ハンドラーたきな

ハンドラーたきな


 世界で最も安全な街・東京。

 犯罪と縁のない笑顔の国、世界での治安八年連続一位……

 様々な宣伝文句が飛び交い、事実その恩恵を謳歌している人々は多い。

 だが真実を知る者はどう思うであろうか? 欺瞞と嘲笑うか、事実ではあると皮肉を飛ばすか。

 光さす場所に悪意と災いが見当たらないのであれば、それは闇の中で生まれそして闇の中で潰えてゆくことに他ならない。


 そう、どんな悪意であろうとそれが芽吹く前に潰せば存在しないも同然。

 故に暗がりの中で悪を刈り取る者達が居て、それはあらゆる場所あらゆる時間において人知れず己の役目を全うしていた。


 都内の雑居ビルの中で行われていたのもそのような狩りの一つであったのだろう。

 薄暗く冷たいコンクリートの部屋にH&K P5を持った一人の少年が佇んでおり、周囲には幾つものナイフや鉄パイプはては銃までもが転がっている。

 そればかりかいかにも堅気の者ではない、素人目から見ても関わってはならないチンピラ共といった風体の連中までもが何人も転がっていた。

 そんな連中が、軒並み床に伏して動かない。辛うじて聞こえる呻き声が、彼らが一応生きていることを証明しているものの、この惨状はさながらに狼に食い殺された羊の群れだ。

 無論、彼らとて荒事は慣れているだろう。銃器が散乱しているのを見ても、その扱いを一応は心得ていたに違いない。

 なれば羊では無く牙の在る獣であり、さてこの獣達を逆に獲物としたの一体何者であろうか。


「おー、おつかれ」


 唐突にこの場にに使わぬ声が響く。

 ショートブロンドに紅い制服、手にはフルカスタムしたコルトガバメントM1911を携えた一人の少女。

 彼女の声に反応し、惨事の中心であろう少年が振り返る。


「千束先輩」


 少年の静かなそれでもやり切ったと安心感を含む声に錦木千束は大きく頷いた。

「うんうん、なかなかやるじゃん」

 いのちだいじに、という千束のポリシーに従い誰一人として殺めることなく事を終えた事に素直に賛辞を述べる。

 新人を……特に経歴も良く解らない男子を先生が拾ってきた時は流石の千束もどうなるかと思ったが、想像以上に仕事が出来る事に驚くと同時に安心するばかりだ。

 よくよく考えれば先生が実力も無い人間に仕事をやらせる訳がないのだから、心配する必要も無かったのかもしれない。


「ありがと……」

「ダメですよ、千束。これじゃ予定と違うじゃないですか」


 少年の返事を今度は長い黒髪に紺の制服を身に着けた少女が遮った。

 普段は表情豊かなれど仮面のような顔が眉根を顰めて一目見て不機嫌なのが解る。

「たきな先輩」

「前衛とは言え突っ込みすぎです、何を考えているんですか」

 井ノ上たきなの容赦のない叱咤に思わず千束は苦笑を浮かべる。

 実際、少年が事前の作戦より先行しすぎていたのは事実だ。とはいえ、作戦が破綻するという程でもない為に千束としてはまぁいいかなと流そうとしたのだが、たきなはそうでもないらしい。

「私と千束でフォローをしつつ制圧すると言う作戦だったはずです、これじゃあ危うくフォローが届かなくなるところでした」

「それは……いえ、申し訳ありません」

 目元も顔もシュン…と沈めて少年は謝罪を口にした。

 注意されれば素直に受け止め怒られればちゃんと反省する。そんな素直さの在る男子で、千束としては好ましい人物だ。

 三人同時となると息がまだ合わない所があるが、リコリスとしての訓練を受けてきた千束とたきなとは違うのだからそれは致し方の無い事であろう。

「まぁまぁ、仕事は成功したんだしさ」

「千束」

「あ、はい、なんでもありません」

 助け舟を出そうとするも睨まれて、慌てて船を港に戻す。

 こういう時のたきなは滅茶苦茶怖い。下手にフォローを入れようとすれば本気で怒らせて別の意味で大惨事となるだろう。

 それに、かならず仲間の援護の下で戦えと言うのは何も間違っていない。

 千束自身、たきなに背を預ける今の戦い方を知ってからはもう二度と昔の様な一人での戦いには戻れない。

 そうならざるを得ない時とか、一人で戦うべき時はあるが、それだってやっぱりたきなが居るから必ず戻ろうと思って戦っている。


「いいですか、私たちはチームなんです。一人でやろうとしないでください」

「はい」

「相手がだれであろうと油断はしないで」

「はい」

「今後はかならず私と千束と速度を合わせてください」

「はい」


 背丈は彼の方が高い筈なのに首を垂れてたきなの責めを受け止めるのを見ると、なんというか大きさも逆転しているように錯覚してしまう。

 彼の気性と、たきなの容赦のなさが噛み合って、真面目な場面の筈なのに微笑ましいと言うかなんというか。

 それに、たきなは本気で彼の事案じているが故の容赦の無さだ。理不尽な事は言っていないし、感情的にもなっていない。

 激情家としての本質を合理性で研ぎ澄まし、きっとたきなは良い教官になれるのだろう。そしてそんなたきなに指導される彼も優れた戦士になるに違いない。

千束としてはその時が楽しみだし、二人の師弟関係を見守ってゆきたいと思う。


「でも」

「……?」

「仕事そのものは良くやり遂げたと思います」

「先輩」

「お疲れ様、今日はゆっくり休んで」

「はい!」


 優しく微笑むたきなに、顔をパッと明るくする少年。

 うん、やはり良い関係だ。

 師弟というより飼い犬と飼い主みたいな感じもするがまぁそれはそれで。

「なんです?」

「いや?べつにぃ?」

 ニヤニヤと笑う千束に訝し気な視線をおくるたきな。

 そして、ふたりときょとんとした顔でみつめる少年。


 三人が良いチームになれるのもそう遠い事ではないのを予感させていた。

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