トレ×アル
名無し———あまりの出来事に思わず目が覚めた。
「どうしましたか、トレーナーさん」
「ああ……いや……」
よほど勢いよく跳ね起きていたのだろう。隣で眠っていたアルダンが、寝ぼけ眼をこすりながらも心配そうに声をかけてきた。………どうやら起こしてしまったらしい。
「起こしちゃってごめんな。ちょっと悪い夢をみてさ……もう、大丈夫だから」
そう、酷い夢だった。何処かはよくわからない建物のエレベーターに乗って、下に降りようとした。突然、地震とは思えないような小刻みな揺れに襲われ……初めは古いからかな?などと呑気に話していたが次第次第に尋常でない揺れになり……落ちてることに気づいて強い衝撃が伝わったところで夢が終わった。
アルダンの手前、強がって見せはしたが……
「………お水、汲んできますね」
簡単に見抜かれてしまった。それもそうか、未だに手も声も震えている。冷や汗も止まっていない。この体たらくで騙さられるほど彼女は愚かではないし、騙されたふりをしてられないくらいに彼女は優しい子だ。だが……
「………今は離れてほしくないんだ」
立とうとしたアルダンの手を掴んで引き留める。今は彼女に隣にいて欲しい。隣にいるのだと、生きているのだと実感していたい。
「それほど、恐ろしい夢だったのですね……大丈夫です。私は、メジロアルダンはここにいますよ」
彼女が引き留めている腕を取り直す。俺の手のひらが彼女の両手のひらに包まれる。彼女は慈愛のこもった笑みをこちらに向けていた。……あまりに格好がつかなくて顔を上げていられない。
そのまま長いような、短いような時間を過ごした。そうしていると流石に心も落ち着いてきた。少し深呼吸をする。
「ありがとうアルダン。ようやく、心が静まってきたよ………カッコ悪いとこを見せたね」
「そうですか——」
俺の手を優しく包んでいたアルダンの両手が離れていく。その温もりが少しだけ惜しいというか、無いとまだ少しだけ心細いくはある。手遅れだろうが彼女の前ではカッコつけていたい。……何より、これ以上心配をかけるのも本意じゃない。
「——ならば、今日はとことんカッコ悪いところを見せてください」
その声に顔を上げると、彼女が両腕を広げていた。………どうやらつまらない意地も下手な演技も彼女には通じないらしい。
あ
春と夏の区別が曖昧になって久しい夜。その何処かジメジメとした不快な暑さとは違って、アルダンの体温はとても安らぐものだった。
添い寝、と言えばいつもと変わらない。だが、実際の状況は歳下の子の胸に埋まって、抱きしめられて、赤ん坊のように背を軽くたたかれ……
「情けないな、俺」
「そんな事ないですよ」
思わず溢した言葉を、こちらの頭を撫でながらアルダンが優しく否定する。………本当に立つ瀬がない。この有様では君を護るとか支えるとか言える気がしない。
「普段はこうしてトレーナーさんに支えて貰っているのですから、たまには甘えて下さい。……弱い貴方を受け止めさせてください」
だが、今はその言葉に甘えるしかない。そうしないと、とてもじゃないが眠れる気がしない。あのような夢をまた見そうで恐ろしいから。あの夢の続きを見そうで恐ろしいから。あの夢をもう一度見そうで怖いから。
あのエレベーター。おそらく、中の人間ごとひしゃげたのであろうあのエレベーターには俺だけではなく——
——アルダンも乗っていたから