ドフラミンゴは誘拐犯の夢を見る

ドフラミンゴは誘拐犯の夢を見る


カーテンを締め切った薄暗い部屋の中で一つの影が動いている。ギイギイと鳴き声のような音を立てて揺れ動く影は、まるで異形の生き物が蹲っているようだった。しかし影は次第にぼんやりと部屋の中で輪郭を露わにしていく。布で遮られた日光が影を薄っすらと照らし出し、異形ではなくベッドの上でおぞましい行為に耽る男とその慰み者である少女の姿を取った。

 体格のいい男の下で未成熟な体を曝け出して少女は震えていた。両の手首は柔らかな布で拘束され、ベッドに縛り付けられている。足こそ自由だが、少女より二周りはでかい体を持つ男の前ではどんなに抵抗も無意味だろう。小さな体が布を解こうともがく度にベッドが鳴るだけだった。

 男は少女の体を嬲っていく。服をはだけさせ、白の斑模様浮き出ている肌を舐めていく。長くて赤い舌がべっとりと自分の体を這い回っていくのを、少女は怯えながら見つめるしかなかった。

「やめろよ、コラソン」

 恐怖に支配されながらも、はっきりと少女は拒絶を示した。ぎしりとベッドが鳴る。自由な足をしなやかに曲げて、コラソンと呼んだ男の顔を踏みつけた。

「うひぃっ!」

 足の裏を舐められて少女から色気のない悲鳴が上がる。そのまま指の間を舐めしゃぶる男に、くすぐったさと恐怖で少女は引きつった声を出した。吐き出すように唾液まみれになった足を解放した男が再度少女にのしかかる。はあはあと荒い息を間近に感じて、少女は震える唇を噛んだ。

「なんで私なんだよ!もっと健康的でかわいいガキなんていくらでもいただろ!病気のガキに興奮すんな変態!」

 少女が啖呵を切っても所詮強がりでしかない。男は意に介していない様子でベッドの上に転がっていたペンと紙を手に取った。何か書こうと迷った末に、放り投げてまた嬲る作業を再開する。説明する手間すら惜しいと言わんばかりだった。男の金髪が揺れて、また少女の体に唇と舌が押し付けられる。血を思わせる男の真っ赤な瞳には、少女の柔らかな肌だけが映っていた。

「誰にも言わないから!このまま帰してくれたら内緒にするから!帰してくれれば舐めるくらいいつでも許してあげるから!」

 何をされるか分からない恐怖ではなく、何をされるのか分かっている恐怖で少女は震えていた。少女は無知ではない。両親が医者で実家も国有数の大病院だった少女は、そこいらの町医者など相手にならないほど豊富な医療知識を持っている。男の最終目的が何かを知っているからこそ、怯えているのだ。

 パニックになりながらも拙い取引を持ち掛けてこの場から逃れようとする少女に、男の返事は無視だった。足や腕を舐め回したと思えば、膨らんでいない胸に頬を擦り寄せて溜息を吐く。未発達の体を心底愛おしそうに嬲っていく姿は倒錯的で、到底まともに話し合えるようには見えなかった。

 不意に少女へ口付けんばかりに男の顔が近づいた。恐怖で瞬きすることも出来ず男を見つめるしかない少女の瞳には、常に真っ赤なルージュで彩られた男の唇が映し出されている。音もなく唇が動く。読唇術を習得していない少女でも読み取れるほどはっきりと。

(か・え・さ・な・い)

 そう告げるとルージュで常に笑みの形に見える唇がさらに吊り上がる。仄暗い悦びを湛えた笑みに少女は戦慄した。




「あっ♡コラさん♡そんなとこ舐めちゃらめぇっ♡♡♡」

 あれからどれほどの時間が経ったのだろう。

 最初は気丈に振る舞って男を挑発したり取引を持ちかけたりしていた少女は、すっかり男の与える快楽の虜になっていた。むっと雄の匂いが立ち込める部屋で淫売のような声を上げながら少女は男に媚びていた。

「あん♡おっぱいばかりいじめないでぇ♡ちゃんとちゅーもしてくれないとやだぁ♡」

 体中を舐めしゃぶられ、初めてのキスを奪われ、まだ初潮も迎えていない性器に指を突き立てられて絶望のあまり泣きじゃくっていた少女はもうどこにもいない。男の悦ぶことを熟知して積極的に体を差し出す、淫らな生き物に成り果ててしまった。

「はぁん♡コラさんのおっきくて熱いのナカにちょうだい♡今日もいっぱい出してね♡」

 男のトレードマークである真っ黒なコートにくるまれながら、白い部分が徐々に広がっていく体を少女は今日も好き勝手犯されていく。

 無理矢理押し広げられて雄を受け入れている女性器からは血が滲んでいる。痛いはずの挿入でさえ、少女は快楽として受け入れる。否、受け入れるしかなかったのだ。

 耐え難い痛みや苦しみから逃れるためには、持っている倫理観も常識も全て外さなくてはいけなかった。どうやっても男に解放してもらえない少女の、歪な生存戦略だ。

「コラさん♡好きっ♡大好きっ♡」

 少女の嬌声に合わせて男の腰が動く。物理的に無理のあるセックスを強いているにもかかわらず、男は無慈悲に少女の体を貪るだけだった。

 ふと少女しか見えていなかった男が顔を上げる。ずっと俯瞰で見つめていた誰かの存在に気付いたかのように。

 ギラギラと手負いの獣のような目がこちらを射抜いて、ドフラミンゴは目を覚ました――――。



 ここ数日、右腕候補にと見初めた少女を弟が連れ去った日から見ている悪夢だった。

 弟が薄暗い部屋の中で少女を暴行しているのだ。ファミリーに打ち明けても大袈裟だと笑われる夢だが、ドフラミンゴはこれを正夢だと確信していた。

 弟は以前からあの少女のことになると様子がおかしかった。やたら気にする素振りを見せるわりに、いざ対峙すると暴力を振るって遠ざけて何やら後悔しているような顔をする。

 弟の子供嫌いは今に始まったことではないが、少女に対してだけ過剰な反応を見せていた。

 酷く嫌っているのなら連れ去りはしない。暴力で屈服させて二度と己の視界に入らないよう学習するまで痛めつければいい。

 遠ざけもせず近づきもしない弟の挙動を訝しんでいたときに冗談半分で言ってしまったのだ。「気に入ったのか?もう少し育ったらお前が娶るか?」と。そのときの弟の顔は思い出すだけで憂鬱になる。喜怒哀楽の読みにくいやつだと思っていたのに、あの態度はなんだ。ぴくぴくと上がっていく口角を必死に引き結んで、目をあちらこちらに彷徨わせる。まとう空気が明らかに柔らかくなったのを見て、ドフラミンゴはかつてないほど気分が冷え込んだ。

 弟は少女を嫌っているのではない。むしろ逆だ。少女に対して情欲を持ってしまったからおかしくなっていたのだ。

 それからというものドフラミンゴはどうにかして弟を更生できないかと手を尽くした。娼館に連れて行って性欲を発散させようとしたり、少女と弟が二人きりにならぬよう目を光らせたりと気を配っていた。

 なのに弟はドフラミンゴの気も知らずに少女を攫って消えてしまったのだ。これは夢などではない。弟の本懐だ。

「早くあの変態野郎を探し出せ」

 今日も弟と少女の行方を追うべくドフラミンゴは部下に命令する。ちくちくと胃が刺すような痛みを訴えていた。弟と少女が見つかるまで付き合うことになりそうだと、気休めにしかならない錠剤を取り出して嚥下した。

 

 


Report Page