ハナコの説得が間に合わなかった世界線
「はぁっ…はぁっ…。」
「ハナコ…あんた、いい加減に、しなさいよ…。」
肩で息をするコハルを始めとした補習授業部の面々。
その視線の先には同じ補習授業部の仲間であったはずの浦和ハナコがいた。
ハナコもまた肩で息をし、アポピスに与えられた力である蛇を模したホースも力なく砂上に横たわっている。
互いに満身創痍といった様相であった。
「私にも…守りたいものが出来てしまったんです…。このアビドスという居場所が!」
「皆さんにはわからないでしょうっ!?自分自身ではなく、自分の能力による成果だけを見られる寂しさが!」
「アビドスの皆さんは、私を一個人として見てくれていた…!打算も姦計も無かったんです!」
「砂糖がいけないものなのはわかっています…!でも、私に良くしてくれた人達の幸せを守りたいって…そんなにいけないことなんですか!?」
激昂し、声を震わせながら叫ぶハナコ。だがコハルも負けじとその小柄な体躯が出せる最大の力で応える。
「そんなの知らないわよ!」
「私はバカだから、アンタが考えていること何て何一つ理解出来ないかもしれない!でも、どんな理由があろうと、見知らぬ誰かを不幸せにして得た幸せに、一体何の価値があるっていうのよ!」
「それに、アンタはやっぱり大バカだわ!私達はアンタの学力も、政治権力も何にも要らない!"浦和ハナコが補習授業に出席してない"から!ここにいるのよぉ!!!」
コハルの言葉をその耳で聞き届けた瞬間、ハナコの怒りは霧散していた。そして理解した。自分が如何に愚かで、酷い回り道をしていたのかを。
だが、現実は非情であった。
「あの光は…!?」
アズサが砂漠の彼方で眩く輝く光を認める。途端、足元の砂は見る見るうちに緑地へとその姿を変えていく。驚きながらも視線をハナコへ戻すと、彼女は地に斃れ伏していた。
「ッ!?ハナコ!?」
慌ててコハルが駆け寄り、その肩を抱き起すが取り返しのつかない異変に気が付いてしまった。
「体が…砂に…!?」
指先から砂に変わっていくハナコ。何が起きているのかはわからなかった。だが、確実な終わりが自らの腕の中にあることだけはわかってしまった。
「コ、ハル…ちゃん…。」
「駄目…ハナコ…!こんなお別れなんて駄目…!生きてっ…!」
「ごぇ…な…さぃ…」
一陣の風がアビドス砂漠を駆け抜け、砂をさらう。後に遺されたのは緑に満ちた大地と、青空に木霊する少女達の慟哭だけだった。