ネタバレ出来ない悪役令嬢はちょっと大変
レイレイ※これはホビウタとライトノベル“現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変”のコラボSSです。
時代設定は2003〜2004年辺りで、主人公のお嬢様達が中学生位の時期のお話。
現実の日本とは少しだけ違う歴史を歩んだ平成の日本に悪役令嬢として転生した桂華院瑠奈。
前世知識を活かして膨大な富を手に入れ、そのお金をバブル崩壊で不景気に苦しむ日本を救うために惜しげもなく注ぎ込み、気がつけば10代前半で超巨大企業グループの長に成り上がってしまった少女。
富、名声、権力(力)、この世の全てを手に入れたと言っても過言ではないそんな彼女でも、思い通りにいかないことがあるのが世の中だ。
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「なんでよーー!!? これだけお金を入れてもなんでまだ取れないのよーー!!!」
「が、頑張って! 瑠奈お姉ちゃん!」
「これはもう諦めたほうがいいのでは…?」
「…(コクコク)」
学校帰り、親友の春日乃明日香、開法院蛍、そして妹分の天音澪ちゃんと私、桂華院瑠奈の四人は学園の近くにある桂華グループ系列のゲームセンターに遊びに行った。
ゲームセンター内にあるUFOキャッチャーの景品であるとあるぬいぐるみを欲しがった澪ちゃんの為に、長女の威厳を示すため私が挑戦したのだが、どれだけお金を投入しても《《彼女》》をUFOキャッチャーの檻の中から救い出せずにいた。
「待っててねウタちゃん、今そこから救い出してあげるから!」
「…瑠奈ちゃん目が据わってるわよ?」
「…(プルプル)」
私の気迫に押された明日香ちゃんと蛍ちゃんが若干引いているが関係ない。私は彼女を、麦わらの一味のマスコット“ウタ”を救い出す使命があるのだから!
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私、桂華院瑠奈は転生者だ。
かつてはしがない一般庶民として日本に生まれ、バブル崩壊から続く不景気でまともな職につくことも出来ず、リーマンショックの荒波で致命傷を負った日本の不景気の中でブラック企業で働き体を壊し、命を落とした。
かつて私の生きた日本とは少しだけ違う歴史を歩んだこの日本に、桂華院公爵家の娘として新たな生を受けた私は、この世界が私が前世で遊んだ乙女ゲームの世界であり、私がその世界で主人公に断罪され破滅する悪役令嬢であることを知った。
まあ、主人公に倒されるのなら本望なのだがそれはそれとして色々やった結果、今では日本有数のグループ企業となった桂華グループの実質的なオーナーになったのだが、その話をすると少なくとも単行本で4-5冊は必要になるので割愛する。
今重要なのはこの世界が、多少の差異はあっても私がかつて生きた日本とほとんど同じ世界であり、その同じには、様々なサブカルチャーも含まれるということだ。
何がファイナルなのかよくわからないファンタジーやもはやドラゴン関係なくない?なクエストのゲームが発売され、超大作アニメ映画は日本歴代最高の興行収入を叩き出した。
そして私が前世で愛読し、苦しい生活の中で心の支えとなった海洋冒険ロマン漫画“ワンピース”もまた、この世界でも少年ジャンプで連載され、今では押しも押されぬ日本で最も売れている少年漫画として漫画界に君臨している。
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「何やってるんだ、瑠奈?」
「人だかりが出来てて何事かと思ったけど、やっぱり桂華院さんだったか…」
「桂華院の奇行は今始まったことじゃないが、流石に店に迷惑じゃないか?」
UFOキャッチャーの前で奇声を上げながら筐体を操作している私に、背後から声がかかる。
可哀想な物を見る目で私を見ている三人は、この乙女ゲー世界の攻略対象だった。帝亜栄一、泉川裕次郎、後藤光也。私達と同じ学園で学ぶハイスペックなイケメン男子達であり、いつか主人公と共に私を断罪する男たちだ。
とはいえ今は、私と共に学習館学園で学ぶ仲の良い男子達だ。
そんな彼らに憐れみの目線を向けられるのは若干不本意なので、きちんと事情を説明したのだが…。
「いやこれ、頭の飾りに引っ掛ければ簡単に取れるだろ?」
栄一君の最低な発言が私を怒らせた!
「栄一君サイテー。女の子の大切な髪の毛を引っ張るなんて男の風上にもおけないわよ!!」
「いやこれ人形…」
「ウタちゃんは女のコよ!」
「いや桂華院さん、これ景品の玩具…」
「たとえ玩具でもウタは大切な仲間よ!」
「駄目だ、こうなった桂華院はどうしようもない…」
…しまった、ちょっと地雷を踏まれ過ぎてヒートアップしすぎた。
「…ごめんなさい、ちょっと興奮しすぎたわ」
「まあそれはいいんだが…」
ちょっと気まずくなった私と栄一君の空気を察した裕次郎君が、雰囲気を変えるために私に質問する。
「そういえば桂華院さん、ワンピースというかウタのことになるとよく興奮するよね」
「確かにな。それにマスコットなら横にチョッパーのぬいぐるみもあるのに目もくれずにウタを取ろうとしていたな」
光也くんも気になったのか裕次郎君に続いて発言する。
UFOキャッチャーの筐体には、ウタちゃんの他にもワンピースのマスコットキャラであるチョッパーのぬいぐるみもいて、実はウタちゃんよりチョッパーのぬいぐるみの方が人気なのか残りが少なかったりする。
「チョッパーが嫌いな訳じゃないけど、ウタちゃんは特別なのよ。ね、澪ちゃん!」
「は、はい。それにもともとウタちゃんの人形が欲しいと言ったのは私でして…」
私が水を向けると、澪ちゃんが少し恥ずかしそうに答える。
「ああ、そうだったのか。俺はてっきり瑠奈のやつがまた暴走したのかと」
「ちょっと、酷いわよ!?」
「だって、ねえ…」
「前に喫茶店でワンピースの話題になった時に帝亜が“ウタはいてもいなくてもいいキャラだろ”といったときのお前の怒り様を知ってるとな…」
「…瑠奈ちゃん、帝亜君たちにも文句を言ってたんだ」
「うぅぅ〜だってぇ〜」
栄一君達や明日香ちゃんが私を呆れた目で見ている。
確かに、傍から見れば私のウタちゃん愛は異常なのかもしれない…。
大人気少年漫画“ワンピース”。1997年から連載を開始したこの漫画に私は前世でも、転生した今世でも魅了され続けている。
主人公ルフィと彼の率いる麦わらの一味の痛快な冒険譚は、私にとってとても眩しく、そしてワクワクする物語だった。
そんな麦わらの一味の仲間達の中で、私が一番好きだったのが一味のマスコットである生きた人形“ウタ”だった。
私が彼女に惹かれたのは、はじめは単に私が歌が好きだったからだ。でも読み進めるうちに、歌が好きなのに自らは歌うこともできず、力不足で仲間を助けられなくてもどかしい想いをするウタに、自らの境遇を重ねて惹かれていったのだ。生活苦で歌を仕事にできずいつしか歌うことを忘れてしまった自分を、いつしか健気に仲間達を助けようと奮闘する彼女に投影していたのだと、今なら思う。
だからこそだろう、前世の私の晩年に巻き起こったあの騒ぎは、もはや人生に絶望していた私にとって数少ない幸せな思い出になったのだ。
頂上戦争で兄を救えなかったルフィが、2年間の修行を終えて再開した新世界での冒険。最悪の世代の一人“トラファルガー・ロー”と同盟を組み、四皇カイドウを倒す為の準備の一貫として訪れた“愛と情熱と玩具の国”ドレスローザで発覚した衝撃の事実は、私のような一般読者だけでなく、日本全体を、それどころか世界すら震撼させた。
ドレスローザを訪れたルフィ達が目にした、人と共存する“生きた玩具”達。この島こそが謎だったウタの故郷であり、漸く彼女の正体が判明するのかと、私を含めた多くの読者はワクワクしていた。だが同時に、ドレスローザ編の冒頭で書かれた「麦わらの一味の“マスコット”ウタ、最後の冒険」という一文に、かつてのメリー号と同じように、ウタとのお別れが近づいているのかとワクワクと同じくらいに恐怖に身構えていた。
そんな読者に叩きつけられたドレスローザの闇。人間と同じように生きている玩具の正体が、本当は“人間”だったという悍ましい真実。そして悪魔の実の能力で玩具に変えられた人間は他の全ての人々の記憶から消えてしまうという設定に多くのファンは衝撃を受け、そして多いに盛り上がった。
連載から約15年、作中の時間でも12年間もルフィの側に居続けた彼女は本当は何者なのか。“ルフィの母親説”や“姉(妹)”説、“全く関係ない一般人説”など、様々な考察がインターネット上を踊った。
そして作中でも、大切な仲間を人間に戻すために奮戦する長鼻の狙撃手に、読者である私達もまた声援を送り、彼が悲劇の元凶を、ホビホビの実の能力“シュガー”を顔芸で気絶させた時、私達読者は笑いとともに喝采を送った。
だがそこまでも衝撃も興奮も、記憶の戻ったルフィの視点で始まった過去回想に比べればまだまだ前菜だったのだと、私達は思い知らされた。
赤髪のシャンクスと出会う前、まだ何者でもなくそれどころか海賊を嫌ってさえいたルフィが初めて出会った“海賊”の少女ウタ。
赤髪のシャンクスの“娘”であり、フーシャ村でルフィと何度も勝負を繰り返し、彼が“夢の果て”を思い描くきっかけとなった、ルフィというキャラクターの根幹に関わる少女。
歌が好きで、父親のシャンクスや赤髪海賊団に可愛がられ、ルフィと仲良く勝負をする彼女の姿を漫画で読んだ私達の衝撃がどれ程のものか、説明するのは難しいだろう。
そんな彼女がシュガーと出会い、玩具にされてしまったことで物語は第一話に繋がってゆく。
父親からも、家族同然だった海賊団の皆からも、そして幼馴染のルフィからすら忘れられ、大好きな歌も歌えなくなったウタ。悲しみと無力感に苛まれ、もはや生きる気力を無くした彼女の心に再び焔を灯した主人公の言葉に、私達読者は涙した。
15年間、伏線をばら撒きながらも決定的な真実を隠し通し、とてつもないインパクトと共に明らかにされた“ウタ”の真実は、日本中を駆け巡り、それどころかフランスの大統領府が声明を出すという訳のわからない展開に発展したのは、今思い出してもいい思い出だ。
呪いを解かれたヒロインが、主人公と共に元凶となった巨悪を打ち倒す美しい物語は、きっと前世の世界でも語り草になっただろう。まあ前世の私は、ドレスローザ編が終わるのを見届けた辺りで肉体の限界を迎えて転生してしまったが。
「アニメで見たかったなぁ…」
「…? どうした瑠奈?」
「あ、何でもない何でもない。ちょっと上の空になっちゃっただけよ」
物思いに耽り、ボソッと呟いた私の独り言を聞き咎めた栄一君に、誤魔化すように手を振りながら答える。
そう、私は…おそらくワンピース原作者と編集担当、そしておそらくアニメ制作の上層部のみしか知らない真実を私だけは知っているのだ。
今の段階では誰も知らない特大の《《ネタバレ》》を誰にも言えない筆舌に尽くしがたいもどかしさに、ワンピースの話題になる度に襲われるのだが、あの衝撃と感動をリアルタイムで経験して欲しいと私の魂が切実に訴えているので自重しているのだ。まあ、そのせいでワンピースの話題の度に奇行を繰り返すことになるのだが、仕方ないだろう。
そんなこんなで私の思考が別世界に旅立っている間に、男子達もまたはウタのぬいぐるみを獲得するために試行錯誤してくれていたようだ。
「くそ、思った以上に難しいぞ」
「うーん、頭の飾りを掴まないで取るとなるとこのアームの力だとすぐ落ちちゃうね」
「……取れたぞ」
そして複数回の試行の末、光也くんが上手く頭の飾りを避けてウタのぬいぐるみを獲得した。
「ありがとう、流石は光也くん!」
「ありがとうございます、光也お兄さん!」
私と澪ちゃんに褒め称えられた光也くんは、そっぽを向きながらも顔を赤らめていた。…かわいい。
そして光也君にコツを教わった私と栄一君もウタのぬいぐるみを獲得し、満足してその日はお開きとなった。
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その日の夜、九段下の自室でウタのぬいぐるみを抱きしめながら私は歌を口ずさむ。
♪この風は どこから来たのと♪
♪問いかけても空は何も言わない♪
前世の私も、ウタのぬいぐるみを持っていた。けれど苦しい生活の中でいつしか大切にしていたそのぬいぐるみも手放してしまっていた。
♪この歌は どこへ辿り着くの♪
♪見つけたいよ 自分だけの答えを♪
♪まだ知らない海の果へと 漕ぎ出そう♪
苦しい生活の中で、ウタの真実を知った私は喜びと共に嫉妬もした。自分と同じように歌えないと思っていた存在が、呪いを解かれ、そして仲間を守る為に歌い、巨悪を打ち倒すその様子に、感激と共に自らの惨めさを思い知らされたから。
♪ただひとつの夢 決して譲れない♪
♪心に帆をかけて 願いのまま進め♪
♪いつだってあなたへ届くように歌うわ♪
♪大海原をかける新しい風になれ♪
前世の私は、あの物語の先を知らない。ドレスローザでドフラミンゴを打倒したルフィとウタ達が、その先でどんな冒険をするのか。ルフィの夢の果に何があるのか、命を落とした私はそれを知らない。
♪それぞれに 幸せを目指し♪
♪傷ついても それでも 手を伸ばすよ♪
私は過去に想いをはせる。
『北海道拓殖銀行を買収するわ』
今の私が、こうして九段下のビルの最上階に住むきっかけとなったと言える出来事。
あのとき私を突き動かしたのは、私が惨めに寂しく死んだ前世の、そんな社会を産んだ“時代”への怒りだった。悪役令嬢として、そして先の世界の破滅を知っているが故に“時代”なんてどうしようもないものに負けたくなくて、私は安穏を捨て去って“時代”に戦いを挑んだ。
♪悲しみも強さに変わるなら♪
♪荒れ狂う嵐も越えて行けるはず♪
♪信じるその旅の果まで また会いたい♪
私の選択が正しかったのかは分からない。私が必死に戦っても、ワールドトレードセンターにはハイジャックされた飛行機が突っ込み、イラクでは泥沼の戦争が続いている。
それでも、前世の私のような人間を一人でも減らすために、私はこれからも戦い続けるだろう。
例えその先が、約束された破滅だとしても。
♪目覚めたまま見る夢 決して醒めはしない♪
♪水平線の彼方 その影に手を振るよ♪
♪いつまでも あなたへ 届くように 歌うわ♪
♪大きく広げた帆が 纏う 青い風になれ♪
それでも、私のように未練を残しながら逝く人が減らせるならそれが私の勝ちだから。少なくとも、大好きな漫画の結末すら知ることができず死んでしまうなんて、嫌だったから。
♪ただ一つの夢 誰も奪えない♪
♪私が消え去っても 歌は響き続ける♪
♪どこまでも あなたへ 届くように 歌うわ♪
♪大海原を駆ける 新しい風になれ♪
例え私が破滅しても、きっと残るものがある。
少なくとも私は破滅しても、きっと歌うこともできるし、このぬいぐるみを取ってもらったような楽しい思い出は、きっと心の中に残り続ける。
「おやすみ、ウタちゃん。《《今度は》》絶対に失くさないからね」
ウタのぬいぐるみを優しく机に置いて、私はベットに潜り込む。
さあ、明日からもまた戦い続けよう。この“時代”に打ち勝つために。