ハイスコアガール

ハイスコアガール

のぶ代

 『古代の哲学者は言った――

人間の最大の幸福は、日ごとに徳について語りうることなり。魂なき生活は人間に価する生活にあらず。と――』



日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。ここは日本全国から数々のウマ娘が集い、切磋琢磨しながら重賞レースの勝利を目指す、日本有数のスポーツウマ娘養成学校である。

そんな中、頭に大きな赤いリボンを携えた小柄なウマ娘が校庭に一人。名前をアグネスデジタルと言った。彼女を語る上で外せない事が一つある。それは――


「ハァハァ……これは天啓ですか!? ウマ娘ちゃん達が今まさに目の前でトレーニングを!

こうしてはいられないですよーーーッッッ! なんとしてもこの光景を目に付けなければッッッ!

うおォン 今のデジたんはウマ娘ちゃん発電所ッッッ!

この迸るエネルギーは何人たりとも止められませんねぇ!」


ウマ娘ヲタクであること。それも重度の。


――


「いや〜眼福眼福。併走中に危うく転倒しかける後輩ちゃん、それに気づいてとっさに抱き寄せて守りきる先輩さん!

その瞬間の後輩ちゃんの顔と来たらンもうッッッ!

あ〜ウマ娘ちゃん達最高。今この瞬間に異世界転生しても愛していける自信がありますね」


 アグネスデジタルにとってトレセン学園は天国と呼ぶにふさわしい場所であった。“推し”であるウマ娘に囲まれ、間近にその活躍を見ることが出来る。あまりにも尊い光景に精神が崩壊し、尊み秀吉と化して魂狩りに合う事も少なくは無いが。

そんな時にフォローしてくれるのが“同士”であるトレーナー。

トレーナーはデジタルのウマ娘推しという点に関して全くの門外漢であるにも関わらず、自身の趣味嗜好について寄り添った理解を示してくれた。あまつさえアグネスデジタルの事を“推し”とまで言い切ってくれたのだ。これに報わずしてなんとするのか。

春も夏も秋も冬も超え、雨も風も超え雲も闇も超え、トレーナーとトゥインクルシリーズを駆け抜ける思いもまたデジタルは強かった。


 そんな事もあり、ウマ娘ちゃん観察もそこそこにトレーニングコースへと足を運んでいたのだ。

その道中もミスターシービーとカツラギエースの突発模擬レースを目にしたり、シンコウウインディのいたずら現場を通りがかったりという神イベントにエンカウントしてしまい、何度も心のうまぴょい伝説がGIRLS' LEGEND Uしかけたが、なんとかデジタルは耐え抜いていた。デジたんが長男じゃなかったら耐えられなかったとのことらしいが、どういう事なのだろうか。


だがそんなアグネスデジタルにも限界が訪れた。前方から歩いてきた二人は【今最もアツイウマ娘ちゃんコンビ】

【5年連続グッドデジたん賞受賞】

【酸素ボンベに入れるならこの部屋の空気】

【生まれ変わったら同じクラスの壁に成りたい】

でお馴染み、ダイワスカーレットとウオッカのペアである。

いつもは喧嘩するほど仲がいいともされる程に、何かしらで揉めている二人だが、今日は様子がおかしい。なにか言い合いをするどころか、どうにも顔を赤くしてしおらしい。二人があんな顔をするシチュエーションは、あのデジタルの記憶と言えども38個くらいしか記録されていないのは有名な話。


これにはデジタルの脳内に備わった00年式アクティブデジたんソナーが黙っていなかった。このただならぬ雰囲気を1秒足りとも阻害してはならない。そう思った時には既に二人の通り道の脇にある生垣へ、ル⚫ンダイブ。この間コンマ1秒。精神が肉体を凌駕していた。


(HQ! HQ! こちらデジたん! 途轍もない尊みの波動を検知! 応援を請う!)


脳内通信で助けを呼ぶも、そんな怪電波を受信する設備はトレセン学園にはあるはずも無く。関係しているかは不明だが、ネオユニヴァースが夜な夜な自転車を漕いで空へと駆け出しているなどという意味の分からない目撃情報は増えたらしい。


  読者は知っての通りだと思うが、アグネスデジタルはヲタクとして当然のスキルである読唇術を会得している為、会話を遠目から確認することなど造作もない。超サイヤ人達がいつの間にか鶴仙流の秘技である舞空術を会得していたのと同じで、彼女にはヲタ活を続けていくうちに自然と備わっていた。しかしそんな無粋な真似はしたくない。これは一年に一度あるかないかの神イベントの予感。それがデジタルにはあった。

通信を終えたアグネスデジタルが恐る恐る目を向けると――


「もぉーっ! なんでアンタとこんな事を……!」

「んなこと言ってもしょうがねえだろ、罰ゲームなんだから!」


尻尾ハグを行いながら顔を赤く染めたダイワスカーレットとウオッカが居た。


これにはデジタルも流れるように五体投地。ハッピーカムカムフクキタル。涙さえ溢れそうな感情の中、ひっそりと地面に手を付きながら独白を開始する。


「神……! あまりにも神っ…!」

 

余りの僥倖にデジタル無法のデジ単騎待ち。


デジタルの脳内に駆け巡る脳内物質……!β-エンドルフィン……!チロシン……!エンケファリン……!バリン…!リジン ロイシン イソロイシン……!


えも言われぬ程の多幸感に包まれたデジタルの言語野は、エアシャカール自慢の「Parcae」をも超えた速度で目の前の現実を処理し始める。いや処理などではない。これは受容。受け止めるべきものなのだ。



「そもそも尻尾ハグとはウマ娘ちゃん達にとって特別な愛情表現のひとつとも呼ばれる神聖な儀式であり目にする事自体がこの世に生を受けた事への感謝へも繋がる だと言うのに目の前ではこれ程までに尊みを感じる光景が広がっていてこれはデジたんへのご褒美という言葉で片付けるには余りにも浅慮すぎると言っても過言では無い今はこの筆舌に尽くし難い状況をどうにかして脳内に焼き付ける事に全力を注ぎ永い永いウマ娘坂を駆け上がる事しか私には出来ない訳でありさらに言及するならばこの私めは未だ到底この様な地平には並び立てない浅学非才の身である事も考慮に入れるべきなのではないだろうか だとすればデジたんのやるべき事は唯一つこの尊さを原稿へと昇華しウマ娘ちゃん達の魅力の余す所なく描ききって」


どうした急に。

謎の一般男性のカットインが何処からか挿入される程に、耳ピク芳一の異名を持つデジタルの語りは、メジロ家を見届け続けた羊蹄山の如く長大なものであった。だがそんな目立つことをしていれば折角のターゲットへの配慮も意味は無く。


「! あれ、もしかしてデジタルじゃない!?」

「おいおい、カフェテリアに行って帰ってくるだけのはずがやべーやつに見つかっちまったじゃねえか!」


 ダイワスカーレットとウオッカの目には壊れたレコードのように念仏のような尊みを発し続けるアグネスデジタルが映っていて。見物人が居た事への実感が二人の羞恥心をさらにヒートアップさせ、いつもの様な掛け合いを行いながら足早にその場を去っていった。

 

 その後、練習場所に来ないアグネスデジタルを探しに来たトレーナーが探しに来る事一時間後。ベンチで冷たくなっているデジタルが発見された。

尚、来週の重賞レースには勝った模様。

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