ネリネさんと絵を描こう!
ユニオンサークル。
ポケモンセンターの隣に設置されている装置で主催側が決めた合言葉を入力すると、最寄りのポケモンセンターに転送される。
みんな普通に使っているけど、その仕組みは誰も知らない。私はネム。知らない事は調査しなければ気が済まない!
そんな訳でユニオンサークルをもっと利用してみる為、掲示板で募集を掛けてみた。
目的はなんでも良いけど「交流」を選び、備考欄に自分のプロフィールと「一緒に遊びませんか?友達募集中です」と記載すると
ありがたい事にいくつか反応を貰えた。1番最初に書き込んでくれた方に合言葉を送ると転送が始まる。
その方の名前は…
「はじめまして〜、ネリネと言います。よろしくね〜」
第一印象は癒しのオーラを纏った優しそうでオシャレなお姉さん。
愛想よく微笑んで手を振ってくれる姿は天使みたいで、一瞬で好きになってしまいそうになる。
「私はネムと申します!初めまして!10歳です!こちらこそよろしくお願い致します!!」
失礼が無いようビシっと気をつけをして勢いよく頭を下げた。
「わたしは14歳。でもそんなにかしこまらなくって良いよ〜」
「ありがとうございます。ネリネさんは優しいですね、それに名前の通り白いネリネの花みたいに綺麗な人でちょっと緊張します。
秋服の着こなしやメガネの合わせ方もオシャレですね!!」
「褒めすぎだよ〜…でもありがと〜ネムちゃんも秋服似合ってるよ。今日は何して遊ぼっか〜?」
「二人で絵を描くとかどうでしょう?」
「いいよ〜 ネムちゃんも絵を描くの好きなの?」
「笑っちゃうくらい不器用なので上手ではないですけど美術は好きです。
それとネリネさんのプロフィール見たら特技にスケッチとあったので、絵を見てみたくて」
「そう言われるとプレッシャーだな〜…何描こうかな……」
「イーブイとかどうです?実はちょうど今イーブイが大量発生してるんですよ!」
ネリネさんがポケモンセンターの外に目をやると、そこはイーブイ、イーブイ、イーブイだらけのイーブイ天国。
「えっ!?本当だすごい!!珍しいね〜!かわいい〜!!」
沢山のイーブイにネリネさんの表情がパァっと明るくなり喜んでくれてるのが分かる。
事前にプロフィールに目を通しイーブイの大量発生が出るまで粘って良かった。
ネリネさんが苦手なワナイダー対策として朝食にノーマル遭遇パワーのサンドも食べてある。
所々ニャースとペルシアンも混ざっているが…まあモフモフには違いない、問題ないだろう。
「じゃ、のんびりピクニックでもしながら描きましょうか。
お昼はサンドイッチ作っても良いですし、チャンプルタウンのそばなのでお店でご飯も良いですね。
実はスイーツ屋さん多いんですよ!アイスにクレープ、チュロスはチャンプルタウンだけで売ってるそうですよ」
「そうなんだ〜ここのチュロス美味しいよね。う〜ん…色々ありすぎて迷っちゃう……。
宝食堂のお汁粉は食べた事ある?美味しいからオススメだよ〜」
「ないです!オススメなら食べてみたいです!!お昼宝食堂にしません?」
「いいよ〜ネムちゃんは即決だね〜」
そんな会話を交わしながら、二人分のピクニックテーブルをくっつけて、椅子を置いて、バスケットを配置し
それぞれのポケモンを出していく。
私の手持ちは、マスカーニャ、ラランテス、色違いのドレディア、コータス、キノガッサが2匹
ネリネさんは、ラウドボーン、ドオー、レントラー、ブースター、コノヨザル、ヌメルゴン
ネリネさんの手持ちは大人しい性格の方が多く少し人見知りしているようで緊張を解くためネリネさんが優しく声を掛けたり撫でたりしている。
一方私の手持ちはボールから飛び出すとそれぞれバラバラに好きなことをしだし、平気で寝たり光合成をしている。
構築として見ても対面や積みの私に対してネリネさんは受けを得意とする防御の高いポケモンが多い印象で手持ちポケモンでも、性格の違いを感じて実に面白い。
特に仲が良さそうなのはブースターでネリネさんを守るように側に居る。古くからの絆を感じ、その姿にジョウトで別れたお父さんのチコリータを思い出した。
「ネリネさんは何か好きなものとかありますか?」
「好きなもの〜?ブースターみたいにふわふわもふもふ〜なポケモン!」
ネリネさんがそう言うとブースターは嬉しそうにジャンプした。
「確かにネリネさんちはふわもふなポケモンが多いですね…うちでふわもふなのは……このポケモン見た事あります?」
私はボックスからいつもレイドでお世話になってるポケモンを出す。
「わ〜ニャイキングだ!」
パルデアに生息していないポケモンなのにネリネさんは一目で当てた。
「大正解!よくご存知で!!名前はもけもけです」
「可愛い名前だね〜わたしガラルで育ったからこっちのニャースの方が見慣れてるの」
「へー!ガラルから!!確かバトルが盛んな地域なんですよね!アカデミー卒業後行ってみたい地方の一つです。詳しくお話を伺っても?」
前のめりに質問をぶつけると、もけもけを撫でるネリネさんの表情が少し陰り「そう…だね……ガラルか」と先ほどまでの温かく柔らかな雰囲気が消え、重く暗い声色で呟いた。
ガラルで何かあったんだろうか…私だってジョウトから引っ越したのは前向きな理由ではない。
ただの雑談で無理に聴きたい話ではないので慌てて学校の話に話題を変える。きっと色々あるのだろう。
「学校…昔は好きじゃ無かったけど、でもパルデアに来てからは楽しいよ〜」
ネリネさんの声がまた元の朗らかな調子に戻り安心する。
暫く沈黙が続き、シャーペンが紙を滑るシャッシャッという音が聴こえる。
私もフィールドノートと製図ペンを取り出しイーブイを観察してスケッチを始める。もうお互いの顔を見ていない。
「学校楽しいけど数学は苦手だな〜…はぁ〜次のテスト嫌だ〜もう追試はいやだよ〜」
「ちゃんと勉強したら大丈夫ですよ。ネリネさんなら大丈夫です!」
「大丈夫じゃないよ〜……ネムちゃんは勉強してる〜?」
「してますよ。入学してからずっと全部満点なので満点以外取らないチャレンジしてます」
「ええ〜!?会ってみて頭良さそうだな〜って思ったけど本当にすごいね〜…」
「すごく無いですよ。1年の問題簡単ですし、同い年の中では頭良いってだけで大人の頭良い人には遠く及びません」
「簡単か〜………」
ネリネさんの手が止まる。
「わたしも1年生なんだけど…」
「……すみません」
今日の私は人の地雷を踏んでばかりだ…。相手の心を傷つけない為の方法はどうやったら学べるんだろう?
全科目満点とり続けるより余程難問に思えるが、多分ネリネさんは感覚的にそれができる人なんだろうな。
当たり前にそれができる人にとって、できない私はどう映っているんだろう。
「…もし嫌じゃ無かったら次は勉強会します?数学はちょうど別の人にも教えてるので教えられると思います!」
「う〜ん……そこまでしてくれなくても…」
「嫌なら断ってください。遠慮ならしなくて良いです。
私は私が楽しいだけじゃなく、一緒に居る人にも楽しんで欲しいってだけなので。
楽しいことはやりたいし、楽しくないことは楽しくなるようにしたい」
「ありがとう。……パルデアに来て、うじうじはやめるって決めたのに…ごめんね。絵はどんな感じ?」
「いま描けました!」
「えっ早いね〜!?見ても良い?」
「どうぞ」
フィールドノートをネリネさんに手渡す。思えばこのノートを人に見せるのは初めてだ。
私のイーブイに影はなく、迷いの無い1本の連続した線で大きく描かれている。
いくつかページを捲ると色々な角度で描かれたイーブイ。そこに比率や平均的な大きさ等気がついた事がメモ書きされている。
上手くなく、絵として誰かの心を動かす魅力は無いが、図としてイーブイの構造を伝える目的は果たせる。
そんな面白味の無い科学スケッチ。
ネリネさんはパラパラページを捲ったあと、ノートを返してくれた。
「すごいね。迷いがなくって、真っ直ぐで、正確で、沢山描いてて…本当にすごい」
「ありがとうございます!ネリネさんのも見て良いですか?」
「まだ描けてないから後でね〜…前描いたので良かったら」
ネリネさんがスケッチブックを見せてくれる。描かれているのは秋のメブキジカ。
陰影からどっしりとした存在感と強さを感じ、繊細なタッチから暖かみと柔らかさを感じる。
白黒なのに色彩が感じられて、どの絵からもポケモンの柔らかさと温度を感じる。
上手いだけでなく優しい絵を描く人だな…そう思って、スケッチブックを返す時そのまま伝えたら恥ずかしそうにしていた。
「ごめんね描くの遅くて…」
「私のとはクオリティが違いますから。次はネリネさんの顔を描いてみたいんですが、良いですか?」
「恥ずかしいけど…いいよ〜」
「ありがとうございます」
真剣に絵を描くネリネさんの顔を観察する。垂れ目気味のアイライン、まつ毛は目尻に多く二重。
それを縁取る黒の眼鏡は目の印象を強調する効果がある事に気づく。
右側だけ垂らしたアシンメトリーな前髪、左口元にあるホクロ。リップは薄いピンクで紫の瞳とよく合っている。
ネリネさんのメイクにはそう見せたい自分、あるいはそうなりたい自分に近づく為の工夫が見て取れて、だから魅力的なんだと気付かされる。
魅力的な人だから好かれたいって気持ちが先走って余計なことを言って、かえって嫌われてしまったかもしれない。
魅力的な人に嫌われてしまうのは悲しいけど、今日は会えて良かったな…そんな風に感謝の気持ちを込めて描いていく。
「ネムちゃんはさ」
描く音とポケモンの寝息だけが聴こえている中、ネリネさんが話し出す。
私は彼女の真剣な表情と声色に描く手を止めたが、ネリネさんは描きながら話を続けた。
「やりたい事が決まってて、それに向かってまっすぐって感じで…。
わたしの周りの人もね、そうなんだけど…わたしは違くて…それが最近の悩みなんだ」
「………なるほど」
「課外授業あったでしょ?「宝探し」って言われてたのに、終わってから余計に迷っちゃって…。
将来の夢もポケモン生態の研究者に揺らいでるけど、画家やアカデミーの先生にもなってみたい。
……優柔不断だよね。そもそもなれるのかなって、このままじゃ結局何にもなれないんじゃないかって、不安なんだ…最近ずっと…」
多分、今日はその不安を忘れようと、楽しい日にしようと思って遊びに来てくれたんだろう。
それなのに私の存在そのものがネリネさんの悩みの種を刺激してしまったんだ。
「…ネリネさん!」
沈んだ空気をかき消すように少し大きな声を上げる。ネリネさんとネリネさんの手持ちポケモンが驚いて私を見ている。
「それって、絵を描く事と似ていると思うんです」
ネリネさんはキョトンとした顔で私を見ているが、ちゃんと聞いてくれている。
私の話は突飛でいつも人をキョトンとさせてしまう。でも、それでも、聞いてくれてる人に言いたいことが伝わるよう言葉を選んでいく。
「絵はただ色を乗せたり描き込む程いい絵になるわけじゃない。
それを選ばないという選択も同じくらい難しく…大事ですよね。
ネリネさんはいつもどうやって絵を描いてますか?」
これはネリネさんを元気付けて安心させる為の言葉じゃない。
私は教えてくれた悩みに対して真摯に、思ってることを素直に伝える。
「自分の感覚を全部研ぎ澄ませて、心の動きを感じて…そうすれば、絵を描くように
自分が今何を1番大事にしたいか少しずつ見えてきます。
…少なくとも私はそうです。
どこに配置してどこに線を引く?色はどんな色?綺麗じゃなくたって、写実的じゃなくたって、下手だって良い。
ただ心が動く方を。自分が気持ちいいって思える方を選んでみると、完成した物に納得ができる。
そういう選択ができた時点で勝ちで、失敗なんてないと思うんです」
沈黙。初対面で年下のくせにこんな偉そうな事を言って嫌な気持ちにさせて無いか、少し怖い。
でも、伝えるという選択をした事に後悔は無い。目を逸らさず見つめ続ける私にネリネさんは微笑みかけてくれた。
「そんな風に思えるなんて、羨ましい」
「私だって!私だってネリネさんが羨ましいです」
「わたしが?」
「私は…ネリネさんにはなれないから。
決めてしまうということは…選ばなかった方を捨てる事でもあります。
選べないのは全部がネリネさんにとって捨てたくない、大事な物だから。
……じゃないでしょうか?」
「……そっか」
ネリネさんが思いっきり伸びをして立ち上がる。
「あ〜いっぱい考えて絵描いてお腹空いた〜!!休憩にご飯行こ!甘いもの食べたい〜」
「はっ、はい!お供します!!」
「ネムちゃん手つないでいい?お昼時で混んでるだろうから」
「喜んで!」
手を差し出すとネリネさんはぎゅっと握ってくれた。なんだか、ただそれだけで嬉しくなってくる。
そんな風にされたのは、もっとずっと小さな頃…3歳とか4歳の頃ぶりだから。
早く大人になりたくて捨ててしまった選択肢を、今選べたみたいな。不思議な気持ちだ。
宝食堂に着くとネリネさんは最初にお汁粉を注文したので驚いた。最初にデザートなんて考えた事も無かった。
帰ってきてからも自分でお店で売ってるみたいなフルーツサンドを作っていて、本当に甘いものが好きなんだなあと感心する。
最初のぎこちなかった時間が嘘みたいにあっという間に時間が過ぎて、別れ際ネリネさんが今日描いた絵を見せてくれた。
それは可愛くてもふもふなイーブイ…と、それを観察している私の絵だ。
…顔が怖い。こんな怖い顔でジロジロ見ていたのか…考え直す必要があるな。
ネリネさんは、真剣でかっこいいネムちゃんって言ってくれてるけど…正直申し訳ない。
「もう1枚描いてるよ〜」
捲るとアホみたいな満面の笑顔で笑っている私。
「わたしはどっちのネムちゃんも素敵だと思うな〜」
そんな風に言ってもらえて自然と口角が上がる。多分気持ち悪い顔を今している気がする…恥ずかしい。
顔を見られたくなくて自分の描いた絵をネリネさんに「あげます」と半ば押し付けるように渡す。
それはいつもの化学スケッチでなく、美術としてのスケッチ。いつもは入れない影と色を付けた写実的な図でなく、写生した絵。
優しそうにも不安そうにも見える表情で、目は力強く前を向いているネリネさんの横顔と周囲に咲き誇るピンクと白のネリネの花。
「…ありがとうネムちゃん。ネリネの花言葉知ってる?それがわたしの気持ちだよ」
「忍耐…?」
「違っそれじゃないやつ!」
「……これ、勘違いだったら恥ずいなぁ…『また会う日を楽しみに』」
「せいか〜い」
「…当てたけど恥ず。私を照れさせて遊んでません?」
「そんな事ないよ〜 照れてるネムちゃん可愛くて好きだけどね〜またね〜!」
「うう〜…今日はありがとうございました!また!!」
手を振り元の場所へ転送されるネリネさんを見送って、貰った2枚の絵を見る。
私が関わったからと言ってネリネさんの現実は変わらない。たった1日で私なんかが彼女の心を動かせたとも思わない。
彼女は強くて美しい人だから、今日私に会わなくたって一人で悩みと向き合えた筈だ。
それでも彼女の人生に立ち会えた事を嬉しく思う。
彼女から貰ったアホ笑顔の私を見てると、毛玉に包まれているような柔らかい気持ちになり、何もかもが幸せにふはふはと緩んで浮き足立つ。
するといつもの堅苦しい気取った言い回しで色々考えるのがアホらしくなってくる。
…たまには子供の日記らしく締めようじゃないか。
今日は、ネリネさんにいっぱい遊んで貰って楽しかったです!おわり!!