バネ足男と鉄屑男
※藤田和日郎作「黒博物館 スプリンガルド」パロディ。ここの概念でちょくちょく出る「俺たちは入れない」の元ネタ作品。
※ヤンデレはオリキャラで元ネタキャラの性格や見た目をそのまま流用した為、「バネ」という共通点から元はベラミーファンボーイだったという設定が生えた。
※めっちゃ長いし、もはやロー×🥗ルフィ要素は薄いキッドメインだけど、こんなキッドはここにしかいないので許してほしい。
* * *
ぎょぉぉぉん……ぎょぉぉぉん……
バネ足が沈み、弾み、駆ける。
バネの腕の先には、十刃の禍々しい鉤爪。それらもバネの音と重なり、ガチャガチャ耳障りな不協和音を奏でる。
しかし男にとってそれらは、讃美歌に等しい音色。
どんな聖歌よりも尊い、祝福の鐘に耳を楽しませながら、ファンファーレを響かせる為に男は更に高く高く、天に、太陽に届くのではないかと錯覚するほどにバネを弾ませて、跳んだ。
「ったく。雑魚でも見逃してんじゃねーよ。何のために防衛を買って出たんだ、あいつらは」
ぎゅっっこ
しかし男にとっての讃美歌は、唐突にバネの沈んだ間抜けな音で終わる。
一時中断ではなく終わり。男にそんなつもりがなくとも、もうここで終わりなのだ。
彼が終わらせる。
教会の前に一人立つ、筋骨隆々な体躯。それに見合った武骨な、鉄くれをかき集めて形作られた義手。
ゴーグルによって逆立った鮮やかな赤髪。…あの単純極まりないあだ名の由来は、きっとこの髪型のせい。
毒々しいほどの紅を掃いた唇が歪んだのは、ふとそのあだ名を思い出したから。
あまりに単純でセンス皆無なあだ名をつけた女の馬鹿さ加減がおかしかったから、少し笑えただけ。
決して、背後の教会で行われていることなど彼には何も関係ない。
関係ないはずなのに、それでも彼はそこにいる。
「あれれれ……?なーんでルフィ様に負けた海賊王のなり損ないがここにいる?」
バネ足の男は、疑問よりも嘲りを多分に含ませた言葉を投げかけた。
「俺が海賊王のなり損ないなら、てめぇは何だ?
バカ猿の伴侶どころか舎弟にも、オトモダチすらなれず、そんでもって今は敵だとすら思われてねえ成り下がりが」
売られた喧嘩は最低でも言い値、なんなら10倍にして買ってやるのは、国を出て海に飛び出す前、狭い世界にいた頃から変わらない主義。
敵だとすら認識してもらえなかったからここまで来れたという事実を突きつけられ、バネ足の形相は一気に屈辱と憤怒で歪む。
しかし彼は相手の面相の変化も興味はなく、背の扉にもたれかかり実に面倒臭そうに話を勝手に続けた。
「そんなてめえが、今更こんな所に何しにきた?
その血錆臭え体で、てめえの『カミサマ』らしいあのサル女に祝儀でも渡すつもりなら、流石に礼儀が足りねえな」
本人としては最初の成り下がりも煽っているつもりはなく、ただの事実を口にしただけ。煽りと認識しているものは祝儀の件ぐらいなのだが、バネ足の反応は斜め上をいっていた。
「うふふ…、そう、あの方は僕の神…。
全てはルフィ様を救い出すためさ、ユースタス“キャプテン”キッド!
路傍の草花のようにただ萎れていくだけの、ごく普通の女になってしまう前に!!」
「…は?」
赤髪隻腕の男、ユースタス・キッドから素で困惑の声がでた。
そんな当然の反応をバネ足の方は気付きもせず、自分の考えを、信仰を陶酔しきった顔と声音で高らかに語る。
「あの方は誰のものにもならないから、誰の腕の中にもおさまらないからこそ美しく!尊い!!まさしく自由の化身!解放の女神!
…だというのに、あの方の器が人の身であられるせいで、恋だの愛だのといったくだらないものに惑わされ、人生の墓場、自由の処刑場に向かうなど間違っている!」
どんどん勝手にテンションを上げて恍惚と語る相手の思考が理解できず、キッドは背景に宇宙を背負って絶句。
まだ自由の化身だの、解放の女神だのは悪魔の実のせいで事実だと認めるが、キッドにとって彼女はサルだ。
かろうじて可愛げは稀に見出せるが、美しさや尊さは一欠片たりとも見出せたことがないので、彼女に執着するヤンデレどもと不本意ながら対峙するたびに「お前らにはあれがどう見えてるんだよ?」と思い続けていたが、この男はその中でもとびっきり分厚いフィルターがかかっているようだ。
「だから僕は今日、ここに来た!!
輝く太陽だったあの方が、泥に塗れた石ころに変わり果てる前に、彼女を殺す!!
そうすればあの方は…ルフィ様は本物の『神』になられる…。誰のものにもならない、誰にも縛られない永遠の美が完成するんだ…!!」
主張は結局、最後までキッドには理解不能だった。
もともとする気は皆無だったので、それはいい。
「…くだらないもの、か」
相互理解など求めていないから、そのこぼれ落ちた言葉は正真正銘、ただの独り言。
バネ足の男にも、他の誰にも、相棒にさえ聞かせるつもりなどない言葉。
『それ』が『くだらない』という感想だけは、同じだったことなんて語らない。
同意などいらない。共感も欲しくない。同情なんてクソッタレ。
失ってから気付いたそれは、くだらなくて幼い、過去の遺物。
後悔がないとはいわないが、振り返らず前を向いて駆け抜ける生き方しか知らない自分には、重石になってしまうもの。
だからこそ、自分が、自分達が一時の休息の寄べとする為に、あの狭い世界から一緒に連れてきたもの。
…今は亡き、今も共に歩む親友がくれたものと、奴がいう『くだらないもの』を一緒だとは決して勘違いさせたくなかったから、これはただの独り言。
そしてこの、目の前のバネ足をぶっ飛ばすにふさわしい理由。
彼がここにいる理由なんて、ただただ自分が気に入らない、ムカついたからでしかない。
似てないし、親友と比べたら月とすっぽんでも図々しいぐらいに劣っているが、それでも確かに同じベクトルでいい女である彼女も
昔の自分以上のクソボケをかまし続けて何度も殺してやろうかと思い、実際に実行したこと数えきれず、それでも自分と違って失うどころか手に入れた男も
そんな奴らなど、キッドには無関係だ。
…だけど一人だけ、無関係なはずなのに、名を知ったのはつい先ほどだというのに、それでも少しだけ「理由」になってしまった男を思い出した。
「…何で『ハイエナ』を襲った?
元はといえばお前はそいつに憧れていたから、麦わらに挑んで負けたのがきっかけだったんじゃねえのか?」
血まみれで倒れ伏しながら、それでも通りすがりのキッドに縋りついて懇願した男。
自分の傷を顧みず、痛みを置き去りにして泣きじゃくりながら彼は希った。
『あいつを…麦わらを守ってくれ』
その願いを、バネ足で踏み躙った男は可笑しげに哄笑しながら答える。
「あぁ、ベラミーか。あれ、もしかしてまだ生きてたの?
彼ならわかってくれると思ったけど、どうやらカタギになったことで随分腑抜けてしまったようでね。だから彼もせめてこれ以上堕ちないように殺してあげたつもりだったんだけど、生き汚いなぁ」
同じ『くだないもの』を抱えて、『親友』の幸福を誰よりも何よりも守ろうと尽力した者がいたから
その覚悟も、生き様も、侮辱されたから
理由としては、十分すぎた。
「さ、わかったのなら退いてくれ、負け犬くん。僕はこの地に縛り付けられた女神を解放しなくちゃいけないんだ」
バネ足の男は嗤う。
目指したものになり損ねた者を
勝てなかった負け犬を嘲笑う。
ユースタス”キャプテン“キッドは、凄絶に笑い、吐き捨てる。
「失せな、負け犬にすらなれなかった逃げ犬」
真に望んだ関係を目指すことすら諦め、敵とすらもう認識されない成り下がりに
戦うこともしなかった、傷つくことを恐れて逃げて、逃げ続けた逃げ犬に
なりたいものをまだ諦めていない者、今なお挑み続ける者は告げる。
「ここはてめえの神の葬式にして、あのバカ二人のスタート地点。
そんな面倒ごとが決まりきった未来を笑って望める奴以外、立ち入り禁止だ。
ーー俺たちは入れない」