか食べ比べした後に一際美味しかった店のチョコをバレンタインデー当日である今日この帰り道に購入し、どう渡そうかと若干フラフラしながらあらゆるパターンをシミュレーションしていたら終わる前に自宅のアパートに着いていた。どのパターンにするか決めあぐねたまま、あれやこれやとテーブルセッティングをしていたらそのうちに呼び出していた恋人のバザードが訪れる。出迎えた先で軽い挨拶を交わしながらパターンの一つにあった「君の事を思いながら選んだんだ」とは言えず、咄嗟に「うちの学校では友人同士で贈るのが今年は流行りだからたまには流行りに乗ってみた」等とよくもまぁ安牌な嘘をつきながらごく自然な体でチョコを渡したのだが…どうせなら一緒に食べようぜという話となった。何故。

脳内シミュレーションを無視して嘘をついてまで渡した筈のチョコはキッチン横の小型のダイニングテーブルを挟んで向かい合うハッシュヴァルトとバザードの間に置かれてある。これではただのお茶請けでは?用意していた紅茶と共にバレンタインデーなんか関係無くなってしまいましたと言わんばかりにあるそれを虚しく見ていると、不意に視界に綺麗に手入れされた指先が映る。少し迷う様な仕草を見せたがやがてハートの形をしたホワイトチョコを摘まむと、ずいとハッシュヴァルトの口元に差し出した。どうやらあまりにもチョコを見すぎていて腹を空かせているとバザードには勘違いされたらしい。「ほら」と短く、食べろと言われている。遠慮無しに手を掴み指ごと口に含めばぴくりと指先が跳ねたのが直に伝わってくる。指についていたパウダーも残さず舐め取るように指先に吸い付き、リップ音を立てて解放してやれば眼前の相手は僅かに朱色の滲んだ顔をあからさまに反らした。小声で「恥ずかしい奴…」と言われ、恋人なのだからこれ位…と反論しかけた所で近くにあったティッシュで指を拭う様を見せられ内心落ち込んで黙り込んだのは内緒である。バザードはアーモンドが載ったチョコを摘まみ今度は自らの口に含むと自然と明るい表情を見せる。


「ん、結構イケるな」

「それは良かった」


私自身でなく君の為に吟味に吟味を重ねたのだからそうであってもらわなくてはな…とは想定していた脳内シミュレーションを土壇場で実行出来ないハッシュヴァルトが言える訳もなく。ただ店を教えてくれたナックルヴァールに心中で礼を述べた。今ならチョコのおかげで彼の機嫌は上々だろうから、少しは突拍子もない事を言っても大丈夫な気がする。このどうしようもないハッシュヴァルトが言えるかは分からないが。

「もう一つ貰うぜ」とチョコが綺麗に一つ一つ区切られ並べられた箱へ長い指が伸びる。…伸びたはいいが種類がたくさんあるのでどれを選ぼうかと迷ってしまったようだ。おそらく先程は形で目についたものを選んだのだろう、色も形もバラバラのチョコが並ぶ箱の上で指は宙をさ迷ってしまう。ミルクやビターと言った定番のみならずヌガーにショコラ、絵柄がプリントされたものや先程ハッシュヴァルトが食べさせられた果物のジュレをチョコで包んであるものも箱には収まってある。これだけあればさすがにどれを食べようか迷ってしまうらしい。だが貰うと言った手前選ばなければならないと思っているのか先程までの穏やかな表情を今は普段の時のような目を少し細めた小難しそうな顔になってしまった。…そんなに迷う事ではないと思うがそういう何にでも真剣な姿勢は素晴らしいところだと言っても過言ではないと思う。


「私のオススメはビターだ、紅茶にも合うと思う」


言葉だけだとまだ悩み続けそうなので箱に付属していたリーフレットを見て、ビターチョコを求めさ迷うバザードにこれだと差し示す。


「ありがとな」


好きという贔屓目を抜いても、感謝を忘れずに小さな事でもないがしろにしない好ましい人間だ。だから周りがまだまだやんちゃ盛りな彼に目をかけているのもよく分かる。チョコを取り出したバザードはそのままチョコを持った指を口元へ運び、パクリと音を残してチョコは消えた。彼の幸せそうにチョコを堪能する姿を見ているだけで渡して良かったと心底思う。それが自分の選んだもので、というのがハッシュヴァルトの疲れていた心もゆっくり癒していく。可愛い。ずっとこうして見ていたい。バレンタイン万歳。しかし細やかな願いはふにゃりとした笑顔を一転させたバザード本人により打ち切られた。急に鞄を漁り出したのを見てどうしたのだろうと見守るハッシュヴァルトの視線に気付いたのかバツの悪そうな顔で綺麗に包装された箱が差し出される。包装紙には某有名なコーヒーチェーン店のロゴが印刷されており、許可をもらい開封した中には箱に並べられたスティックタイプと既に挽かれたコーヒー豆の袋が詰め合わせられていた。


「これは…」

「今年も捨てる程甘いもん貰っただろうしそれ位がちょうどいいだろ」

「いや、今日に限れば贈り物はこれが初めてだ」

「は?」


およそバザードには突拍子のない答えだったのか返事に何度か瞬かれてもそれは事実なのだからどうしようもない。去年までは処理を手伝ってほしいとハッシュヴァルトはバレンタインデーにバザードを呼び出していたのだが今年は断り続けた甲斐もありラッピングされたお菓子の山は何処にも無い。あるのは互いにプレゼントしあったチョコとコーヒーだけだ。ならどうして今日呼び出した?と言いたげなバザードの顔があまりにもおかしくて笑みが堪えきれず吹き出してしまえば胡乱な目付きで睨ねつけられてもう駄目だった。自覚が無いというのはこうも面倒らしい。


「恋人がいるのに受け取るというのは、相手に対して不誠実だろう?」

「は…?」

「友人だと思っていてくれるのは素直に嬉しい

だがバズは私に愛されているという自覚と、私を恋人として好きだと思う気持ちを早く持った方がいい」

「!」


暗に君は私の恋人だという自覚が無いのでは?と告げられた。ガタンと派手な音を立てバザードが椅子から立ち上がる。突然のことにパチパチと瞬きを繰り返すハッシュヴァルトへのプレゼントとして選んだコーヒーのスティックを箱から二つ奪い取り少し借りるぞと残しシンクに向かう。まだハイスクールの学生でありながら親元を離れた幼馴染みの家には友人の時から通いつめ過ぎて、勝手をよく知り過ぎているので何処に何があるというのは理解している。シンプルなガラスのカップを二つ棚から取り出し袋を破ったスティックの中身を入れ、冷蔵庫からミルクのパックを取り出すとカップへ並々注ぎ元の場所に戻した。マドラーでカラカラと適当にかき混ぜたそれを両手に席に戻る。少しは苛立ちが落ち着いた気がする。

ほらよ。ぶっきらぼうに渡したそれを礼を言ってハッシュヴァルトは受け取り、カップに入っているマドラーでくるくるとかき混ぜれば。いっぱいにミルクが注がれ、沈殿している混ざりきれていないインスタントの粉がガラスの外側からマドラーにつられてぐるぐると回っているのが見える。一口飲めばしつこくないスッキリとした甘さのカフェオレが喉を潤す。


「なぁ、ユーゴー」


恋人の愛称を呼べば意識が此方に移ったのかその手にあるマドラーを止めて、「どうしたんだ?」と優しい笑みを浮かべたままバザードに問いかける。恋人という自覚がなければバレンタインにプレゼントなんてしない。そう言おうと思ったがその笑みに不覚ながら、しかし本日幾度も体験した胸の高鳴りをバザードは感じて何も言えず口は閉じてしまう(些細な苛々なんてすぐに吹き飛んだ)。ハッシュヴァルトとはもう十年以上の付き合いで、あらゆる表情を近くで見られる距離で過ごしてきたというのに。彼と付き合い始めてから向けられる様になったこの柔らかな笑みについ翻弄されてしまう。

それこそ幼い頃は泣き顔も、少し成長してからは下らない事で喧嘩した際の怒り顔も、幾度も互いの家に寝泊まりしたから寝顔だって見てきた。しかしハイスクールから別れてしまい学年が上がった辺りで寂しさを自覚した頃に眼前の男から告白を受けて、自分だって彼を好きだったので特に断る理由もなく受け入れた時に見た表情はきっと生涯忘れる事は無いだろう。その時初めて彼を恋愛感情として好きだと思った。こんなに心地よい感情を持つのは後にも先にも、ハッシュヴァルトに対してだけだ。…そんな初々しい感覚からとうに数ヶ月は経っていて、そろそろ胸をときめかせるこの柔和な笑顔にも慣れていいものだと思うものだが…。これを愛されていると自覚し、その相手を恋愛の意味で好きな人間の反応と言わず何と言う?

たっぷりの夕陽を受けてビロードの様に輝いている碧い瞳。此方を見つめたままの目をついと見つめ返す。不満ではなく素直な気持ちを告げた。


「俺はちゃんと…恋人、としてお前のこと好きだぜ

今だって、ほら」

「!!」


不意に手を掴まれたかと思うと左胸に置かれる。常より速く脈うつのは友人でなく恋人として傍に居てドキドキしているから。つまりはそういう事だ。その控えめな甘い告白に今度はハッシュヴァルトが驚き思わず立ち上がる番だった。短い時間でこんなに感情を揺さぶられているのはあの一世一代の告白を決行した日以来かもしれない。一人顔面が騒がしいハッシュヴァルトに恋人はと言えば、


「……余裕ぶっこいといて、顔真っ赤じゃねぇか」


言った本人も感情のオーバーフローでも起こしているのか赤くなった顔を反らし横目で見ていたがやがて俯いてしまった。慣れない事をしたせいで限界なのだろう、あまりの愛しさに胸がキュンキュンして忙しない。おそらく表情にも現れている。口角が上がっているのが自分でも分かる。数歩であっという間に距離を詰めその小刻みに震える身体を抱きしめれば何事かと上げられた視線とかち合う。数秒見つめ合った後ハッシュヴァルトから唇を寄せればバザードは眉間に皺がよる程にギュッと目を瞑る。こういった接触は何も初めてでは無いというのにいつも初々しい反応を見せてくれるのが可愛く、そして嬉しい。するりと頬に手を添えればそれが合図だったと言わんばかりに互いに自然と舌が絡み、くちゅりと淫靡な音を立てながら恋人同士のキスを交わす。甘いカフェオレの香りがふわふわと鼻腔を擽る。数分後、いい加減にしろ!と息が持たなくなったバザードから鳩尾に重たいモノをもらうまでただただ夢中で貪り合った。


君が近くに居るという至福の時間を味わえるのならそれだけで充分、それ以上は何を望もうか。…なんて、ドラマの男優みたいにかっこよく言えれば苦労はしないのだろうか。恥ずかしげもなく愛を囁けるスケコマシを少しだけ羨ましく思う。二人はリビングに場所を変え、今は成長期の男子が二人並んで座るには窮屈なソファにどうにか座っていた。適当につけたテレビからはネットで人気のイタリアドラマが流れている。共に移動しガラステーブルに置かれたチョコの箱からハッシュヴァルトはストロベリーパウダーがかかったハートの形をしたチョコを一粒取ると、今度はそれを直接バザードの口元へ持って行く。一瞬迷った表情を見せるも、目を少し細めて笑いかけるとすぐにチョコはハッシュヴァルトの指先から可愛いリップ音を残して消え失せた。





初々しい(初々しいとは言ってない)二人が書きたかった。お粗末。


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