ド気部のゲンム飛彩と秘書ファイトSS

ド気部のゲンム飛彩と秘書ファイトSS


 秘書たるもの、社長の体調管理も仕事のうちである。

 だから社長のAmaz○n購入履歴をチェックしようが、ケーキの出前を先に受け取って勝手に切り分けようが、全ては秘書の義務なのだ。

 時刻は夜八時の少し前。計画には絶妙だ。短針がゼロを示した瞬間、ドアをこれでもかとノックする。

「社長、社長! 入りますよ!」

 返事がないのは想定内だ。ノックはあくまでもパフォーマンスに過ぎない。グラファイトは機密だらけな社長室のロックを顔パスで通過できる権限さえ持っている。

「飛彩! またゼリーで食事を済ませているな! 箱買いの履歴が異常だぞ!」

 乗り込んだ社長室は予想以上の有様だった。あちこちで積み上がった書類。手の届く壁を埋めつくし、床にまで散らばるアイデアメモ。ゴミ箱にはゼリーの空容器が山を作って崩壊寸前だ。飛彩はいくつものディスプレイに照らされたデスクで、片手はフォーク、片手にキーボードという器用なマルチタスクを披露している。

「そこまで。入浴の時間だ!」

 飛彩は濃い隈にふちどられた目を数度瞬かせ、

「……風呂なら入った」

と答えた。指はなおもキーボードを踊る。

「三日前に二分間だけシャワーを浴びるのは入浴じゃない」

 入浴、というか行水の時間も把握済だ。秘書だから。盗撮など卑怯なやり方はしていない。グラファイトほどの秘書になると、音や気配で社長の行動を察せるのだ。

 グラファイトは書類を踏まないよう注意して、空気が籠った室内へ一歩踏み入る。アスレチックを進む気分でどうにかデスク前へ。モンブランタルト、サイズは6号か。ちなみにホールケーキの直径は号数×三センチで示される。

 どう考えても一人用の大きさではないのに、飛彩は話しながらも食べる手を止めない。よく見ればコーラのペットボトル(二リットル)があった。

「晩ご飯食べて寝溜めする予定だったのに」

「飛彩のそれは血糖値スパイクによる気絶だ! そして人間に寝溜めの機能はない!」

 適量の食事と適切な睡眠ならグラファイトは喜んで手伝う。ケーキをコーラで流し込まないでほしい。

 うつむいた飛彩は最後の抵抗をするように、野菜は食べてた、と無理のある言い訳をした。サラダどころか野菜ジュースも見当たらない。よくよく観察するとケーキの箱に『安納芋のモンブランタルト』とのラベル。確かに安納芋は野菜だが、ケーキに加工された時点でスイーツと区分されるのだ。

「ケーキはおやつ! はい繰り返して!」

「……ケーキはおやつ」

 納得していない様子だが、どうにか飛彩の意識をケーキから離すことに成功したグラファイトである。進行中のタスクは片っ端から保存し、所定の手順でバックアップも確保。物理的に仕事を終了させて、人間としてギリギリな社長を抱き上げた。頬をかすめた髪が軋んでいることに顔を顰める。面倒臭いのはわからなくもないが、健康維持の観点からも、風呂には毎日入ってほしい。

「髪は洗ってあげるから。身支度を整えたら八時間寝て朝食だ」

「八時間⁉︎ それだけあれば新しいゲームが……ガシャット調整が……せ、せめて二時間! ね?」

「ドア・イン・ザ・フェイスが通じると思うな。この分だとシャンプーは二回、いや三回……」

 何度も言うが、社長の体調管理は秘書の務め。

 グラファイトは優秀な秘書として、色々アレな社長の生活を管理しているのだ。

 それだけだ。

 他の理由からは、まだ目を背けている。 


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