ハ゛×地母神の力
わ
ん
く
っ
し
ょ
ん
「身体はどう?つらくない?」
バビットさんは微笑みながら横たわる俺に顔を近づけた。長い金髪がさらりと顔にかかって、カーテンみたいになった。さっきまでしていたことを思い出させるようなその光景にじんわりと身体が熱くなる。
いやぁまさか俺が牡にナンパされてラブホに来るなんて思わなかったよね。親父が知ったらどう思うだろう。怒るかな、泣くかな。案外なにも言わなかったりして。イクイとウィルは呆れるかも…ウィルは怒るな、確実に。
なんて親父や他の産駒たちに思いを馳せていると、俺をナンパした牡ーーバビットさんはくすりと笑って、俺の耳をすりすりと撫ぜた。その触り方もどこか扇状的で、思わずキュッと耳を絞ってしまったがなんとか耐えた。
「…あのぅバビットさん。その触り方は今の俺にはきついっす…」
「…ふ、ふふっ。君は面白いよねぇ。分かりやすい癖にこんな時は変に態度に出さないようにするんだもの」
『好みのタイプは芦毛の牡』
そうメディアへ堂々と公言しているバビットさんにラブホへ誘われたのが4時間ほど前。
好奇心にかられて頷いたら最後、あれよあれよとこのラブホ、『黄金旅亭』へ連れ込まれ、そのままぱくりと喰われてしまった俺は今ベッドから起き上がることもできない状態という訳だ。
「まさか本当にするとは思いませんでした…」
「君はもう少し自分の容姿に自覚を持ったほうがいい。じゃないとわるぅい牡に喰われちゃうよ」
「もう喰われたっす」
「ニ回目がないように教えてあげたんだよ、ありがたく思いなさい」
無茶苦茶言いやがるこの尾花栗毛ヤリ◯ン野郎。
口汚い言葉を呑み込んで、俺は以前から疑問に思っていたことを聞くことにした。
バビットさんは俺から離れてバスローブを着ている。後ろ姿だけ見ると綺麗なお姉さんみたいなんだけどなあ。
「ねえバビットさん」
「なぁに?」
「なんで芦毛の牡が好みなんですか?別に芦毛じゃなくても綺麗なヒト、可愛いヒトなんていっぱいいると思いますけど」
「……そうだねぇ」
ベッドに腰掛けて、バビットさんは謳うように話し出した。
「むかぁしむかし、あるところに尾花栗毛の可愛い幼駒がおりました」
ある日幼駒はお父さんと一緒に大きなお屋敷に行きました。お屋敷には幼駒と同い年のこどもがたくさんいて、オトナもたくさんおりました。幼駒はこどもたちと楽しく遊び回りました。そうして裏庭に入ったところで、とても綺麗な蝶々を見つけたのです。あの蝶々をお父さんに見せてあげたい。そう思った幼駒は蝶々を必死に追いかけて、ようやく捕まえました。やった、捕まえた!さあお父さんに見せに行こう。しかしそこで漸く、幼駒は知らない場所にいることに気づいたのです。
「だんだん暗くなってきて、帰り道分からなくって怖くて木の窪みに隠れて泣いてたの。そうしたらさぁ、来たんだよね。女神さまがさ」
「女神さま?」
「そ。白い髪を後ろで結んで、着物着た芦毛の女神さまが。真っ暗闇にきらきらと輝いて、とても綺麗だった」
結局その後は女神さまにおぶってもらってお屋敷に戻ることができた。待っていたのは青褪めた表情の父親で、普段は眉ひとつ動かすことすら少ないヒトなのに、たくさん心配をかけてしまったのだと気づいた。
「父さんに俺を渡して、女神さまはこう言って微笑ったんだ。『蝶々ならいっぱいいるとこ知ってるぜ。今度来たときに一緒に行こうな』って。」
「………ん?」
「それが俺の初恋、芦毛の牡の女神さま。それからどんなに可愛いコ見つけても芦毛じゃなくちゃ物足りなくなっちゃって。もちろん可愛いいし抱けるんだけどね?牡も牝も好きだけど、やっぱり芦毛の牡がいちばん燃えるんだよねぇ」
まさかの初恋拗らせ系だった。
誰にでも彼にでもウマっ気を出し、色んな噂が絶えないバビットさんが、まさか小さい頃の淡い恋心を大事に抱えて色恋沙汰に求めているなんて。
驚愕で言葉が出ない俺にバビットさんはにっこり微笑むと、また耳をすり、と触ってきた。
「ガイアくんは女神さまに結構似てるんだよね。だから一回喰べてみたくって。いやぁ付いてきてくれて本当に良かったなぁ」
「…ちょっと最低じゃありません?」
「最低じゃないよ。だって君も同意して俺に抱かれたでしょう?」
「……なんも言い返せねえ」
「ふはっ」
バビットさんは破顔して少し笑った後、俺の手を握ってゆっくり覆い被さってきた。途中で左足にそっと優しく触れられて、そういえば足を気遣われていたと今更ながら気づく。また金髪が広がって、カーテンに囲われる。
「少しだけ面白いところも似ているよ。…ね、もう一回シてもいい?」
「………うーん」
「ガイアくんが気にしていたチョコレートファウンテン、頼んでいいから」
「いいですよ」
即答かよ。
笑ったバビットさんに口付けられて、俺はまた快楽の波に呑み込まれていった。
そういえば芦毛の牡の女神さまって、誰なんだろう?
そんな疑問は翌日、一階のカウンターに座る芦毛の不沈艦を見て解決することとなる。