トレ×カフェ
名無し藁束の軍楽隊が太鼓を打ち鳴らし、ラッパを吹き鳴らし、楽しげに踊っている。中には何が楽しいのか大量の金貨を紙吹雪よろしくばら撒く兵隊までいる。
「イワンのばかかな?」
小説だったか民話だったか。似たような情景を描いた本を昔読んだことはある。しかし、いくらなんでもこのような奇妙な光景を夢に見るとは思えない。
仕事は繁忙期を抜けていて、ここ最近は充分に休息を取れている(つもり)だし、風邪とか病気をした記憶もない。酒も飲んでいない。と、なると……
「まあ、なんとかなるか」
例のごとく何か奇妙なものに巻き込まれたのだろう。彼女のトレーナーになってから何度となく経験してきたことだ。幸い、ただちに命の危険があるようなタイプでは無さそうだしここでじっとしていれば——
「………すっかり慣れてしまいましたね、トレーナーさん」
——やはり彼女が、自分の担当であるマンハッタンカフェが現れた。
「日常茶飯事……とまではいかないけど流石に巻き込まれすぎたからね。慣れもするよ」
あまりに経験しすぎてなんとなく現状が危険かわかるくらいになれば、今更この程度の情景で取り乱すこともない。………情けない話、彼女がいるからなんとかなるだろうというのもあるが。
「しかし、どうして俺がこんなところにいるんだろ?君が招待してくれたとか?」
「いえ、そういうわけでは……私も初めてくる場所ですし。………おそらくですが——」
カフェが言うには、人は眠っている時独りでに魂が彷徨ってしまうことがある。そしてその魂がたまたまこのような人為の及ばぬ不思議な世界へ迷い込んでしまうこともしばしばあるとのこと。
今回は偶然にも自分とカフェが同じ世界に迷い込んでしまったらしい。………今回のようなただトンチキなだけの世界ならいいが、酷く危険な世界に迷い込むとそのまま帰って来れないこともあるというのだからゾッとする。まあ、でも……
「せっかくだし朝まで遊ぼうか」
「……いくらなんでも慣れすぎ、ですね」
マンハッタンカフェに手を差し出す。呆れたような物言いとは裏腹に彼女の顔は楽しそうに笑っていた。
今回は命の危険がない世界に来たのだから目が覚めるまで楽しまなければ損だろう。何よりここは彼女にとっても初めての場所だというではないか。これは千載一遇のチャンスだ。
「不思議な事を不思議な事として君と楽しめるなんて、そうはないから」
自分にとっては奇妙な経験でも彼女にとってはそう珍しいものではない、というのがいつものパターン。だけど今日はそうじゃない。今日はどんな驚きも、喜びも、経験して欲しいとは決して思わないが苦しみだって彼女と同じものを共有できる。これほど嬉しいことはない。
「……しようがない人です。今日は案内もなにもできませんよ?」
「だからいいんじゃないか」
『今日は自分がエスコートするよ』くらいのことを本当は言いたいが、まさか格好をつけるためだけにそんな無責任な事を言うわけにはいかない。
それに、こういう非日常では彼女に先導されてばかり。日常は大人しい彼女を自分が引っ張ってばかり。お互い無計画に行動することもあまりない。たまには二人肩を並べ、考えなしにあちこち出歩いてみたい。
「さて——」
「それでは——」
——これから、どうしようか?