ハナ咲クハル(3)

ハナ咲クハル(3)






「あ゙ー……ぅ……」


 じゅわぁっ、っと頭のの中で何かが染み出してるような、そんなはっきりとした感覚。それと一緒に、身体がふわっと浮き上がったみたいになって、唐突に湧き上がって来る気持ち良さに、心と身体が包まれる。何度も何度も味わった、アビドスの砂糖を口に入れた時の感覚。

 ハナコに監禁されてから、もう何日、何週間経ったのかはわからない。1日のうちに、何本も何本もシロップを飲み込まされて、たくさん薬を打たれて。私の身体はもう、砂糖を食べなくても唾液が甘く感じるくらい、私は砂糖漬けにされた。


「いらな、いっ、て……言ってる、でしょ……」


 それでも。私にはまだ、ハナコの手を払い退けるだけの理性が残っていた。頭は上手く回らなくて、鎖に繋がれてるせいで逃げられなくて、そもそも砂糖で色々と強くなってるらしいハナコに力で抑えられて、結局無理矢理飲まされちゃうけど。意識がぼんやりしている間に、身体が勝手に砂糖を欲しがるようになっちゃったけど。

 それでも、最後の一戦だけは。自分の心で欲しがることだけは、耐えることができていた。


「……………どうして?」


 いつの頃からか、ハナコの表情が変わっていっていた。意味がわからない、理解できない、訳がわからない。そんな事を思ってそうな、変な顔。

 少し前に、私が薬の効果でぼんやりしている時にぽろっと漏らしていたこと。私が摂らせられた砂糖の量はもうアビドスにいる人の中でも相当な方で、ひょっとしたら"トップの3人"よりも多いかもしれない、とか。

 何かから逃げるみたいに、何かを考えない様にしてるみたいに。何か焦っている様なハナコに、やたらと凄い量を飲まされてるなとは感じていたけど。そこまでだったんだ、とどこか他人事みたいに頭の冷静な部分が受け止めていた。





*****





「……………………………………あ゙、ぁ」


 今日もまた、甘ったるいシロップを山ほど飲み込まされて。意識が朦朧としてる間に、また薬を打ち込まれたのか、それともハナコの身体の砂糖の香りでも嗅がされたのか。身体が上手く、動かせない。

 ハナコは私に、"アビドス側"になって欲しいと思っているらしい。自分が得た砂糖の幸福感を、他の人にも与えようとする。砂糖中毒の人によく見られる、本人なりの"善意"らしい。ハナコ私にやたらと砂糖をあげようとするのも、砂糖がくれる幸せな気分に浸るのが一番良いんだ、私もそうなるべきなんだ、なんて。心の底からそう信じてるから。


『……………どうして?』


 …………いや、信じようとしてる、って言った方がいいのかも知れない。最近のハナコの顔を思い出しながら、そんなことを考えた。


(…………"どうして"……か……)


 正直言って、もう何度も、何なら今だって、心が折れそうになっている。

 身体をおかしくされるのは嫌だった。大切な友達が壊れたところを見続けるのは辛かった。大切な友達にあんなことをされるのも嫌だった。ずっと閉じ込められて、みんなに会えないのも耐えられなかった。全部全部、辛くて辛くて堪らなくて、泣いてしまうことなんてしょっちゅうだった。

 なのに私は、まだ耐えてる。心はもうとっくにガラスみたいに割れそうなのに。どんな人でも、それこそハスミ先輩みたいな人まで、一度砂糖を口にしたらもう戻れなくなってしまうのに。


 その、理由は────


「うっ…………」


 視界が歪む。涙が滲んだわけじゃない。これは、砂糖の効能のひとつ。撮り続けていると現れる、幻覚。

 何もない殺風景なが、どんどん歪んでいって。"そこにあるはずのないもの"が、私の目に映った。








 






「………………また……みんな、と……」


 あの頃の続き。またみんなと一緒に、笑い合える場所。薬のような砂糖なんかなくたって、これ以上ないくらい幸せな場所。

 私が欲しいのはそれだ。今のままじゃ、砂糖なんかの力じゃ、砂糖があるままじゃ絶対に手に入らないもの。


「────お生憎さま。私の場合は逆効果よ、ハナコ」


 少しだけ、頭にかかったモヤみたいな感覚が薄れた。

 こういうのを皮肉って言うのかな。砂糖で見せられた幻覚のせいで、余計に心が奮い立つなんて。


「まあ、なんだっていいけど…………」


 身体はボロボロで、なのに砂糖漬けにされたせいで元気になってて、ガタガタになっているけど。

 それでも、私の心は折れない。絶対に。幻覚なんかじゃ終わらせない。そんなのじゃ満足できないから。いくら砂糖を食べさせられても、私は満たされないから。


「だから…………私は、諦めない」


 服の胸元をギュッと握りしめて、決意をしっかりと言葉にした。





NEXT→








Report Page