デリンジャーの話。

デリンジャーの話。


扉絵連載√に続くデリンジャーとベビー5が若様を迎えに行く話。

デリンジャーはローが育てたので男口調です。自分が1から育てたデリンジャーには、少し柔らかく接してたらいいな。





解釈違いにご注意ください!!!!

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この世界は酷く生きづらい。




ファミリーのハートの席はもうずっと空いている。大幹部としては実力不足な構成員しかいないから。

13年前は多分、誰か女の人が座っていた。誰に聞いても「あんな裏切り者のこと、お前は知らなくていい」と言われる。朧げな記憶の中の彼女は、あまり強くはなかったと思う。僕は多分、彼女が苦手だった。彼女が若様を見る目が嫌いだった。僕を「バケモノ」と指差す人の目に似てるから。だから、僕の中の13年前のコラソンは若様を傷つけた酷く愚かな裏切り者でしかない。

あの席に座るのが夢だった。若様の右腕として、ヴェルゴさんの後継として、あの人の隣を歩きたい。それが僕の、育ててくれた親でもある若様のためにできる精一杯の恩返しだから。


この世界は、僕たちに優しくない。闘魚と人間の間に生まれた僕を、周りの人は気味悪がった。そんな視線に耐えかねなかった母親は僕を捨てた。もう顔も覚えてないし、親だとも思ってない。僕の親は、あの人だけだ。あの人は僕を拒絶しなかった。捨て子の僕を拾って育て、ファミリーの構成員として迎えてくれた。

それはきっと、若様も「その」経験があるからだ。生まれただけで、病気になっただけで、僕らは酷く生きづらい世界を生きていかなければならない。僕には若様がいたけど、若様はきっと、誰もいなかった。


若様の膝の上で本を読むのが好きだった。若様は強くて頭が良くて、何でもできた。そんな彼のようになりたくて、必死で字を勉強して本をたくさん読んだ。皮肉にも闘魚の血筋のおかげで強さは先天的に備わっていたけど、あの人の隣に並ぶために毎日の訓練は欠かさなかった。訓練のあとに、冷たいけれど温かい若様の目を見ながら、若様の死を模った冷たい手に包帯を巻いてもらうのが好きだった。



10歳のときに、初めてベビー5がお酒を飲んで酔っ払いながら話したことがある。彼女は言葉も上手く紡げないほど泣きじゃくりながら、7年前の懺悔を話した。


若様に何もしてあげられない。

若様を支えてあげられる自信がない。

どうして若様が謝るのか分からない。

悪いのは若様を虐げたこの世界なのに。

あの人は、一番若様の近くにいたのに。

あんなこと言ったコラさんを許せない。

姉のように思っていたのに。

貴女が何もしないなら、私が代わりたかった。


聞いていたのは僕だけだったけど、その日はとても眠れなかった。湧き上がるのは怒りと哀れみだった。

若様が貴女を見る目は、僕に向くものとは少し違っていた。血の繋がった家族を見る目だ。今思い出せば、それがとても羨ましかったんだ。だからきっと、僕も彼女を許せない。その目は、僕が欲しかったのに。

顔も思い出せない彼女のことが、酷く妬ましくなった。


若様の部屋にはおもちゃがたくさんある。僕やベビー5やバッファローが子供のときに遊んでいたものもあるし、いつの間にか増えていたものもある。

その中に、一際大きなシロクマのぬいぐるみが、棚の一角を占領している。僕が初めて任務で得た報酬金で買った贈り物だ。若様の部屋のガラス戸の付いた棚に並ぶおもちゃの中に並べて欲しかった。随分昔の話だからもう所々ほつれているけど、若様はまだ大事にしてくれている。

あの時の、人前で冷たい表情を変えない若様の驚いた顔が酷く幼く見えて、今もずっと覚えている。そのあとに小さく、本当に小さく微笑んだ若様が、僕が見た最後の笑顔だ。いつかもう一度新しいシロクマを買ってあげて、もう一度あの笑顔を僕に向けて欲しい。



「行くわよ、デリンジャー!」

昔の記憶を辿っていた僕の意識は、ベビー5の声で覚醒した。

さっきまで彼女と僕の手に付いていた手枷は、若様のために鍛えた鋭い牙まで砕かれたあとだった。防御力の欠片もないダサい囚人服を身に纏い、牢の見張りをする雑魚海兵を薙ぎ払う。早く、早く、あの人の元へ。


「若様!」


一番奥の独房の中で、細い手足に重たい海楼石を付けられた若様がいた。ベビー5が声を掛ければ、心底驚いたように顔を上げる。あ、その顔、僕好きだな。


なんで。


声にはならなかったけど、確かに若様の口はそう空気を吐いた。

護衛してた雑魚から奪った鍵で扉を開ける。あんな半人前を若様の牢の見張りにつけるなんて、海軍は若様を見縊ってるのか。

重たい手錠を外して、自由になった腕を引っ張る。


なんで。


今度は、声になった。されるがままに僕とベビー5に引っ張られる若様を振り返る。


「ずっとこうして、隣を歩きたかったから」


目が見開かれた。初めて見る若様がたくさんだ。

金色の宝石のような目が、ゆらゆら揺れた。


「私、もうあの人の代わりになりたいなんて思わないことにしたの」


ベビー5が告げた。麦わらとの戦いで、何かから解放された若様を見て、彼女は「よかった」と呟いていた。


「私ずっと、あの人が羨ましかった。若様の横を歩くことを許されて、それでも歩かない選択をできたあの人の贅沢さが羨ましかった」


でも私、あの人にないものだって貴方から貰ったの。


若様は、黙って俯いたままだ。

されるがままに歩き続ける若様は、まるで親と逸れた幼い子どものようだった。


僕は、彼女は、ファミリーで、あの場所で、あの家族で、この人に、貴方に、生きていく意味を貰ったのだ。


「貴方についてきたこと、一度だって後悔してないわ」


僕たちの選択は、何一つ間違ってなんかなかった。

貴方が夜な夜な誰かに謝り続けるのも知っていた。

何もできない自分が悔しくてたまらなかった。


だから、僕たちが貴方のために何もできないなら、せめて貴方がしたいことをできるようにしてあげたいから、


「このあと、何がしたい?ローさん」


もう若様じゃなくていい。バケモノじゃなくていい。ひとりの人間としての貴方であって欲しいから、


「せかいを、みてみたい」


貴方が世界を壊したいなら、僕たちは黙って従うから。貴方が世界を見たいなら、僕たちは頑張って勉強するから。


「まずは服ね!」


かつてのジョリーロジャーのように、ニッコリ笑ったベビー5が楽しそうにスキップした。

ローさんにはこんな服がきっと似合うから。

ウキウキと脳内でローさんを着せ替え人形にするベビー5を横目に、彼の頬に伝う雫を見た。

初めて見る、涙だった。


「ベビー5!」

「なあに?デリンジャー」

「服を買ったら、まずは玩具屋な」

「いいけど、なんで?」

貴方が笑わない代わりに笑っていたジョリーロジャーはもうない。

だから今度は、貴方が笑ってくれなきゃ。


旅の門出は笑顔でなきゃな。

新しいシロクマ、もう一度笑って受け取ってくれるかな。



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