ド気部のイサムちゃんと照井SS

ド気部のイサムちゃんと照井SS


(照内イサムは『平成ライダー知らない俺が妄想で語るスレ』に登場する幻覚キャラです) 

(猥談スレで生まれた、照井と四肢欠損イサムの共依存概念に基づいたSSです)


 あの人すごいですねえ、と真倉がつぶやいた。視線は空の布団に向けられている。昨日、超常犯罪捜査課に出張してきたばかりの青年、照内イサムが使う物だ。他の品はキャリーバッグに収められているが、布団だけはビニールシート一枚置いた上に敷きっぱなしだった。

「何がすごいの」

 いつものツボ押し棒で肩を押しながら、刃野が聞き返す。

「昨日、挨拶はみんなでしたけど、結局俺しかここにいなかったでしょ。だから俺、書類仕事をずっとしてたんです」

 勿体ぶって話し始めた真倉。まるで怪談でも始めるような語り口だ。

「で、そのまま夜になったんです。でも食堂に案内しましょうかって言ったら断られて。どうするのかな〜って思ったら、カップ麺出して食べ始めたんですよ」

「別にすごくないだろ」

 警察は常に激務だ。食堂に行く時間さえ惜しんでインスタント食品に頼る者などいくらでもいる。

「ここからですって! そのカップ麺、尋常じゃなく大きいんですよ! このクリアファイルより!」

 真倉は話の腰を折られてもめげず、薄っぺらいA4クリアファイルと共に力説した。刃野もマッサージの手を止め、あの青年が特大カップ麺を啜る様子を想像してみた。ぶかぶかの服で誤魔化されているが線は細そう(二人は真っ赤なセットアップの上司を見慣れているため、警察署で働くのにパーカーを着ていること自体は違和感さえ持たなかった)な照内イサムが、特大カップ麺。

「……確かにすごい」

「で、完食して片付けたらぱたっと寝ちゃって……」

 そこでドアが開き、朝から聞き込みに出ていた照井とイサムが戻ってきた。サボっていないだろうなと睨む上司に、真倉たちは慌てて自分のデスクへ戻る。同じような顔でも照井警視は眼光鋭い鬼上司って感じだな、照内さんは中性的で可愛いのに。いや、可愛い顔の照井警視は嫌だな……などと勝手なことを考えた。

 席につき、時計を見た刃野は自分の腹をさする。昼の一時を回ったあたり。誰しも腹が空く頃だ。「今日の昼はどうするの」と、まだ土地勘が無いはずのイサムへ話しかけるのも自然な行動と言えよう。風都警察署には食堂があるし、近隣の店から出前も取れる。

 だがイサムの答えは三人を驚愕させるものだった。

「昨日食べたんで大丈夫です!」

 照井はその夜、イサムを荷物ごと車に押し込んで自宅へ向かった。バイクを回収するため二往復した。


***


 イサムの生活は酷いものだった。基本は過食からの寝落ち──血糖値の急上昇による気絶とも言う──のあとに絶食でバランスを取る、その繰り返しだと言う。仮面ライダーどころか人間としてもアウトである。そもそも一食としては常軌を逸した量のインスタントでも、二日間でそれだけとなれば基礎代謝でギリギリ、何のバランスも取れていない。普段は呑気な部下たちも「昨日食べたから今日は食べない」と有言実行したイサムに引いていた。超常犯罪捜査課の心が一つになった瞬間である。

 申し訳ない、俺にそんなことしなくていいと固辞するイサムをなだめ、「俺に質問するな」も三回は飛び出したが、なんとか夕餉と入浴を終えて寝室へ。そのまま日付も変わろうかという頃。

「照井さん」

 微睡に涙声が割り込んだ。ベルト状態が解除されてペンダントのように付けられたメモリが揺れ、かちり、と鳴った。

「寒い」

 十月も終わりに近く、肌寒いでは済まなくなってきた季節だ。だが室内で布団に入っているなら震えるほどでもない。そしてイサムは持参した毛布にくるまり、家主のベッドの隣で眠るはずだった。

 衣替えで仕舞い込んだタオルケットを出そうとすれば首を横に振る。濃い隈の上を涙が伝ってシーツに落ちた。

 気絶しなければ眠れないような青年だ。彼が望むことを本当は察していた。

 常夜灯が照らすだけの真夜中だから、かもしれない。

 彼の顔が自分に似ていて、けれど中性的と言ってもいいようなつくりで──その理由が全く喜べるものでないことはわかっているのに。

「これでいいか?」

 イサムをベッドへ上げ、背中へ腕を回す。昔は妹とこんなふうに眠ったものだ。

 暗いから見間違えてしまったんだ。


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