ハスミの翼ケアのお話
「翼のケア……ですか?」
“そうそう、私には、ないからね。少し気になっちゃって”
それは、ハスミとの雑談中に出た話だった。
ハスミとの付き合いは長い。
だから、こういった雑談もそこそこな頻度で行っていた。
「そうですね……。確かに、専門の用具を遣ったりもします」
“あぁ、やっぱりそうなんだ。この前、シャンプーとは別の棚に、分けてあったからもしかして、とおもったけど”
「えぇ。髪に使うものとは成分が違っていますから。間違って買ってしまって使えない。という生徒も少なくはありません。
ただ、……私はそちらの物を使うことは滅多にありませんね」
“どうしてだい?”
「羽が小さな生徒ならともかく、私のような生徒の場合はそういったいわゆる直接羽に塗り付けて洗うタイプの物を使うとどうしても消耗が激しくて……
少なくとも、私はしませんね……。どうしても、ゴミが増えてしまいますし」
そういわれれば、確かにそうだ。
私が見たのもいわゆるボトルタイプで、普通のシャンプーと見かけは大きく変わらなかった。
でも、ハスミの翼は、それこそ人を包み込んでしまえるほどに大きい。
確かにボトルサイズの物を使うってたら、毎回買い替えることになってしまう。
“じゃあ、ハスミはどうやってるの?”
そうなってくると、気になってしまう。
彼女の言うとおりであれば、彼女の方法は、ゴミがあまり出ないのだろう。
けど、私がが見たのはあくまで、ボトルソープのようなのばかりで、他の方法も、いまいちピンとこない。
「そうですね……私の場合は……。少し恥ずかしいのですが……。丸洗い、といえばいいのでしょうか」
“丸洗い?”
「……よかったら、見ていきますか?」
“うん、いいの?”
「はい……。勿論、先生がよろしければ、ですが……」
“こっちから聞いたことだからね。……お願いしていいかな?”
「では、……浴室に行きましょう」
“うん、……うん!?”
「準備は完了です……。先生?大丈夫ですか?」
“だ、大丈夫……”
「……そんなに気になさらなくてもよろしいでしょう?同性なのですから」
“そうだけど!”
会話の流れとはいえ、そのまま、ハスミの個室の浴室へと連れ込まれてしまっていた。
もっとも、流石に裸は恥ずかしい。……ということで何とか説得して、互いに水着を着用することだけは成功していた。
「それで、……翼のケアですが、こちらを使います」
“それは……ジェル?”
「はい。入浴剤と、そう変わらないものですがこれを浴槽に入れて、少しかき混ぜれば薬液になりまして、あとは、そのまま浸かれば翼そのもののケアは完了です。
人体にも悪影響もありませんから、翼の小さな生徒でも、ケアの回数が多い生徒は、こちらを使うことも多いです」
“なるほど……”
翼の位置の都合上。どうやってもお湯につかってしまうのだから、なら最初からお風呂の中でケアをしてしまえばいい。
頭の中にボトルがあったから浮かばなかったが。
話を聞いてしまえば、この方法が合理的だということがわかる。
“先入観って怖いなぁ……”
「外には翼の生えた人間はいないのでしょう?浮かばないのも無理はありません、ほら、先生……。一緒に入りましょう?」
“ぅ……狭くないかな?”
「大丈夫です。私たちのような生徒はケア用に大きな浴槽のある部屋を宛がわれていますから」
“それじゃ、お邪魔します”
ちゃぷっと、先に入っていたハスミの前に足を入れる。
確かに、広くはあった。けれど、小さな子が入るのならともかく、ハスミみたいな子と、大人の私が入るには、若干窮屈だった。
“なんか、不思議な感覚”
体を包む、少しだけぬるぬるとした感触。
これが、翼をケアする成分なのだろうけれど、少しだけ不思議な感触だった。
「溶液は目に入ると少しだけ危ないので、あとでちゃんと洗い流してください」
“はーい。……これでおしまいなの?”
「そうですね……。あとは、溶液を洗い落として、水気をとって。あとは、お好みで好きな香りづけをする。くらいでしょうか」
“香りづけ?”
「羽に、好みの香りを纏わせるんです。あまり長い時間は持ちませんから、気合を入れたい日。などがおおいのですが……」
“……ハスミもするの?”
「はい。最近のお気に入りはこちらのブランドの……」
“香水みたいだね……。あれ?”
「どうかしましたか?」
彼女がお勧めする、その香りをかいで、何か引っかかった。
もう少しだけ、ハスミの手のひらから香って、……ようやく気が付く。
“ハスミ、……今日もつけてなかった?”
「……ふふ、さて、どうでしょうか」
そういって、彼女は珍しくいたずらっぽく笑うのであった