バイトの話。
人生で初めてSS書いた…。
ワン
クッ
ショ
ン。
(2024/05/21 少し修正しました。)
致してない。 だべっているだけです。
・店長
・またしても何も知らされていないバイト
・🎵
・お客さんで金🚢×モブ♀要素アリ
・解釈違いお許しください
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少し汚れた柚子肌の雑居ビルの、これまた少し汚れたドアを開けるところから、今日も俺マイネルファンロンの仕事が始まる。
ドアの向こうは、ホテルの備品やら私物やらがそこかしこに散らばり、お世辞にも綺麗とは言えないバックルーム。
そこ備え付けられたテレビからは、こちらからは画面は見辛いが、少し音量を抑えた矢継ぎ早の実況が、競バ中継であることを教えてくれる。
取っ散らかった部屋に取っ散らかったBGMが足されたようで、こちらの頭の中まで取っ散らかってくる。
慣れてはいるものの気持ちの良い始業風景とは言えない。
その散らかった部屋で、競バ実況をBGMに新聞を読む男が座っている。
俺はそいつに声を掛ける。
「よう親父。」
「おう、ファンロンか。」
ここは俺の親父であるステイゴールドが経営している「黄金旅亭」。
看板はけばけばしい色で彩られた宿泊施設……つまるところラブホだ。
俺は身支度をし、受付に繋がるドアを開けようとドアノブに手を掛けたところで気が付いた。
「待てよ、親父がここにいるってことは受付に誰もいないってことじゃねえか。」
丁度そのタイミングで、ドアの向こうから耳慣れたふてぶてしい男の声が聞こえてきた。
「ん? 誰もいねーじゃねえか。」
よりにもよってこのタイミングでアイツか…。
「ねえシップさん、本当にここで大丈夫なの?」
「あ~、問題ねえ。と言いたいところだが…。」
シップ、と呼ばれた男に尋ねるのは耳慣れない女の声。
"お見合い話"が絶えない奴は忙しいねえ、などと呑気に思いながらもベルを鳴らされる前には出て行ってやろうと思いドアを開けたその時だった。
「はいは~い! います、いますよ! ちょっと足元を整理してたんですよ!」
可愛らしい元気な女の子の声がラブホの受付に響く。
確かに小さい子供がかがむと、小さな受付窓の向こうからは見えなくなってしまうだろう。
……小さい子供?
俺も、客も、ピタリと空気ごと動かなくなった。
ここはラブホである。ラブホテルである。
子供のあそび場には不釣り合いな場所である。
そもそも子供は断じてこの場にいてはならない。
どうして子供がここにいるんだろうか。
「あ、ゴルシおじさん! いらっしゃい! どのお部屋にする?」
満面の笑みでお客を歓迎する女の子に、女の方は困惑した表情で受付の中の人物を凝視する。男の方はというと、突然の事態に目をかっぴらき、口を半開きにして放心している。心なしか顎が左右にズレているようにも見える。
「ぶっ」
思わず俺は噴き出してしまった。
歴戦の色男が決してしてはいけない顔をしているのを見たおかげだろうか。
俺は混乱が解け、これがどういうことなのか理解できた。
あの子だ。
「おいゴルシ、メロちゃんが聞いてるだろ。」
「ファ、ファンロン!」
ゴルシ改め、ゴールドシップは俺の声を聞いてすぐにいつもの整った顔に戻った。
「ああ、なんだメロディーレーンか……驚かせやがって……。」
メロディーレーンと呼ばれた、この場に不相応な外見の女の子はニコニコしている。
女の方はまだ混乱しているのか、耳を頭の上で忙しなく動かしていた。
先ほどのすごい顔には気付いていないようだ。
「あー、普通、普通の部屋で頼むわ。時間はこのプランな。」
「はーい。……あ、ちょっと待って!」
鍵をゴールドシップに渡すと、何かを思い出したのかピョンと椅子から飛び降り、俺の後ろのドアからスタッフルームへと入っていく。
「おじいちゃん、あれどこ?」などという声と共に、重たいものを引きずってくる音が聞こえる。
再びスタッフルームのドアが開くと、自分の背丈の半分以上はある大きなキャリーケースをゴロゴロと押して戻ってきた。
「こういうのいる?」
「普通の部屋にそんなもんいらねえ。」
「そっかあ……。」
シュン、と耳と尻尾が犬のように下がる。が、客室へ続くエレベーターに乗って行く男女を見届ける頃にはすっかりピンと立つ。
「がんばってね~!」
エレベーターの扉が閉まる音と共に「うるせえ!」なんて声が聞こえた気がした。
一方、俺はあの顔が女に見られてなくて良かったなあなんてことを呑気に考えていた。
「……で、何でメロちゃんが受付にいるんだ?」
この子はこのラブホを経営する親父の孫娘の一人であり、つまり俺の姪でもある。
このスタッフルームによく遊びに来るので俺も見知った間柄ではあるが、今日のこの遭遇はあまりにも不意打ちで驚いてしまった。
「バイトだバイトぉ。」
スタッフルームのドアから親父が顔をのぞかせた。
「俺、何にも知らされてないんだけど。」
親父はいつもそうだ。重要なことをそのときになるまで伝え忘れる。
またしても何も知らされていない俺がムッとしていると、メロディーレーンが答えた。
「あのね、お母さんが『この先まだどうなるかわからないから、社会勉強してきなさい』って。
私、もう少し現役続けるとは思うけど、そのあとイメージガールになるか、お母さんになるか、保育士さんになるか、それともバ術選手になるか、全然決まってないから。」
少し浮かない顔をして、もじもじと手遊びをする。
そうだ、どう見ても声も身長も顔も子供ではあるが、その実この子は立派な大人なのだ。この先競バを引退した後の進路も、もうそろそろ決めないと行けないような年なのだ。
「私みたいな子がね、どこかで保育士さんしてるって聞いて。でもお母さんにもなるかもしれないし、迷ったんだけどね……。」
少しの間をおいて、パッと顔をあげる。
「それで、"命が生まれる現場"を知ってみようって思っておじいちゃんにお願いしたの!」
その表情はとても明るく、清々しく、そして真剣であった。
俺はというと、返す言葉が見つからず、苦笑いを浮かべるしかできなかった。
一方で親父はうんうんと納得したように頷く。
「立派な心構えだろ。」
そりゃあ、命が生まれる現場……確かに間違ってはいないが!
ここで今までに一体どれほどの命が発生するに至ったのか、最早数えきれないような場所ではあるかもしれないが!
「生命の神秘、すてき! がんばります!」
目を輝かせてガッツポーズを決める可愛らしい姪っ子を見て、
「助産師の手伝いをした方がいいんじゃないか」などと野暮なことは言わないでおこうと思った。
「こんだけ真面目そうな奴が入っちゃお前クビかもなあ。」
「え!?」
「うそうそ。冗談。」
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「みんな生命の神秘にこれは必要ないのかなあ。」
休憩中、大きなキャリーケースの中から手錠やら鞭やら何やらを取り出しながら姪っ子が呟く。
「……ごく一部の選ばれた奴らにはすっげー神秘を引き起こすんじゃねえかな。知らねえけど。」