トレーニング仲間であってほしいなあという妄想

トレーニング仲間であってほしいなあという妄想


※独自設定






サニー号の一番最上階にはトレーニング・ルームがある。


人が使うには大き過ぎるダンベル。懸垂台。一般人には梃子でも動かせない重り。熱気が舞い張り詰めた、そして静かでどこか落着きのある雰囲気に包まれている。利用者が少ないことから実質的に部屋の主となっていたロロノア・ゾロにとっても愛着のある居場所だ。彼にとってはここもまたシモツキ村の道場であり、その延長線上である。その時の教えも必ず守る。

さて、この日も彼はいつも通りこの部屋を訪れた。しかし首にタオルを巻いてはいない。代わりに並々と水が注がれたバケツとモップ。既にトレーニング・ルームの器具は片付けられ、変わりに床洗剤と汚れ落としのスポンジ。この最上階の清掃担当だけは、ゾロは譲るつもりはないのだ。コウシロウ師範にも授かった教えである、場所への感謝を示すためである。


「さてと、やるか」


早速、水一杯のバケツに洗剤を入れ始めた頃である。


「失礼します」

「おぅ、どうした」


ナイチンゲールがひょっこりと頭を出した。


「悪いが今からここを磨くんでな。用件ならここで話してくれ」

「手伝わせて頂きに来ました、宜しいでしょうか」

「そうか、助かる・・・・・・あ?」


さらっと流そうとしたがふと気付いた。ゾロはきょとんとしてナイチンゲールの紅い真っ直ぐな目と視線を合わせた。


「お前今なんて」

「ここの掃除を手伝わせて頂こうと」

「・・・そりゃ良いが、お前の分もあるだろ」


ゾロにとっては少し複雑だ。確かに人手があれば助かるが、ここは己が使う部屋だ。それなら自分で管理すべきである。


「医務室の掃除はドクトル・チョッパーの助力により完了しましたので」

「お前の仕事が終わったならそれで良いじゃねェか」

「いえ。私もこれからここを使うつもりですから」

「どういう風の吹き回しだ?」

「護るというものは、けして知識や技量だけでは足りません。そのため私自身もまた向上すべきと考えました。ゾロ、貴方の邪魔にはならないようにしますので・・・」

「あぁいや、別に邪険にするつもりはねェ」


ゾロは納得した。先の魚人島抗争は「一味」としての久々、身体慣らしとも言える戦いであった。恐らく己の実力不足を懸念したのだろう。それに彼女は細身にして軽やかな身のこなしだが、その実身体能力の維持は不可欠だ。


斯くして部屋の新しい住人が増えたのである。





「1982、1983、1984・・・」


目標の3000もこの調子だといけそうだ。ゾロは日々続けている鍛錬の成果をまた鍛錬で実感する習慣があるが、そのお陰か自ら定めた目標が随分と軽いものになってしまった。今使っているこのダンベル、もう少し重いものに買い直すべきか?と思案する。


「675、676、677、」


少し離れた先、出入り口のハシゴを挟んで向かい側には「トレーニング仲間」が何度目かも分からない1000への壁をよじ登っていた。最初から腹筋、背筋、腕立て1000を目標に掲げると彼女から聞いた時には(お前、分かってねぇな)とつい決めつけてしまったが、もう残り腕立て約300であることを鑑みるとどうやら非現実ではなかったようだ。


「700、701、702・・・」

「おーいフローちゃん、水分持ってきたよォ~~・・・・・・おっと取り込み中だったか、失礼」

「いえ、お気になさらず。いつもありがとうございます」

「そう言ってくれる君も素敵だァ!!!・・・・・・おらマリモ、お前の分」

「そこ置いとけ」


サンジと会話しているときも姿勢と体勢はそのままである。筋肉質でもないのに一体その身体のどこに力が眠っているのか、そんな興味も少しずつ湧いてきた。できればステゴロで手合わせなんて良いかもな、とゾロは考えた。




「え、試合ですか」

「嫌ならそれでも構わねェ。だが今までは身内と手合わせする機会なんてなくてな」

「私は剣術には疎いのですが・・・」

「当然ステゴロ同士でだ。良いだろ?」

「・・・確かに、実力を試す機会も必要ですね」


ゾロはその好奇心と闘争心が抑えられずつい笑みが漏れた。今汗を拭きスポーツドリンクを飲み干したナイチンゲールもどうやら本意のようで、次に停泊した島の何処かで試しに、という約束に落ち着いた。

意外と運命は優しかったらしく、丁度良い諸島に停泊するのはそれから3日後のことだった。諸島なので無人島も数あり、居住地域から離れた小島が場所として選択された。




風も海も凪いでいた。一本先取、頭上につけた紙風船を割った方の勝ち。真剣な眼差しには少しミスマッチにも思われるが丁度良い条件でもある。ちなみにルフィ発案。


「遠慮してくれるなよ」

「当然です」


まず跳んだのはナイチンゲール。そのまま軽やかにゾロに接近した。彼女はその戦法から接近戦における高火力を得意とする。奇しくもゾロのとも似ているが、ゾロは敢えて間合いを保とうと後ろに下がった。


(来るねェ)


だが、いつまでも逃げの姿勢では一本取ることはできない。ゾロは背後に聳えていた小さな崖を蹴った。彼女よりも歩幅、ジャンプ時の飛距離は大きい。間合いを詰めている相手の隙を突き、こちらが一気に近づく。

ナイチンゲールは少し目を見開いたが、ゾロの咄嗟となる突撃を両腕を交差しガードした。ドン、と衝撃が広がる。


「一筋縄ではいかねェな」

「いかれると困りますので」

「ハハ、そりゃそう、か!」


ゾロの回し蹴りも察知されヒラリと交わされた。彼女はそのまま空中で一回転し、下半身による攻撃でできたがら空きの紙風船への一撃を狙った。それも弾かれる。

両者益々競争心は燃え盛るばかりである。再び静寂が差し込まれたが、二人の目はまるで鋭いまま。ぼんやりとその光景を見ていた「一味(女性勢は近くのビーチ)」の面々はただ感心するのみ。

刹那、今度は互いに真っ直ぐ突っ込んだ。居合いだ。


ナイチンゲールの突きがゾロの風船を穿つ瞬間であった。


「無刀流・・・龍巻き!」


ゴウッと現れた小さな竜巻には、流石に即座の対応は難しかったようだ。逆に彼女の風船が割れていた。


「・・・無刀流、ですか。一杯喰わされましたね」

「悪く思うな」

「これは技を予測できない私の不備ですから」


しかしゾロにとっても間一髪であった。あの時、即座に繰り出すことができなかったら普通に抜かれていた。

観戦していた面々がやいのやいのと喝采するのを横目に、ゾロはふと聞いた。


「お前、小さい頃に何か習っていたか」

「というと?」

「お前もあの部屋に来るようになってからまだ1週間ちょっとだ。元から闘えるのは知ってはいたがここまでとは予想外だった。風船は割ったがな、油断していたのはおれの方だ」


すんなりと己の不備を認めたゾロに対し、ナイチンゲールは優しく微笑みながら応えた。


「クリミアでは貴族たるものこそ戦場で義務を果たす、という伝統がありましたから。父からはほんの少しですが体育についても学ばされました。私が看護師を目指す前の話です」

「ヘェ、てっきし貴族ってのはふんぞり返ってる奴等ばっかだと思ってだが・・・」

「故郷の貴族は腐敗と堕落を許しませんでしたので。それにしても・・・」


ゾロは久しく感じていなかったある種の充実感を得ていた。ほんの少し、脳裏に「彼女」がよぎった気がした。







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