ネイクノ2
「おまたせ」
お手洗いから戻ったアタシは、ベンチで待ってたイクノに声をかけて、右手を差し出す。アタシを待ってる間、イクノはずっと手元の眼鏡ケースを撫でてた。
いや、本当にゴメン。もちろん故意じゃないけど、イクノの眼鏡を壊す直接の原因を作っちゃったのはアタシだから、どうしても後ろめたくなる。
代わりに今日一日は一緒にいるって約束したけど、逆に迷惑だとか思われて……ないよね。
「……大丈夫? 立てる?」
「え、あ……はい」
眼鏡ケースを鞄にしまうと、差し出した手を取って立ち上がる。普段から声が大きい方じゃないけど、いつも以上にか細い声だったと思う。
「……少しだけ、怖かったです」
「イクノ?」
「周りも良く見えず、ネイチャさんとも離れて……少し、心細かったのかもしれません」
「うん、ごめんね」
「いえ。 一緒にいてくれて、ありがとうございます」
そりゃ、心細いよね。アタシも知らない場所に一人で取り残されたりとか、体調悪い時に部屋に一人きりだとどうしても弱くなるから。
目は良い方だから、眼鏡を外した時のイクノの視界はよくわからない。それでも、唯一拠り所になってたアタシがいなくなって、見知ったトレセンの中庭とはいえ周りも良く見えなくて……普段は落ち着いてるイクノだって、少しくらい弱くなるのが当然だと思う。
普段のイクノからは考えられなくて、ギャップがあって……
……ヤバ。変なこと考えてる、アタシ。サイテーだ。
「暖かいですね」
「そうかな? アタシは少し肌寒いくらい……」
「ネイチャさんの手が、ですよ」
「え゛」
……ホントに、急にそういう事言うんだから。もしかして、変な目で見ちゃったの気づかれてた?
あー、もう。眼鏡がない分、いつもより顔が近いんだから。妙に意識しちゃうじゃん。そういうこと、急に言わないでってば。
「~~~っ……イクノ!」
「ふふ、すみません」
顔、見られてないよね。多分真っ赤になってるけど、今だけはイクノの視力に感謝しちゃおうか。
用事も済ませたし、あとは寮まで送るだけ。「足元に気を付けて」とだけ返して、校門の方に向かう。
手は握ったまま。いつもよりゆっくり、イクノの足並みに合わせて。
「ごめんね、今日は」
「いえ、こうして送って頂いてますし、それに──」
何故だか、妙な雰囲気だった。
手を握って、隣を歩く。それだけなのに、なんでこんなに緊張してるんだろ。
「─悪いことばかりでは、ありませんでしたから」
イクノがアタシの手を握る力が、少し強くなった気がした。