ナギサの夜伽

ナギサの夜伽









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 ある日、ヒフミさんが失踪しました。それはもう忽然と。


 彼女の蒐集趣味はいささか度を越していました。それこそブラックマーケットに平然と出入りし、重要な試験さえ欠席する始末でした。それだから彼女が

「ブラックマーケットであの青藍ペロロ様の目撃情報が……確保してきます!」

────そう言っていたと、最後に会ったという生徒は話しました────と件の街に繰り出し、数日間連絡を絶っても不審には思われませんでした。

 やがて事態に気づき始めた友人たちが捜索を始めますが、見つかりません。正義実現委員会に、シャーレに、そしてティーパーティーに報告が届き、シスターフッドさえも協力してブラックマーケットを洗ざらい探しましたが、手がかりひとつ発見できませんでした。まるで神隠しにでも遭ったかのように。


 無事を信じ祈りながらも、一方で薄々と、彼女は何かに巻き込まれもう帰れなくなったのではないか────そんな言いようもない不安が鎌首をもたげ始めたころのことでした。


「なんですか、これ」 


 その日、ヒフミさんは見つかりました。それも最悪の形で。


『期待の新人!じっくり調教した初物マンコは今日だけ!』

 

 気もそぞろに報告で上がってきていた書籍を開いてしまった。そこにあったのは彼女の切り売りされた痴態でした。

 往々にしてそういう雑誌が報告に交じることはありました。どこから来るのかは分かりませんでしたが、目にするのも嫌で深堀りしようなどとは露ほどにも考えていませんでした。普段なら変なものを見てしまったとすぐに遠くへやり、日常のなかに埋もれて意識から消えゆく程度の存在。それが今、決して目を離せなくなって私の眼の前にありました。


 ヒフミさんは水着とも言えないようなあられもない衣装で鼠径部を見せつけていました。下からのアングルで撮られた写真は彼女の陰部を大きく捉えています。彼女は片手でそこを開いて布越しにさらけ出し、もう一方の手で目元を隠していました。その表情は赤面していますがにへらと笑っており、羞恥とも愉悦とも伺えます。


「助けないと……すぐに、なんとしてでも」

 

 視線は釘付けのまま、そう呟くほかありませんでした。



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 彼女の状況が状況でしたので、誰にも口外せず、また事を荒立てるわけにもいかないので一先ずヒフミさんを『注文』することにしました。身柄の確保を優先してのことです。

 極秘のセーフティーハウスの寝室で彼女を待ちます。何があったのかという不安とようやく見つけられた安堵が去来する一方で、やけに明瞭な思考が逡巡していると遂にドアがノックされました。瞬間、緊張の糸が張り詰め、脳内はまっさらになります。


「どうぞ」

「失礼します」

「本日はこの1230号をご注文いただき誠にありがとうございます。精一杯ご奉仕いたしますので、どうかお好きなようにお使い下さい。」


 ようやく認められた彼女の最初の姿は、土下座するものでした。一瞬あっけにとられつつも、頭を一向に上げない彼女に歩み寄ります。どうやら緊張のあまり私に気付いていないようです。


「顔を上げてくださいヒフミさん。私です。助けるためにあなたを呼びました」

「え────ええっ!ナギサ様!?」


 それから私たちは久々に和やかな時間を過ごしました。彼女は変わりなく平生の態度でしたが、何があったのかむやみに聞こうとするのも酷でしょう。しかしいくらか時間が経ったころ、彼女が嚆矢を放ちました。


「ナギサ様……その、シないんですか?」

「えっ────?」

「お話もいいですけど、やっぱりお金を払ったのですから……」

「ヒフミさん。何があったかは無理には聞きません。ですがあなたはトリニティの学生で、私の友人です。誇り高いトリニティの者が、そして何より友が体を売ることなど認められましょうか」


 教え諭すつもりが思わず否定するような強い言葉になってしまいましたが、言葉の通りの心持ちでした。彼女を誑かし堕落させた者たちへの怒りと、彼女へ向けた愛情。きっとヒフミさんなら汲んでくれるでしょう────


「ナギサ様…ありがとうございます」

 

 ほら。あなたの優しさはよく知っています。


「でも」


 でも?


「私はもう……戻れません。これを見てください」


そう言って彼女はベビードールの限られた布地をずらしました。鼠径部、ちょうど下着で隠れる、性器のやや上際どい位置に刻まれた『SLAVE』の刻印。


「ああっ!学校にもう戻れないってわけじゃないですよ、もう1,2日もすれば復学できると思います。お許しが出るはずなので」

 だったらなぜ────

「強いて言うなら、どちらも本心だからです。ナギサ様はもちろん、アズサちゃんたちや先生と青春を過ごすことと、御主人様や御客様にご奉仕すること。どちらも私が望んだやりたいことなんです」


 どうして。ヒフミさん。

 わけがわかりません。あなたはそんなことを望んでなんかいなかった。


 混乱する私をよそに彼女は続けました。


「だいぶ時間も経っちゃいましたし、とりあえず始めませんか?」

「ナギサ様は私なんかが相手では嫌かもしれませんが、初めての仕事で何もしなかったとなるとどうなるか分かりません。もしかしたら再び研修をするはめになって復学がおくれてしまうかも……」


 私に友人を、この手で犯せと言うのですか。


「それに」

「……私は、ハジメテがナギサ様なら…嬉しいです」


 彼女の眼が、恥じ入るような艶っぽい視線を投げかけました。



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「んんっ♡ヒフミさん♡それぇっ♡駄目♡」

「大丈夫ですよナギサ様。やさーしく、ゆっくりカリ♡カリ♡してあげますから♡」


 カリ♡カリ♡

 彼女の繊細な指先が私の乳首をなぶり弾きます。またときどき焦らすように乳輪をすーっとなぞってみたり、また意地悪そうに敏感に勃ったそれをつまみ上げたり。執拗な愛撫にわずかに身を震わせながら必死に耐えていると、彼女は不意に手を止めました。


「んふっ♡ フーっ♡フーっ♡」

「よーく我慢できました♡ご褒美に気持ちいい甘アクメ♡しちゃいましょう」


 再び彼女の両の手が私のぴんと勃ちあがった乳首に鷹揚に近づいてきてました。───もう、十分でしょう────でも、彼女の愛撫に、初めて聞く蕩かすような甘い囁き声に抵抗できるわけがなくて


「はい、ぎゅ~~~♡」

「んおぉ゙~~~~~~っ♡」


 ひたすらにあまあまな責めにただ感じるしかありません。


「はあっ…はあっ…はあっ…」


 上ずった呼吸が身体を落ち着けようとするなか、頭では絶頂の余韻が渦を巻き、どんどん思考は淫乱な悦びに侵されていきました。乱れきった私を見下ろすヒフミさんに目線が合うと、彼女はいつものように微笑みかけます。その何も変わらない微笑が少しばかりの自制心をくれました。


「はあっ…んんっ♡……ヒフミさん、もう十分ではないですか?私も、その、絶頂、しましたし…何もしなかった、とはならないはずです」


 下腹部のほてりを必死にごまかすように問いかけます。すると彼女の美しい顔立ちはみるみる崩れました。なにかまずいことを言ってしまったかと察するよりも早く、彼女は慌しくベッドから降りると再び三指ついて一種の美しささえ感じさせる土下座を繰り出しました。

 先程は私も直視しようとしなかった姿。彼女の変わりようが散々と証され、残酷なまでに日常の彼女を踏みにじるものだから。


 それでも

 

「ナギサ様…申し訳ありません。御客様であるあなたに対して、本来なら無礼極まりないことですが、お願い申し上げます。私を犯してください。愚かなことですが、阿慈谷ヒフミとしての私はあなたをお慕いしてました。今もこうして1230号として交われることに、いけないことなのに歓んでいるんです。ナギサ様は私を友人と仰せになりましたが、私はあなたの奴隷です。あなたに犯していただくことが至上の悦びなんです」


 ああ、そうか。


 もはや彼女は娼婦なんだ。


 それが理解できてしまうと、もうどうでもよくなって、変容した彼女を憂う心も、ティーパーティーたる矜持も、友人愛も、全てがどこか遠くへやってしまったようでした。


 ふつふつとした下半身から湧き上がる衝動に身を任せて、彼女を、この駄目な雌をグチャグチャに犯しつくしたい。


「舐めなさい」


 ベッドの際によって、脚を差し出します。恭しく彼女はそれに近づくと、手を添えて一心に口づけました。爪先を舌を使って隅々までしゃぶりつくし、足の甲にキスをして、ふくらはぎに頬ずりし、太腿の肉を口に食んで這い寄ってきます。そして遂に眼の前に私の秘密が現れるころには、もう『奉仕』を止めるものは何もありませんでした。

 

「それでは、失礼します」


 先刻までの行為とは打って変わって厳粛な儀式さえも錯覚するような空気のなか、彼女は股に可愛らしい顔をあてがいました。最初は周囲から焦らすように徐々に近づいていき、やがて口で全体を含んでみたり舌先でちろちろと弄んでみたりしますが、不意に舌が侵入してきます。ひたすらに待たされて、じゅくじゅくに熟れた私の内部を、味わうように彼女のが這い回ります。十分に敏感だったそこを責められると自分でも驚くくらい快感で全身の筋肉が締まりました。離れられないように両脚で彼女をホールドし、とめどない悦びに呼気を荒げていると


「ほおっ♡」


 にわかに外側の突起から電流が奔りました。ヒフミさん───


「そこ♡はぁっ♡」


 何か────


「ィ゙っ゙、ぐぅ♡」

 

 陰部から絶頂とはまた違う未知の感覚。放尿ともまた違うようなそれは、ヒフミさんを、私が支配してることを視覚的に示していました。

 

「潮、吹いちゃいましたね♡気持ち良かったなら、嬉しいです…」


 これが、潮吹き?それを受けた彼女は、蜜をしたたらせながらうっとりとして、陶酔に浸ってました。ヒフミさんは自分の手で相手が悦んでくれたこと、そしてそれ以上にかけられたことが被支配の嗜好を満たしたのでしょう。

 そんなヒフミさんの様子に、くつくつと嘲りが漏れ出ます。なんて都合のいい、格好の雌なのでしょうか。元はあなたが煽ったものですが、この身に余る衝動を打ちつけてあげます。


「まだあるんでしょう?出しなさい」

「…!はい。ただいま」


 そうして彼女は荷物の中から張り型を取り出しました。しかし一般的なものとは違って、両端が使えるようになってます。


「ナギサ様がよろしければ……ですが。このディルドで、私を…貫いてください」


 彼女の手から受け取ったそれは、片方が一回り小さいようでした。ヒフミさんをベッドの上に招き入れ、乱れて適当に繕われたシーツの上に寝かせます。


 一息に中へ挿入しようとしましたが、うまく挿入りません。


「ナギサ様、落ち着いて…息を吐き出して、力をゆっくり抜いてください。」


 言われたとおりフーっと息を吐きながら、徐々に異物を押し込んでいきます。みちみちと肚に詰まったそれは、苦しいぐらいでしたが、そのサイズのために逆に保持しやすくありました。


「んっ…ふっ♡」


 彼女を見下ろすと、生えたそれが、彼女の柔らかな腹部に鎮座しているようでした。今からこれが、私の雄性がヒフミさんのナカを蹂躙しつくすのです。いよいよ彼女の初めてが娼婦として散らされようと、あてがわれました。もうすでにぐっしょりと濡れそぼったヒフミさんのマンコは、ぬらぬらと光って今か今かと挿入を待ちわびています。


 そして────


「────ッッ♡」


「っ♡はあぁぁ~~~~っ♡♡♡」



 私たちは、つながりました。


 多幸感のなか、慣らすのに動かずにいると、私の鼓動が、ヒフミさんの息遣いがディルドを通して伝わってきます。その実感が、欲望のダムを決壊させました。


「ヒフミ、さん♡」

「来てください♡ナギサ様♡」


 めちゃくちゃな腰振りがなされます。喘ぐ彼女が愛おしくなって、思わず全身を密着させて抱きつきました。体中を使った愛撫。肌の一つ一つの神経が、これでもかと鋭敏に交わる感覚を突き上げ、もっと彼女を求めさせます。


「ヒフミさん♡ もう、離れちゃ駄目ですよ♡」

「あん♡あんっ♡ナギサ様ぁ♡私もぉっ♡」


「んむっ♡ちゅう……じゅぷっ♡…ぷはぁっ♡」


 肉欲も、躰も、粘膜も、そしてヘイローも、ふたりの一切合切が混じり合って。


「イキ、ますっ♡」


「私もっ♡」


「────っ♡」


 私たちは、別個の人として、快楽が脳から駆け巡りましたが、ふたりの間は何よりもつながっていたので、ぐるぐると深いところで何度も何度も快感が行き来しました。ヒフミさんがやがて蕩けては、私もそれに浸潤したので、まるでひとつの存在になったかのようでした。



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「ナギサ様、ありがとうございました…」


「私も、とっても気持ち良かった…♡」


 その後、私たちはベッドに横になって手を絡ませていました。ごく軽いスキンシップのような交わり。それで十分でした。


「その、実は…ここに来たとき、ナギサ様だって気づいたとき、怖かったんです。まだ、私だって自分のこと…やりたいと言ってもこの仕事だって受け入れられてないのに。いきなり友達に見られて…」

「でも、大丈夫でした。今度は友人としてお願いします。私の秘密を、どうかナギサ様にだけは知っててほしいんです。トリニティ生としての私も、娼婦としての私も見ていてください」


「……はい」


 軽く口づけをして、最悪の、それでいてどこまでもインモラルな一夜が幕を下ろしました。



 その後学校に戻ってきたヒフミさんとは、たびたび2人きりになってその話をするぐらいの変化があって、それもやがて日常へと溶け込んでゆくのでした。

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