ドゥウムVSツララ

ドゥウムVSツララ



「うう·····さむっ」


そこに一足早く辿り着いたのはツララだった。始まりの杖が鎮座する最奥の部屋。廊下の先のそれを確認して、やっぱりそう上手くは行かないか、と振り返る。部屋に伸びる橋の先、そこにドゥウム・バーンデッドが立っていた。


「お前だけか」


「そうみたい」


唯一繋がる橋の両側で、片方は杖を、片方は大剣を構える。鏡の中継先のボルテージは最高潮だ。しかし反対にその場の温度はどんどん下がる。ツララが軽く息を吐いた。

それだけで、橋が一瞬で氷漬けになる。


「!」


それと同時に降り注ぐ氷雪の弾丸を躱してドゥウムが走る。凍った橋の上でほぼ滑るような体勢であっという間に距離が半分に縮まった。半分、そう橋の真ん中だ。


「ごめんね」


凍った橋が倒壊した。ガラガラと音を立てて崩れ落ちるそれからツララは目を逸らす。これで終わってくれたらいいけれど。


「まだ終わってないぞ」


「だよねぇ〜·····」


あっさりと崩れる足場を飛び移ってドゥウムが部屋の前に降り立つ。この程度なんでもない、そう言わんばかりの彼に、ツララは心底嫌そうにため息を吐いた。




「アイシズ」


部屋に足を踏み入れたと同時にツララの魔法が発動する。途端に地面が凍り付き、氷の質量が一気に押し寄せる。並の魔法使いならこのまま氷漬けだ。だがここにいる者は並ではない。


「フン!」


カラドボルグの振り上げ、それだけで氷波は砕け散る。そのくらいなら予想の範疇、とツララがさらに追い打ちをかけた。


「アイシズ・アロー」


詠唱と共に無数の氷の矢が降り注ぐ。ドゥウムが走りながらそれを躱す。圧倒的物量でそもそも近寄らせないのがツララの戦法だ。加えて部屋の温度は次第に下がっており、思考も身体能力も鈍る。まぁ寒いのはツララも同じ、というか彼女が一番寒がっているのだが。

さすがに数の不利を悟ったドゥウムは敢えて立ち止まって逃げるのを止める。それから、剣で床を叩き付け、その衝撃波で氷の矢を残らず弾き返した。


「凄い·····これが最古の杖の力·····」


「全部それのせいにしないでくれ」


(え、めっちゃ不満そう·····)


憮然とした顔のドゥウムに、何で?とツララが首を傾げる。最古の杖の持ち主なんて滅多に出会えない。研究者な彼女的には褒め言葉だったのだが。

と、それどころではないのだった。戦いに集中しなくては。攻撃しても避けられるのならば。


「アイシズ・ロック」


「·····!」


ドゥウムの足が氷で覆われる。さらに鎖状の氷が腕に絡み付き、完全に身動きが取れなくなった。その一瞬を見逃さない。


「今度は重いやつ。アイシズ・サウザンドソード」


宣言どおり、矢よりも硬く重い氷の剣が創造される。視界一面を覆い尽くす氷剣の群れ。

フーッとドゥウムが白い息を吐いた。


「ミラージュセコンズ・カロイルスーコーブズ」


「な·····」


氷の剣に対応するかのように鏡が展開される。その一つ一つから剣が投射され、氷とぶつかって相殺された。思わず目を見張ったツララの隙を突いて、ドゥウムは氷の拘束から抜け出す。瞬時に距離を詰め、カラドボルグを思いっきり振り下ろした。


「ッ、アイシズ・シールド!」


「チッ·····!」


巨大な氷盾と大剣がぶつかって凄まじい衝撃波が生まれる。一旦後ろに下がったドゥウムが口惜しげに舌打ちをした。


(いきなりセコンズ!?·····いや違う、彼にとっては魔法の方が『サブ』なんだ)


通常、魔法使いのメインウェポンは自分の固有魔法。それを起点にセコンズ、あるいはサウンズを使う。しかしドゥウムが持つ最古の杖の祝福は肉体強化。それを最大限生かしたフィジカルが彼のメインであり、そもそも魔法自体がサブ扱いなのだ。

やっぱりこの人は強い。ツララはそれを知っている。ドゥウムは今大会で誰もが優勝候補だと思っている。だからこそ、事前に調べ尽くした。研究することしか脳がないから、できる限り分析して1%でも勝てる確率が上がるように。


(それでも、セコンズ以降の情報が出てこないのはどうかと思うけど)


強すぎて魔法を使わないものだから、その詳細がちっとも分からない。確実に三本線に覚醒済みだと踏んでいるけれど。それでも、やれることはある。


「アイシズセコンズ・ダイヤモンドダスト」


ツララがセコンズを発動した瞬間、部屋が一面の銀世界に変貌する。扉も窓も全て氷雪で塞がれた寒々しい空間。そこでキラキラと舞い踊る氷の宝石が周囲を輝かせた。しかし、それだけだ。怪訝に思いながら周囲を伺っていたドゥウムだが、突如ハッとして口を覆う。


「よく分かったね·····ボクのセコンズは体を内側から凍らせる魔法だよ。そしてそれは呼吸をするたび侵食する」


「音のしない、空間ごと覆う魔法か。なるほど、さすがは知性のオルカ寮だな」


「たまたまだよ」


たまたま、ツララの魔法が盲目のドゥウムに相性が良かっただけ。だがその偶然で勝利を引き寄せられるならそれでいい。いくら口元を隠しても呼吸は必ずする。事実、ドゥウムの手先には霜が降り始めていた。


「降参して。そうすれば氷像にはならなくてもすむよ」


「すると思うか?」


「·····まぁ、そうだよね」


『神覚者になる』その共通の目的がある。それがなければこの場に立っていないのだから。ビリビリと異様な圧の魔力がドゥウムから溢れ出す。それに応じて、ツララもまた自身の魔力を解放した。ピシリ、と亀裂が入る音が鳴る。先に三本線を発現させたのはツララが僅かに先だった。


「サモンズ・氷の神(スカジ)」


「サモンズ・豊穣の神(フレイヤ)」


ツララの杖が変形する。現れたのは氷の弓矢だ。一方ドゥウムの杖は元から剣に埋め込まれているため見た目は変わらない。しかしさすがは最古の杖、一般人であればそのまま膝を着きそうなほどの膨大な魔力を帯びていた。

息は依然として白い。冷気が立ち込める空間で、ツララは弓に手をかけた。


「アイシズ・ミスティルテイン!」


唸りをあげながら植物のように絡み合って伸びる氷の矢。咄嗟に避けるが、ぐにゃりと進路を変えてドゥウムに迫る。


(追尾式か)


間一髪、カラドボルグで軌道を逸らす。凌ぐにしてもあまりにも速い。すぐさま戻って来る矢に身構えたその時。

──チリチリと首に殺気を感じ、ドゥウムは見えない目を見開いた。


(二射目·····!)


容赦のない追撃が放たれる。異なる軌道を描いて二本の矢が迫った。追尾式ならば、と姿勢を低くして近くの柱に当てた。しかし、柱が崩れた後からまだ矢はドゥウムを追ってくる。ならば、とドゥウムはとある明確な意志を持って壁に向かって走り出した。

当然、壁も氷で硬く覆われている。その窓のある外側の方。それに背を預けて迫る氷の矢に剣を構えた。


凄まじい轟音。氷が砕けてさながら爆風のような衝撃が辺りを襲う。それにしばし視界を奪われて、目を開いたツララが見たのはとんでもないものだった。


「うそ·····」


壁に大穴が空いている。穴の向こうに青空を背負いながら、ドゥウムはふぅ、と一つ息を吐いた。信じられない。二本の矢がちょうど重なるタイミング。そこでドゥウムは身を翻し、矢を自分ではなく壁に当てた。さらに躱す時の回転を利用し、矢が当たった場所と全く同じポイントに全力のカラドボルグを叩き込んだ。さながら杭を打つかのように、氷の矢を起点に規格外のパワーを打ち込まれた壁は為す術なく崩れ去ったという訳だ。

しかし、ツララが慄いた理由はそれだけに留まらない。


(強制的に『換気』された·····!)


冷えた空気は下に落ちる。壁に空いた穴からダイヤモンドダストを含む冷気が流れ出ている。ツララのセコンズは完全に攻略されたと言っていい。


「ゴホッ·····さすがに息を止めたままはしんどいな」


挙句に、これだ。確かに呼吸をするたび内側から凍り付くとは言った。だからといって息を止めながら攻略されるとは思わないじゃないか。


(勝てるの·····?この人に·····)


寒さとは別の原因で体が震えを起こした。恵まれた体格、天賦の魔法の才、最古の杖に選ばれる稀有な魂、名門校を統一するカリスマ性。あぁ、こんなこと思いたくはないけれど、きっと。そう、きっと。

『神に愛された』というのは、彼のような人を指して言うのだ。


「さて、続きだ」


ドゥウムが腕に着いた霜を振り払い、再び剣を構える。それで我に返ったツララもまた、震える指先を押さえつけて弓を握った。


「アイシズ・ロック!」


先程と同じ拘束の魔法。一度見た技だ、そう言わんばかりにドゥウムが大剣を振り抜いて氷の鎖を砕く。しかしそれはツララの想定内。大振りすれば隙ができる。


「アイシズ・ラピットスピア!」


弓から放たれた魔力が枝分かれし、無数の氷の槍となって降り注ぐ。幾重にも展開されるそれを最小限の動きで凌ぐ。防ぎきれない氷刃がドゥウムの頬を切り裂いた。このまま押し切る、そうツララが力を込めた時。


「ミラージュ」


「あっ·····」


初級呪文。だがサモンズを発動した場合は威力が格段に底上げされる。ツララはドゥウムの固有魔法を知っている。知っていて、これまで警戒していた。しかし今、一瞬だけその意識が、逸れた。

今まで目の前にいたドゥウムが槍に貫かれて霧散する。偽物、で、あれば本物は──?


「詰みだ」


「·····!」


いつの間にか背後に回っていたドゥウムが剣を振り下ろす。完全な意識外からの攻撃、防ぐ術はない。

·····だが、どういう訳かドゥウムの剣は空を切って床に突き刺さった。


(·····?どういうことだ)


仕損じる距離ではない。体の感覚が急に狂ったとしか言いようがなかった。これまで肉体強化に回していた魔力が全て削ぎ落とされたような。


「あ、ヤバ·····」


思わず、と言った様子でツララが呟く。先程のやり取りでちぎれたのか、彼女の眼帯が落ちていた。自分の右目を押さえてツララが苦い顔をする。異様なほどの静寂が二人の間に降りた。


(不味い、どうしようどうしよう·····!)


ツララの背を嫌な汗が伝う。この目のことがバレたら不味い。おそらく中継先にははっきり映らなかったはずだけど、このままだと絶対に違和感に気付かれる。せっかくこれまで上手くやってきたのに今になって·····!顔を覆って俯き動かないツララ。その様子をただ静観していたドゥウムだが。

突然、カラドボルグを後方にぶん投げた。


「え?」


バリンッと派手な音がして、戦闘を中継していた鏡が割れる。脈絡のない行動にツララはポカンと口を開けて呆けた。


「え、何、どうしたの急に」


「?邪魔だったのはアレじゃないのか?」


さっきから気にしてただろう。事も無げにそう言って、ドゥウムは首を傾げた。いやまさか、とツララがとある可能性に行き当たる。


「ドゥウムはイヴル・アイって知ってる·····?」


「·····?」


「えっ、嘘、本当に知らないの?」


これまで十八年間生きてきて、イヴル・アイの悪い噂を聞いたことがないなんて有り得るのだろうか。なんだかなぁ、と勝手に呆れてしまってツララは乾いた笑い声を零した。


「通称『悪魔の目』。この目で見られた人は一時的に魔法が使えなくなるの」


「悪魔の目·····」


「そう、神から授かった魔法をかき消す悪魔の目。そのせいでイヴル・アイ持ちは魔法界での立場が低い」


ツララがそっと右目の周りを撫でた。赤い宝石のようなその目が憂いを帯びて伏せられる。


「ボクがこうなった時、お母さんは「アンタなんか産まなきゃ良かった」と言って家から出ていった」


「··········」


「幸いおじいちゃんとおばあちゃんが助けてくれて、ずっと匿いながら育ててくれた。良い人達のお陰でどうにか生き永らえて今ここにいる」


母親に捨てられた日のことは今でもよく覚えている。きっとあれが人生で一番寒かった夜だ。祖父母は幼いツララから見ても底抜けの善人で、そんな彼女を哀れんで、どうにか普通に暮らせるようにと心を砕いてくれた。そうでなければツララはどこかで死んでいる。

何を思うのか、ドゥウムはその話をずっと黙って聞いていた。終わった後もしばらく考え込んでいて、少ししてからようやく口を開く。


「·····お前が神覚者を目指す理由は、自分の地位の向上のためか」


「え?あぁうん、それもあるけど·····ちょっと違うかな·····」


「そうなのか?」


ツララは頷いた。これだけは胸を張って宣言できる。ずっと考えていたことだから。


「イヴル・アイを匿ったことで酷い目に合う人がいる。困ってる人を助けた良い人達が虐げられる世界なんだよここは。

それが嫌なの·····それを変えたいから、ボクは神覚者になると決めたんだ」


「·····そうか」


ツララの言葉に、何故かドゥウムは眉を下げてほとんど苦笑じみた笑顔を見せた。それから、先程壊した魔道具の鏡に意識を向ける。


「あれが自己修復されるまであと五分程度と見るが、どう思う」


「あー·····まぁそのくらいかな。普通なら組み込まれてるはずだし·····」


神覚者試験を観客に見せると同時に、審判の面を兼ね備える魔道具だ。当然、自己修復機能くらいあるだろう。なんでそんなことを?とツララは思う。それを口に出す前に、ドゥウムが剣を担ぎ上げた。


「五分の間に決着をつける。そうだな·····『先に膝を着いた方が負け』これでどうだ?」


「え、え?」


「使えよその目。お前の全力が見たい」


「·····!」


ツララはイヴル・アイを他人に見られたくない。だが、ドゥウムはそれすらも使った出し惜しみ無しの実力が見たいのだ。だから誰の視線もない残された五分で決着をつける、そう言った。何なんだこの人。率直に面食らって、それからツララは呆れたように笑う。


「いいの?せっかくのサモンズ使えないけど」


「幸い『魔法を使わない』ことには慣れていてな」


神の贈り物たる魔法。それを剥奪されてもドゥウムの精神が揺らぐことはなく、その自負はそのままだ。

それが何故なのか、真の理由をまだツララは知らないが──話に乗らない理由もまた、無い。


「アイシズ・ブリザード!」


部屋全体を覆い吹き荒れる豪雪。視界を封じる意味はほぼないが、代わりに全方位から鳴る音で撹乱する。


「アイシズ・アイスバーグ!」


地面から氷山がいくつも突き上がる。それを躱し、砕き、足場にしてドゥウムがツララに差し迫る。体重をかけて横薙ぎされた剣を、氷山で受ける。呆気なく砕け散ったが、壊されること前提だ。


「·····アイスクル!」


今度は上から大量の氷柱が降り注ぐ。ドゥウムが飛び退いて避けるが、利き腕に掠って血飛沫が飛ぶ。無防備な至近距離。今!とツララはここに賭けた。


「ミスティルテイン!」


ヤドリギの氷枝がドゥウムの眼前に迫る。先程彼が追い詰められた追尾の矢、この距離では避けられまい。·····そう、“一度見た”魔法だ。

フゥ、とごく軽い吐息が白くなって宙に浮かぶ。それをツララの魔法が切り裂いた。


「·····!」


ドゥウムが僅かに首を逸らす。コンマ何秒もない魔法の発動時間を利用して矢の進行方向を見切り、最小限の動きで避ける。さらに剣を矢の動きに添わせ、滑らせるような形で凌ぎきった。追尾式だ。だからこそ、一度外せばまた迫るまで僅かに時間が空く。それさえあれば、この至近距離で一太刀振るのに十分だ。


「─────ピピッ」


凄まじい風圧が周囲の氷を巻き上げて一面を襲う。直った鏡の、中継先の観客が見たものは果たして。


「な、んで··········?」


膝を着いて頭を垂れるドゥウムと、呆然とそれを見るツララだった。





「ねぇ·····!ねぇ待ってってば·····!」


後ろから聞こえた声に足を止める。最終試験が終わったそれはもう散々揉めに揉めた後、ドゥウムはさっさと帰路に着いていた。これ以上いる意味はないし、さらに絡まれるのも面倒だ。しかし今聞こえた声には反応せざるを得ない。振り返ると案の定、ツララが息を切らして走ってきた。


「足、速すぎ·····!いや長すぎ·····!」


「すまない·····?」


そりゃコンパスがあまりに違いすぎるけれども。なんかちょっとキレているツララに思わず謝ってから、ドゥウムは首を傾げた。


「何か用か」


「いっぱいあるよ、それは。·····まず、なんであんなことしたの?」


「あんなこと?」


「なんでわざと負けたのってこと!」


この期に及んでしらばっくれるドゥウムにツララは怒った顔で詰め寄った。これは駄目か、と肩を竦めたドゥウムはため息を吐いた。


「お前の方が神覚者に相応しいと思った。さっきも言ったと思うが」


「そんなの·····納得できないよ·····」


運営側も同じようにドゥウムに聞いたのだ。鏡に映し出された情報だけではまるで判断が着かなかったから。そこでドゥウムは同じことを言って、他は一切答えずそれだけでゴリ押した。しかしツララに対してはそうもいかない。


「そうだな·····少し長い話になるが、構わないか」


「うん、いいよ」


「まず第一に、私を含めた兄弟達は全員捨て子だ」


なんか急に重いのが来た。ツララが目を見開くが、そのまま話が続くため、どうにか衝撃は飲み込んだ。


「たまたま底抜けの善人に拾われた。こんな目だ、今の父がいなければきっとどこかで死んでいる。兄弟共々、最高の幸運を拾ってここまで生き永らえた」


「··········」


「それとは別に、一番下の弟はお前に境遇がよく似ている。人前を歩けない、世界から排除するべきとされる存在だ」


もしかして、その弟さんもイヴル・アイなんだろうか。今の魔法界から疎まれる存在なんて他に思いつかない。聞けば聞くほど似たような立場。だったら尚更納得できないじゃないか。

この時ツララはドゥウムがイヴル・アイを知らなかったことを失念している。それに気付けていれば、彼の背負うものにより近付けたのかもしれないのだけれど。


「じゃあ何で·····?弟さんのために神覚者になりたいんじゃないの·····?」


そう言うと、ドゥウムは何故か苦笑いを零した。これは見たことがある、試験中にも見た顔だ。


「私の一番は家族だ。家族を守れさえすればそれでいい。そのために神覚者の地位が最も都合が良かった。

逆に、その日常が脅かされるなら私は一切の躊躇なく全てを敵にして戦うつもりでいる。魔法局だろうが、この世界だろうが、だ」


「ひぇ·····こえっ·····」


これガチだ。本気で全世界を敵に回してでも抗うつもりだこの人。実際できそうだと思うのが本当に怖い。思わず身を縮めたツララに、ドゥウムがほらな、と笑う。


「『善人が損をしない世界』お前の話は私には考えたことすらない話だった。戦うことしかできない私より、顔も知らない他人のためを思うツララの方が神覚者に向いている。

理由はこれで足りないか?」


「·····本気で?」


「ああ」


そんなことを、そこまで言われたら、もう受け入れない訳にはいかない。ツララはぐ、と唇を引きしめた。正直譲られたこの現状は悔しい。けれどここまで自分を買ってくれる人がいるならば。


「分かった。精一杯やってみる」


「何かあったら頼るからその時は頼む」


「意外と図太いよねキミ·····」


いいよ、ボクの借り一つね。そう言って、ツララは口元を覆って笑った。その借りがまさか二年後にとてつもない大きさで帰ってくることになるとは、この時はまだ想像もしていなかったのだった。





ちょっとした続き→

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