ハナコ→スズミ
通学路、見慣れた背中。雪のような白の髪と頭を覆う優雅な片翼。
深呼吸、それから前髪と服をちょっぴり整えて駆け出す。
「おはようございます♡」
「ああ、ハナコさん。おはようございます。」
守月スズミ。トリニティ自警団所属、2年生。私とは違うクラス。こうしてたまたま──という体で──会う以外、関わりはない。住む世界が違う人。だけど私は。
「暖かい日ですねぇ。朝のパトロールは行かれたんですか?」
「先程終わったところです。暖かいと動きやすくていいですね。」
ちらりとスズミさんの手を見れば赤く震えていた。耳を見れば冷えていた。
その手を握れたなら。その顔に手を伸ばせたなら。
私のどろどろした感情に塗れた身体で触れたらこの人の純で真っ白な柔肌は崩れてしまいそうで、10cm隣に立ってお話する他なにもできないままでいる。
「いつもお疲れ様です。きっとスズミさんのおかげで、私もこうやって落ち着いて学校にいけるのでしょうから。」
そう言うとスズミさんはちょっとだけ紅の目を見開いて、すっと顔をそらした。仕草の一つ一つどれも彼女らしく綺麗でずっと見ていたくなる。でも視線に気づかれてはいけない。気持ちを押し殺して、ただの友達のふりをしなきゃ。何も壊れないように。
「……なんだか、こそばゆい、ですね。その、あまり正面から褒められるようなこともないので。」
「そんな。いつも皆さんのために頑張っているのに。」
「まだまだ未熟ですから。……でも、ハナコさんの言葉、とっても嬉しいです。」
「いくらでも差し上げますよ♡」
「無理はなさらないで。」
「全部本心ですよ?」
「ありがとうございます。」
他の子、例えばコハルちゃんとかにだったら、もっと気の利いたことの一つだとか簡単な茶化しでも入れられたろうに。頭がいつもみたいにうまく働かない。
遠くで8時を知らせるチャイムが鳴った。
「ちょっと急ぎますか。」
「ですね。」
嘘。本当はもっとずっとこうして隣にいたい。あなたの声を聞いていたい。あなたの顔を盗み見ていたい。だけどそんなことを言っても困らせてしまうだけなんて分かってるから、いい子ちゃんのふりをしなきゃ。
この人を前にすると言葉がうまく出なくなる。当たり障りのないことしか言えなくて、私の汚いところ見せてだめだったらどうしようってそういうことばかり考えてしまって、近づけなくて、触れられなくて、通学路の隣の10cmだけを私一人勝手に大事にして、ずっとぐるぐる頭の中ではこの人の事ばかり考えてしまって。
私は、おかしくなっちゃったみたい。