ネムリキノコ

ネムリキノコ


 彼女に対して"そういう気持ち"を抱くようになったのはいつからだろう。

 無垢な彼女の、それ故の無自覚な煽りに何度耐えてきたのだろう。

 正直な気持ちを吐露すれば、襲ってしまいたくなることは何度もあった。

 だけれども、その度に大切な彼女を傷つけたくない、無垢な彼女を穢したくないと必死に己を律してきた。

 我慢が限界を超えようとするたび自分で処理し、彼女でしてしまった事に自己嫌悪を抱くが……それでも、本人にしてしまうよりはマシだと思えた。

 彼女は自分を好いてくれているし、自分も彼女の事が大好きだ。

 告白しよう、と思う事はあったものの……もし、彼女の好きが自分の思っている好きとは違う……異性としての好きではなく、身内や家族……弟に対する好きであり、無防備な彼女の行動も弟だから気にしないというものであったのならば。

 自分が告白したことで今の関係すらなくなってしまいそうで、我ながら情けないとは思うが一歩を踏み出せないでいる。


 そうした日々が続く中、いつものように抱き枕にされ、色々と感じる――柔らかさや体温や息遣いや香り等に耐えきれなくなってトイレで処理しようとしたとき、それは起こった。

「抱きまくら〜……」

 と、彼女が抱き着いてきたのだ。……どうやら寝ぼけているらしい。

 人肌の温もりを備えた、手ごろな硬さと大きさの物体を逃すまいと腕にこめられた力は弱くはなく、すぐには抜け出せそうにない。

「んー……枕が暴れる……ギュ~」

 起こさないよう慎重に、かつ迅速に抜け出そうと画策していると眠りながらもそれ を察知したのか、ぎゅっと体を掴んできた。

 ……非常に、非常に運の悪いことに、勃起したモノをその手のひらに収めるようにして。

「!? おま、ソコ……!!」

 思わず窘める声を出すが、起こしたくないのとソコに触れている彼女の指に意識がいってかなりの小声になってしまった。

「ん~……」

 彼女は寝ぼけたまま、その"硬さ"に満足しているのか大人しくなった。

 この状況に自分が大人しくなったのも大きいだろう。

 一方こちらはそんな呑気な事を言っていられる状況ではない。

「待て、待ってくれ、そこはやべえ……!!」

 彼女の指が、手がもぞもぞと動くだけで自分でする時とは比べ物にならない快感と興奮が湧き上がってくる。

 いや、だめだ。彼女を、それも寝ている彼女を穢してしまう事なんてできない。

 起こしてしまうのも論外だ。

「本当にやめ…………あ…………」

 そうして。

 どうにか脱出しようと必死に考え足掻いたがそれも虚しく、パジャマの中に盛大に放ってしまっていた。

「うっ……ぐっ……ふぅっ……うぅ……」

 トイレで処理していた時とは違う、長く大量の吐精。

 すぐそばにいる彼女の肢体、香り、寝息、温もり……なにより、自分のソレに触れていた彼女の手指。

 否が応にも興奮する、興奮してしまう材料が揃い過ぎていた。

「…………」

 そうして射精が終わった後、股間を中心に感じる液体の存在に何とも言えない嫌悪感と、それ以上に自分に対する自己嫌悪とですぐれない気分の中、彼女の拘束から抜け出す。

 着替えと軽いシャワーを済ませ、念のためベッドや彼女に自分が出したものが付着していないか確認し、朦朧とした頭で自分も眠りにつく。


 翌日の朝。

 彼女はやはり昨夜のことは覚えていないようで心底安心したが、忸怩たる思いは少しも晴れない。

 そうして中朝の挨拶を交わしていると彼女の口から信じがたいことが発せられた。

「なんか手から変なニオイするんだよね」

「!!!!……手を洗った方がいいんじゃねェか!?」

 スンスン、と鼻を鳴らして自らの手を嗅ぐ彼女の発言に動揺しつつも、それを悟られぬように助言をする。

 物理的な痕跡が残ってないかだけを気にしていたが、ニオイが残っているのは盲点だった。

 昨夜の時点で冷静にそこに思い至ったとしても、具体的な対策ができたかどうかは疑わしいが……それでも、なにかしらできたかもしれないという後悔の念が渦巻いてくる。

「そうだね~……でも」

 何かを思案する様子の彼女に、バレているのでは? と戦々恐々ながらも先を促す。

「ど、どうした?」

「私嫌いじゃないかもこのニオイ!」

「!!!!」

 そうにこやかに、本当に嫌いではないという事がわかる笑顔でそう言ってしまう彼女に対し、自分は――。


 その日は一日をどう過ごしたか、まるで覚えていなかった。

 気づけば夜、昨日と同じように彼女と同じベッドに寝ている。

「むにゃむにゃ……」

 気持ちよさそうに眠っている彼女を前に、自分はズボンも下着も脱ぎ去り、彼女の顔の前に勃起したそれを突き出してしまっているという明らかな違いを除けば、だが。

 魔が差した、などといういいわけはしない。

 昨日の感触と、今朝の言葉。その両方でナニカを期待してしまってこんなことをしているのだ。

 だが、己の一物を彼女の顔の前に持ってきて冷静さが戻ってくる。

 あれだけ傷つけまい穢すまいと耐えてきたのに、昨夜のたった一度の事故であっさりとそれを放り投げてしまうのか。

「あんな事言われたからって、下脱いでなにやってんだおれ……」

 自分はなんて賎しく浅ましい男なのだろうと、彼女から離れようとしたその時。

「ん〜……あむっ」

 嫌いではないと言っていたその言葉通りに、ニオイにつられたのか彼女が頭を動かし、口に含んできたのだ。

「!!!!」

 頭の中で期待してなかったと言えば嘘になるが、現実的に考えてあり得ないともおもっていた、ソレ。

 驚き出そうになる声を抑えたものの、次に知覚したものの方が破壊力が大きかった。

 先端を包み込む温もりと滑り。なにより、勃起した己の一物を、あの彼女が、口にくわえているという事実。

「っ……!!!!」

 あまりの気持ちよさに、背筋を何かが這うようなゾワゾワとした快感が突き抜ける。

 もっと根元まで加えてほしいと動かしそうになる腰を必死に堪え、喘いでしまいそうになる口を必死に紡ぐ。

 大丈夫、まだ先端を含んでいるだけ。ここから慎重に引き抜いてしまえばまだ……。

 そう思っているものの、動けない。

 下手に動いて射精してしまったら大変だ。彼女を起こしてしまうかも。タイミングを見計らって。

 頭のどこかで冷静な自分がそう分析……いや、言い訳を重ねていく。

 もちろんこれ以上起こる前に状況を終了させたいという気持ちはある。

 だが、それ以上に気持ちいい、もっと味わっていたい、いっそのこと最後まで――。

 そういった邪な考えが深く、強く燻っている。

 その相反する思考とそれらを上塗りするかのような快感で動けないでいた。

「んぁ……むぐ……」

「っぁ……!!そ、れ……やべ……」

 そうして硬直していると彼女がより深くくわえ込んできた。

 今度は竿の方までいくらか飲み込まれ、先端に至ってはアイスを舐めるかのようにペロペロと彼女の舌でなぶられていた。

「っ……はっ……こし、ぬけ……」

 ともすればガクガクと震えだしそうになる足腰を必死に押さえつけ、寝ぼけた彼女の口から送られてくる確かな快楽を受け止め続ける。

 出してしまいたい。そんなことをすれば終わりだ。どっちみち昨日と違って今日の行為をした時点で終わりだ。終わりならいっそのこと。いや、終わろうが終わるまいがこんなこと――。

 快楽に従いたい本能と、それでも彼女を大事にしたい理性。

 現状を変えない限り絶えず刺激される快感はどんどんと上乗せされていき……当然、耐えきることなどできなかった。

「う゛っ、あ……あぁ……あ、う……」

「ふむ゛っ!?……んん……んっ……んぅっ……」

 頭の動きはほとんどなく、舌使いも決して激しいものではなかったが、昨日のアレを遥かにしのぐ快感によって彼女の口の中に放ってしまう。

 口の中を急激に満たすソレに彼女が一瞬咽るも、ゴクリゴクリと音をさせながら嚥下していく。

「あ゛ぁー……ぁー……」

 昨日、それまでの人生で一番といえる解放感と快楽の射精体験をした。

 今日、それすらも過去にするレベルの射精を今この瞬間にしている。

 本当に寝ているのか? 寝ながら精子を飲んでいるのはとても器用なのでは? 等と場違いな考えが頭の隅に浮かぶが、自分が出したモノを彼女が飲んでいるという事実の前には塵芥も同然だった。

 飲みやすいように舌で調整しているのか時折触れては腰がはねそうになるし、もっと奥まで突き込み頭を抑えたいという邪念を押し殺し、飲み下すときの口内の動きや吸い上げるような動作に魂ごと吸われていきそうになる中必死に意識をとどめ……。

 永遠に続くのではないかと錯覚するほどの射精が、ようやく終わった。

 これほどまでの長く大量の射精は相応の疲労も蓄積される。

 このままベッドに倒れ込み彼女を感じたまま眠りたくなるが、最後の気力を振り絞って後始末をする。

 とはいえ、できるのはベッドや彼女の表面に付着物がないか確認し拭きとったり、自分はシャワーなりなんなりで身ぎれいにすることしかできない。

 いくらなんでも、彼女を起こさずにどうにかする術は持っていないし、考えつかない。

 願わくは、起きた彼女が違和感を感じる前に、寝ぼけ眼で気づかない内にうがいや歯磨きをしますように、と祈るくらいしかできない。

 その祈りには、ニオイにすぐ気づいた彼女なら気づかないわけがない、という諦めも同居していたが。

「…………最低だ、俺……」

 連日感じた、上限値を更新するかのような快感。それと比例するように肥大していく自己嫌悪で泣きそうになるが、必死に堪える。

 思わず出たこの呟きを頭の中で幾度も反芻しながら、眠りにつく――。

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