ハッピーバースデイ、或いは自分の為の歌(中)

ハッピーバースデイ、或いは自分の為の歌(中)



気を失ったスレッタを別の静かな部屋に寝かせてから再びCEO室に戻ると

誕生日パーティーは主役が倒れたことで騒然となっていた。

研究員共はケーキの皿を持ちながらプレゼントの山の中で右往左往し、婆さん達は喧々諤々やりあっている。


「友達をサプライズプレゼントにしようって言ったのは貴方じゃないの!」

「貴方だって賛成したじゃない」

「まさかあんなに驚くなんてねえ、顔がよくなかったのかしら?」

「お兄ちゃんには懐いているんだから同じ顔の友達はいい発想だと思ったのですけど」

……この婆さん共は何が悪かったのか全く理解していない。


「あのなあ、そもそも説明もなしに同じ顔の奴連れてきたら混乱するだろうが」

「あら、エラン様。スレちゃんは?」

「別室に寝かせといた。婆さん達は行くなよ」

この調子で煩くされたらスレッタの混乱は収まるどころかかえって深まるに決まっている。

全く魔女共はこうだから倫理観に信用が置けない。スレッタがこうなってしまったら俺の味方は誰もいなくなるだろう。

「全く婆さん達は…」



…ん?

何か忘れているような気がする。

唐突に違和感に気付く。


───あの少年の姿が見えなくなっていた。


扉の前にいた研究員に尋ねてみたが、見ていないという。

辺りを見回したが小さな人影はどこにも見当たらない。一応テーブルの下やプレゼントの山の陰も覗いてみたが、そんなところにいるはずもなかった。

スレッタが倒れたことで皆動揺していたから、彼が消えたことに気づく人間は一人もいなかったのだろう。婆さん達も気づいていないようだ。


まさか逃げたのか、と考えて首を振る。あの少年が見せた無気力さが演技だとは到底思えない。

逃げないだろう、彼は。

それに一応ここはペイルの機密区画である。セキュリティに引っかかっていないということは外には出ていないという事だ。婆さん達は何も考えていないように見えてそういうところはきっちりしている。

まあこの区画もそれなりの広さがある為、隠れようと思えばいくらでも隠れる部屋があるのが厄介だが。


探しに行くしかない、か。

溜息を1つ吐いて婆さん達に「エラン・ケレス」を探しに行くことを告げたが、スレッタへのプレゼントは何が良かったのかについて異様に白熱して語っており、こちらの話をどこまで聞いているのかさえ判然としなかった。

クソ、婆さん達の尻ぬぐいをやらされるのはこれで何度目だろうか……考えてもしょうがない。


ついでにスレッタの様子も見てきてやるかとプレゼントの山から適当にぬいぐるみを手に取った。

去年の誕生日パーティーにて増え続けるぬいぐるみに慄いたスレッタが「…ぬいぐるみはもう…いいです…」と発言したため今年はぬいぐるみのプレゼントは数えるほどしかないようだ。

手に取ったのは赤毛のタヌキを模したぬいぐるみで、ぽんぽんに膨らんだお腹が可愛らしい。クリクリとした目がこちらを見つめている。

これならスレッタも気に入るだろう。


   ◆ ◆ ◆


「お~い、どこだ?」

照明が落とされているせいで暗いペイル社の廊下を一通り見て回ったが、彼の居る気配は微塵もない。鍵のかかっていない部屋をのぞき込んでみるが、沈黙が返ってくるばかりだ。


あいつにもスレッタと同じように位置情報お知らせ付きの端末を持たせる必要があるな…二人でかくれんぼでもされたら堪ったものではない。

そんなことを考えながらあちこち探しているうちに、先ほどスレッタを寝かせた部屋の前まで来ていた。

僅かに開いた扉から光が漏れている。

ノブに手をかけようと伸ばしたところで、声が聞こえた。


「…さっきは…えっと、その…ごめんな、さい」

「…どうして?」

「お、驚いちゃって…倒れるなんて、失礼、でしたよね」

「べつに、気にしてないよ」

「お、お名前聞いても…いいですか? あ、えっとわたしはスレッタ・サマヤで」

「知ってる」

「そ、そうなんですね…」

「僕はエラン・ケレス」

「……え?」

「エラン・ケレスだよ」

「でも…そ、それお兄ちゃんの名前とお、おんなじ…」

顔を見なくてもスレッタが目を白黒させて混乱しているのが見えるようだった。

にしても興味ないとか言ってた癖になんでここにいるんだよ、あいつは。


「お、お兄ちゃんの弟、なんですよね?」

「違うよ」

「ち、違うの…??」

「そう」

……聞いていられない。

扉を開けて中に入る。予想した通り、スレッタはベッドで上半身を起こし、真っ赤になって目を白黒させてあわあわと手を動かしていた。その目の前の椅子には探し人の少年が座っている。


ベッドに歩み寄り、スレッタにぬいぐるみを手渡してそのまま腰かける。

ちょうど少年とスレッタの間に割り込む形になり、彼女はぬいぐるみを抱いて俺の背中にぎゅうとしがみついた。

「お兄ちゃん…や、やっぱり分裂しちゃったの?」

スレッタは泣きそうになりながら、こないだ読んだ本に「ドッペルゲンガー」というお化けが載っていて、同じ顔をしたもう一人と出会うと死んでしまうと書いてあったと説明した。

何かに気付いたのかハッとなり、ベッドの上で膝立ちになって両手で俺の目をふさごうとしてくる。


大丈夫、お兄ちゃん死なないから、と彼女を宥めつつ手をどかし、少年に向き直った。

彼はふいと目線を逸らして目を合わせないようにそっぽを向く。

氷のような無表情にちらりと影がよぎる。どうやら会話に割り込まれるのは好きではないようだ。

またこれかよ、と思いながらもスレッタにこいつは俺の影武者で、同じ顔だがそう整形してあるだけで血のつながりはないこと、ファラクトに乗るパイロットだということをなるべく丁寧に教えた。


「ファラクトの…?」

ファラクトのAIはレイヤー33を突破したルブリスAIを出来得る限り再現した代物だ。

そしてエルノラとナディムの4歳の娘、エリーがそれを呼び起こした出来事を完全にトレースするために、スレッタは4歳の時にファラクトと対話を試みた。

結果は成功。

だがAIの自我はエアリアルに搭載されたそれには遠く及ばず、6年が経ってもスレッタの呼びかけに微弱に答えるだけでデータストームを軽減するなどもってのほか。他の研究員達も暇を見てはファラクトに話しかけているようだが、結果は芳しくない。


そこで新しいパイロットをという決定を婆さん達が下したのだった。

ちなみに「なんかファラクトと息が合いそうで総裁の娘と年が近くてデータストーム耐性が高い、天才パイロットで頼むわ~」というふわっとしつつもかぐや姫かよという指示だったため、選定は割と難航した。当然である。

…というか時間がかかりすぎて俺は半分忘れかけてたぞ。本当にいたのか、条件に合致する奴。


「同じ顔で、同じ名前なのに、別の人…」

スレッタにはちょっと難しかったか。なんで俺の影武者が要るのかとか全く教えていないから、理解できなくて当然だろう。

「そうだぞ。一緒に勉強して、訓練もするんだから仲良くしろよ~」

あと学園でも同じ寮に所属することになるんだからな、と付け加えるとスレッタは嬉しそうにはにかんだ。

ずっと友達が欲しいと言っていたから、こんな変則的な形でも彼女と同年代の子供を迎えられたことは良かったかもしれない。ペイル社の連中は甘やかすばかりでスレッタの成長にあんまり役に立たないからな。


仲良く、と言われたスレッタはちょっと考え込んだ後、ベッドを降りて少年にぬいぐるみを差し出した。その勢いに彼はちょっとたじろいだようで、半歩後ろに下がりスレッタに目線を合わせる。

「あ、あの!き、今日わたし誕生日だったんです!」

「み、みんな祝ってくれて笑顔で、楽しくて…だから」

「うん」

「だ、だから、えっと…その…あ、あなたの誕生日を教えてください!!」

「ああ、あ、あと、お友達になってほしくって!」

これ、あげます、と言ってスレッタはぬいぐるみをぐいぐいと押しやる。耳の先まで真っ赤に染まっていてかちこちに緊張しているが、俺の背中の後ろに隠れることはもうしなかった。

意外と勇気を出すじゃないか、いつまでも小さい女の子だと思っていたが成長しているのだな、とその背中を感慨深く見つめる。


「いらない」

だが、返ってきたのはにべもない拒絶の言葉だった。

「…僕に誕生日はないよ」

スレッタはぽかんと口を開け、目を見開く。

「誕生日、ないんですか?お母さんが教えて、くれなかったですか?」

「母親?僕にはいないよ」

「じゃあお婆ちゃん、とか、職員さんとか……」

「僕には何もない」

家族だって、過去だって何もないと少年は言い捨てた。その言葉にスレッタの青い瞳が揺れる。

「な、何もないなんて、そんなはず…」

「…何もないって言ってるだろう!」

怒気を孕んだ声音でもう話しかけないでくれ、と睨みつけられて、スレッタの目にじわじわと涙が浮かんだ。唇が何か言いたそうに震えて、それでも言葉は出なかった。

力を失った手からぬいぐるみが零れ落ち、床で跳ねて転がる。


ぼろぼろと涙をこぼしながらくるりと踵を返し、ごめんなさいと言葉を残して彼女は部屋から飛び出していく。パタン、と扉の閉まる音がした。


   ◆ ◆ ◆


予想はしていたが中々喧嘩が早かったな。

スレッタは婆さん達に常に物を与えられているが故に、なんでも人にあげてしまおうとする。早い話、それが愛情だと思ってしまっているのだ。

確かに婆さん達にも愛はある…あるのだが、このタイミングでそれをやると『これをあげるから友達になってくれ』と主張しているに等しいだろう。

「何もない」と全てを悲観している少年に対して、沢山の物を持っている少女が一つ差し出したところで逆効果にしかならない。持てる者への羨望と失望が大きくなるだけだ。


「…追いかけなくていいの?」

床に転がったままのぬいぐるみを眺めながらぽつりと少年が呟く。その目は暗く、表情からは何を考えているか推し量ることができない。

「これはお前とスレッタの問題だろ、俺は関係ない」

そう、と呟いてまた黙る。人形のような能面の裏では色々な葛藤があるのか、悲しみとも怒りともつかない微妙な表情を浮かべている。


まあスレッタに悪気がないことはこいつも分かっているのだろう。

俯いてぬいぐるみを見遣るその姿は『鬱陶しかったので思わず声を荒げてしまったが、自分でも何故そんなことをしてしまったのかわからない』と疑問に思っているというようにも見えた。


これは本当に俺の出る幕はなさそうだな、と思いながら床に落ちた赤いたぬきを拾い上げる。

ほらよ、と少年に手渡すと、彼は少し目を見開いたものの大人しく受け取った。

そのまま扉を開けて廊下に出る。

「じゃあな。また明日」


   ◆ ◆ ◆


明るい部屋に一人残された『エラン・ケレス』は、じっと手元のぬいぐるみを見て何かを考えているようだったが、答えにはたどり着けないまま部屋を後にした。

部屋からの灯りが消えたペイル社の廊下は闇に沈んでいる。


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