ノレア・デュノクの独白

ノレア・デュノクの独白


ノレア・デュノクにとって、スペーシアンは憎悪する対象だった。

戦争シェアリングを行い、アーシアンの血と死体の上で成り立つ理不尽な平和を謳歌している。

許せなかった。スペーシアンという人種そのものが。アーシアンの同胞たちの犠牲に目を向けず、自分から何もかもを奪った憎い仇だった。

親友だったソフィはガンダムの呪いで亡くなった。クインハーバーは憎きベネリットグループによって蹂躙され、また何十、何百もの同胞達がゴミのように殺された。

全部ぜんぶスペーシアンのせいだと思った。いつかノレアもスペーシアンに殺される。だから殺される前にできるだけ多くのスペーシアンを道連れにしてやろうと思い、ルブリス・ソーンを駆ってアスティカシア高等専門学園を襲撃した。理不尽な平和を謳歌してヘラヘラと笑うスペーシアンもアーシアンも皆殺しにして、この小さな箱庭に地球の魔女の墓標を立ててやろうと思ったのだ。

ノレアは死ぬ覚悟で暴れるつもりだった。なのに。

「死ぬのが怖いなら、逃げろよ!」

 「ノレア!」「もういいだろう! これ以上、死に急ぐな!」

学園の破壊活動を繰り返すノレアに、ルブリス・ウルに乗って止めようとした人間がいた。あの鬱陶しいスペーシアンのガンダム乗りだ。

ノレアがスコアを上げる度に焦燥感を露わにする声音に、こちらの身を案じるような優しさを感じて、心底吐き気がした。なんなんだ、コイツは。スペーシアンの癖に何でガンダムに乗っているのか、何で生きる希望を捨てていないのか。彼のことは何も知らないし、何も分からない。知りたくもない。

結局彼とスレッタ・マーキュリーに妨害されたノレアは機体を捨て、彼の跡をつけてスペーシアンの御曹司であるグエル・ジェタークを襲撃することにした。憎悪と怒りで心を満たさないと、もう自分が正気を失ってしまうのではないかと恐かったのだ。


ジェターク社の警備を突破し、何やら言い争っている様子のグエル・ジェタークと彼を襲撃した。銃を構えてジェタークの御曹司に向けると、御曹司は自分を見て動揺したように目を見開いた。

「お前は、学園に潜入していたフォルドの夜明けの工作員、ノレア・デュノクだな。ここには何をしに来た」

「決まっている。私たちアーシアンの無念を晴らすためだ」

感情が迸るままに、高い天井に向かって銃を1発撃った。ヒィィと近くにいたスペーシアン達から悲鳴が上がり、「ノレア、やめるんだ!」なんて彼の声がするのが鬱陶しい。顔色を変えて前に出ようとした彼を手で制した御曹司は一歩前に出た。

「…俺はクエタ襲撃テロに巻き込まれた後に紆余曲折あってフォルドの夜明けに拘束されていた。拘束されていたときに小耳にはさんだが、オルコットが連絡の取れなくなった少女のことを心配していた、おそらくお前のことだろう」

オルコットが…?予想外の名前が出てきたことに動揺して、一瞬動きが止まってしまった。その間にも御曹司の話は続く。

「お前たちアーシアンの怒りが分かるとは、俺は口が裂けても言えない。だから俺は俺の方法で罪を償うよ」

「ノレア・デュノク。お前が死んだら悲しむ人がいる。だからもうやめるんだ」

銃口を向けられた御曹司は痛ましいようなものを見るような視線を向けてきた。とても銃を突き付けられたような人間のする顔ではない。学園で暴れたときに彼に「死に急ぐな」と声を掛けられたのを思い出す。頭の中がザワザワする。やめろ、何でそんな顔をする。ずっとノレアはスペーシアンが憎くてしかたなかった。だってスペーシアンは何も考えずにアーシアンを殺すから。スペーシアンは心に血の通ってない外道どもだから。少なくともノレアの中ではそうだったし、これからもそうでなくてはいけないのだ。だって、スペーシアンが悪くなかったら殺されたソフィと同胞達の怒りはどこへ向けたらいいの?

それ以上何も考えたくなくて、気付いたら銃を乱射していた。血しぶきが舞い、御曹司と彼が被弾して倒れる。自分の口から「ぁ」と気の抜けたような音がした。

「ッ、グエル!ノレア、もうやめろ!」

「うるさいうるさいうるさい!スペーシアンのくせに!」

被弾した箇所を片手で抑えながら、彼が凄まじい速さで懐から銃を出し、震える手でこちらに向けようとする。ノレアは撃たれる前に引き金を引き、彼の緑色の瞳と視線が交差した。

永遠にも感じられるほどの永い一瞬だった。彼が、無傷のノレアを見てどこか安堵したように笑いながら崩れ落ちた。

「あ……」

ノレアは最期に彼が笑った理由が分かってしまった。

彼は、ノレアを撃ち殺さなかったことに安心して、笑ったのだ。


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