デッドオアアライブ〜プリキュアミニ四駆倶楽部〜(後編)

デッドオアアライブ〜プリキュアミニ四駆倶楽部〜(後編)



 ここはおいしーなタウンとソラシド市とぴかりヶ丘、そしてはぐくみ市の境目に位置する場所に都合よく存在する電気店──コジマ電気……

 そこに、最速を求める三人の男たち(品田拓海、相楽誠司、夕凪ツバサ)と、そして一人の少女が集っていた。


「まさか薬師寺もミニ四駆に興味があったなんてなぁ」

「うん、最近ちょっと興味が出てきたんだ。と言っても、持ってるのは一台しかないんだけど……」


 意外そうに呟いた拓海に、その少女:薬師寺さあやは上品に微笑み返しながら、ピットスペースに荷物を置いた。


 ズシリ、と長テーブルが荷物の重さに軋みを上げた。


「「「なん……だと……!?」」」


 三人は目の前の光景に目を見開いた。


 さあやの荷物、それはキャリーケースというにはあまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、そして大量にあった。

 その中でも拓海は真っ先にあるものに目を吸い寄せられた。


「な……なんだ、あの電池が納められたファン付きの機械はッ!?」

「あ、これ? 充電器だよ」

「じゅ、充電器……!?」


 ミニ四駆のパワーソースは単三電池二本である。市販の単三電池ならどれでも使用できるが、しかし一口に電池といっても100円ショップで売ってる安物から、繰り返し使えるニッケル充電池までその種類は千差万別である。

 その中でもやはりパワーソースとして優れているのが、タミヤがミニ四駆専用として開発した公式ニッケル充電池だ。

 軽くて長持ち。さらに限界を超えて過充電すれば一時的にだが、普通の乾電池を超えるパワーを得ることができる。ちなみにお値段は二本で990円。

 男たち三人も当然ながらこの公式充電池を使っていたが、しかし、今さあやが目の前で取り出した充電器は、普段彼らが使っているものとは雲泥の差があった。

 彼らが普段使っていたのは、ソケットをコンセントに直接差し込むタイプのタミヤ公式充電器だ。そのお値段3920円ナリ。

 拓海たち学生にとって充電池と充電器をセットで購入するのはかなりの出費だったが、しかし電池を変えたことでその走りが劇的に変化したので後悔はしていなかった。ミニ四駆のスピードの八割は、この電池パワーとモーターの種類で決まるといっても過言ではないのである。


 翻って、さあやの充電器である。


 それは先ほども言ったように、単なる充電器にしてはあまりにもゴツい代物だった。

 その大きさはアウトドア用品で使う小さめのコンロぐらいはある。そこに八本も並べることができるソケットと、その電池の状況をリアルタイムで知るための液晶画面デジタル画面が搭載されていた。また、その下には冷却用のファンが用意されている。


「この充電器はね、単に充電するだけじゃなく放電もできるんだよ」

「放電!? 電池を空にするのか!?」

「うん、充電と放電を急速に繰り返すことで、電池パワーはどんどん上がるんだって。これを電池育成っていうの。拓海くん、知ってた?」

「そ、そんなの知らない……まだ習ってないよ……」


 呆然として呟く拓海の横で、誠司が恐る恐る訊いた。


「あの薬師寺さん。この充電器と冷却ファン……それとそこに繋がってるやたらゴッツいモバイルバッテリー全部合わせてお幾らぐらいですか……?」

「えっと、充電器が確か二万五千円ぐらいで」

「二万五千!?」

「冷却ファンが一万ちょい、モバイルバッテリーも同じくらいかな?」

「…………」


 絶句する誠司の横で、さあやは自分のマシンを取り出した。

 それは目にも鮮やかな真紅のマシン。その姿に、ツバサは目を惹かれた。


「うわぁカッコいい!! 凄いや、フロントもリアもボディだって既存品パーツとは全然違う! こんなの見たことないですよ!」

「シャーシはMSフレキ改造、リアとフロントはどっちもカーボン強化パーツを加工して作った提灯システム連動型ATスライドダンパー。もちろんボディはポリカネート製だよ。リアにはキャッチャーを加工して作ったキャッチャーダンパー。それと四つの車軸にはボールベアリングも搭載。ローラーも圧力抜きを施して回転を滑らかにしたの」

「凄い! さあやさんが何を言っているのか全然わからない!?」


 パッと見で自分たちとは次元が違うハイパースゴスギマシンだということはかろうじて理解した。

 呆気に取られた男たち三人を尻目に、さあやがサーキットにタイム計測用の専用タイマー(1790円)と、スタートシグナル(2158円)をセットした。


「じゃあ、みんなの前だからちょっと恥ずかしいけど……イクね?」


 マシンのスイッチを入れ、スタート地点に備える。スタートシグナルがカウントを始めた。

 ブザーと同時にシグナルはレッドサインから、ブルーサインへ。


「ゴー!」


 パシュ!


 そんな微かな音を残し、その赤きマシンは閃光と化した。

 シュイイインと軽やかなモーター音と、残像がコースを駆け抜ける。

 三人が散々苦労したコースをそのマシンは一瞬で駆け抜け、ゴールを迎えた。

 マシンがあまりに速すぎるため、さあやはキャッチャーと呼ばれる、見た目はスリッパのようなアイテム(616円)をレーン上に設置した。追加でもう一周してきたマシンがキャッチャーに飛び込み、1メートル以上も滑走させながらようやく停止する。


「えっとタイムは……20秒38かぁ」


 ため息混じりに残念そうに呟かれたさあやの記録に、三人は耳を疑った。


「そんな、薬師寺がDOAさんのタイムを上回っただとぉ!?」

「さあやさんスゴスギです! ハイパースゴスギレジェンドです!」

「し、しかし薬師寺さんが微塵も嬉しそうじゃないのはどういう訳だ!?」


 誠司のその謎は、彼女の次の行動によってすぐに解消された。

 さあやがスコアボードに近づき、一位の欄の名前「DOA」を変えないまま、記録だけを書き換えたからである。


 そう、つまり──


「や、薬師寺!? まさか、そうなのか!? お前が、お前こそがッ!?」

「うん、そう。私がDOAだよ。……昨日、このコースを試走してから改めてセッティング変えてみたんだけど、20秒を切れなかったなぁ」

「や、薬師寺さん……なんてハイレベルな悩みなんだ」

「あ、あの、さあやさん! マシンをもう一度見せてもらって良いですか!?」

「うん、良いよツバサくん。えっと……拓海くんと誠司くんも……見たい?」


 さあやレベルの美少女から「見たい?」なんて問われて断れる男が居るのだろうか。

 いや、いない。

 拓海と誠司は壊れた首振り人形のように何度も頷きながら、さあやの側ににじりよった。


「薬師寺……触ってもいいか?」


 拓海から血走った目で迫られて、さあやは顔を赤らめながら小さく頷いた。


「いいよ。でも、優しくしてね?」

「あ、ああ…!」


 ゴクリと唾を飲みながら、拓海はさあやのマシンに手を伸ばした。


 車体の下にそっと指を入れると、マシンはまるで羽毛のようにフワリと持ち上がった。


「な、なんて軽いんだ。すごく徹底的に肉抜き処理が施されてる……!」

「し、品田、俺にも触らせてくれ。……うわ、うわわ!」


 誠司は受け取ったマシンを恐る恐る裏返しにひっくり返す。


「うわぁ凄え! MSシャーシのフレキ仕様なのに、俺たちとは精度が段違いだ。な、なぁ薬師寺さん、このフレキシャーシ、押し込んでも良いかな!」

「あ、うん。でもデリケートだから、指でそっと……そっと、押してね?」

「う、うん! うおおお!? 指で触れるだけで滑らかにサスが動く。それなのにしっかりと押し返してきて…ああ、なんて柔らかいんだ!?」

「あ、それ以上押しちゃダメ…あん!?」

「ご、ごめん、薬師寺さん!?」


 慌ててマシンを机の上に置いた誠司に、さあやはクスクスと嫋やかな笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ、誠司くん。そんなに慌てなくても」

「あ、あの、さあやさん? 僕も少しだけ、そのマシンに触れてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだよツバサくん。ほら、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 ツバサが目を輝かせながらマシンを手に持ち観察する傍らで、拓海と誠司は顔を寄せ合ってヒソヒソと囁きあった。


「品田、どうだった。何か掴めたか?」

「どうも何も次元が違いすぎて参考にならねえよ。パーツ全部がカーボン製の自作って時点で、もうなぁ」

「フロントバンパーだけで五枚分ぐらい組み合わせて使ってそうだったな。おまけに限界ギリギリまで肉抜き加工してあったけど、カーボン素材をどうやったらあんな精密に加工できるんだ?」

「わからん。本人に訊いてみよう」


 訊いてみた。


「歯医者さん用のドリルを使えば簡単だよ」


 とのことだった。


「どこで売ってんだよそんなもん!?」

「じゃあ普通のドリルとダイヤモンドカッターかな。隣のホームセンターに売ってる三万円ぐらいがお手頃で良い感じだよ。あ、メーカーカタログあるけど見る? 私のオススメはね!」

「まて薬師寺、いきなりテンション上がって早口になっているところ申し訳ないが少し落ち着いてくれ」

「た、拓海くん、私そんなに早口だった!?」

「かなり」

「あのね薬師寺さん、これを言うのは大変心苦しいんだけど、ドリルとかの治具(加工用具)とかハイパーな充電器とか、そんなお高い周辺器具なんて俺たちには手が届かないんだよ」

「そうそう、オレたちは少ない小遣いを必死にやりくりしながら工夫してるんだ。一緒にしないでくれ」

「うーん、確かにそれを言われちゃうとその通りだけど……」


 さあやはそこで言葉を切り、深くため息をつくと、でもね、と言葉を続けた。


「……お金かけたから速い、みたいな印象を抱かれたのだとしたら、心外だよ?」

「誰もそこまでは言ってねえよ? まあ、薬師寺が持ってる治具とかオレたちも使えたらなぁ〜とは思ってるけど」

「そうそう、その充電器をちょこっとだけ使わせてもらえば、俺のラブリーカイザーも2、3秒は速くならんかなぁって」

「だったら貸してあげるよ?」

「「ありがとうございます!!」」


 さあやの申し出に、二人は即座に食いついた。

 だが、しかし。


「ただし、条件があります」

「「条件?」」

「うん」


 さあやは二人の記録が書かれたスコアボードに目を向けた。

 そこには、二人のマシン【ブラックプレシャス】と【カイザーラブリー】の名もあった。

 さあやはクスリ、と小さく笑みを漏らし、その条件を告げた。


「二人のマシン名を【ブラックアンジュ】、【ラブリーアンジュ】にしてくれたら、私(の持ってるパーツや治具)を好きにして良いよ」

「「よろこ……なっ!?」」


 天使のような美少女から、私を好きにして良いよ、などと言われて思わず欲望のままに頷きかけてしまったが、二人は直後に正気に返った。


「薬師寺……お前、自分が何を言ったか、理解しているのか?」

「もちろん」

「薬師寺さん、君は今、俺たちに【誇り】を差し出せ、と……そう言ったんだぞ!?」

「私(の持ってるパーツや治具)を差し出すんだもの。安いものだと思わない?」


 天使のような、悪魔の笑顔がそこにあった。

 それはどこまでも魅惑。

 どこまでも可憐。

 男であれば抗い違い美少女からの誘い。

 嗚呼、この少女(の持ってるパーツや治具)を手に入れたい。

 少女(の持ってるパーツや治具)を存分に弄くり回したい。

 そんな暗い欲望に、二人は必死に抗った。

 抗い、抗い、激しい葛藤の末に、拓海はさあやを真っ直ぐに見据えた。


「薬師寺ぃ!」

「なぁに?」

「マシン名を変えるわけにはいかない! でもぶっちゃけお前(の持ってるパーツや治具)が欲しい!」

「わがままだなぁ」

「だからレースで勝負だ! オレが勝ったらマシン名はそのままでお前を頂く!」

「拓海くんが負けたらマシン名を変えてくれるってことだね」

「薬師寺さん、俺も勝負に乗るぜ。マシン名だけは絶対に譲るわけにはいかないんだ!」

「カッコいいこと言ってるけど、でも相楽くんも私が欲しいんでしょう?」

「否定はしない!」

「いいよ、勝負しようか。私が都合のいい女じゃないってことを証明してあげるから」


 さあやはその顔つきを天使から勝負師に切り替え、マシンを手に再びサーキットへ立とうとした。


「待て、薬師寺。もう一つ条件がある!」

「へ? 何、拓海くん?」

「いや、あのさ………ハンデちょうだい」

「…………………」


 さあやの目が呆れたようなジト目に変わったが、まぁ仕方ないと思い直し、スコアボードに目を向けた。


「じゃあ、タイム差を考慮して、二人がスタートした五秒後に私がスタートでいいかな?」

「「あざっす!」」


 さらにセッティングの見直しと電池の再充電の時間も欲しいと言うので、さあやはそれも承諾した。

 拓海たちの方から言い出した勝負なのに注文が多い、と思いつつも、結局はそれを全部聞き入れてしまい、さあやは心中密かにため息を漏らした。


(私って、やっぱり都合のいい女なのかなぁ)


 なんだか悔しいので、さあやも待ち時間を利用してガチのセッティングに切り替えた。


 そいでもってスタートの時間がやってきた。

 三人が各々のマシンを手にサーキットのスタート地点に立つ。スターターを務めるのはツバサだ。


「ツバサくんは参加しないの? 私が欲しくないの?」

「プリンセスの名を賭けるなんて真似、できるはずがありませんよ。僕はそこのお二人ほど欲望に正直じゃありませんからね」

「だってさ。言われちゃってるよ?」

「「うぐ…ッ」」

「それではいきますよ。シグナルに注目!」


 ワンブザー、ツーブザー、スリーブザー。

 フォーブザーと共にシグナルはレッドからブルーへ。


「ゴー!」

「行け、オレのプレシャス!」

「お前ならやれる、ラブリー!」


 ギュアアアア、と激しい音を上げて二台のマシンが走り出す。その速度は最初のタイムアタックを上回るものだった。

 実況に鞍替えしたツバサが叫ぶ。


「二台が並んで激しいスタートダッシュだ! これがさっき買ったばかりのウルトラダッシュモーターの威力なのかぁ!」

「あ、二人ともズルい。それ公式レースで使っちゃダメなモーターだよ」

「「勝てばよかろうなのだぁ!」」

「ふーん、そっちがその気なら、私も遠慮しないからね?」


 さあやがマシンを持った片手を大きく振りかぶった。

 スタートまで残り二秒、一秒──


「さあや選手、スタート!」

「必殺、スーパーアタックランディング!」


 振りかぶったマシンを、アンダースローのピッチャーのようにレーンへ投入した。

 いわば人力カタパルト発射である。さあやのマシン【レッドホットチリペッパー】が文字通りストレートをかっ飛んでいく。


「汚ねえ!? 手押しスタートとか公式ルール違反なんだぞ!」

「どの口が言ってるのかな、拓海くん?」


 先を行く二台のマシンを、真紅のマシンが追いかける。

 三台がそれぞれ一周目を駆け抜ける。一位はラブリーカイザー、コンマ一秒遅れてブラックプレシャス。2.8秒遅れてレッドホットチリペッパー。


「くそ、一周でもう三秒差を切られた!?」

「落ち着け品田、手押しスタート効果は一周目だけだ。今の俺たちのタイムは一周7秒台、三周で22秒を切れるなら、ギリギリで勝てる……はずだ!」

「プレシャス、逃げろぉぉ!!」

「諦めるな、ラブリー!!」


 ズバァァァァ、と三台がコースさえも揺さぶる勢いでレーンを駆け抜ける。

 プレシャスとラブリーの背後から、紅の影がジリジリと迫る。

 ツバサの実況にも熱が籠った。


「速い、速いぞレッドホットチリペッパー! 耐久性を保てる限界まで軽量化されたその車体はとてつもなくデリケート! ギリギリの危ういバランスで構成されたマシンのデンジャラスでホットな走り! これが薬師寺さあやのデッドオアアライブだァー!!」


 解説で強引にタイトル回収も行いつつレースは二周目へ。

 空気を震わせながら三台が猛スピードで駆け抜ける。

 ラブリーカイザーとブラックプレシャスは横並び、そのすぐ後ろにレッドホットチリペッパー。

 その差は1.6秒!


「一周目から縮まった差は1.2秒! 勝てる、オレたちは勝てるぞ相楽ぁ!」

「ゴー、マイラブリー!」

「悪いけれど、そう上手くはいかないからね?」


 さあやがそう呟いた時、ラブリーカイザーに異変が起きた。

 急斜面から180度カーブを経ての下り坂、急加速したラブリーカイザーはフルスピードでデジタルカーブへ突っ込む。

 事故は、そこで起きた。


 クラッシュ。


 誠司の目の前で、ラブリーカイザーがレーンの壁を飛び越え、横転しながら宙を舞った。


「め、めぐみぃぃぃい!?」


 彼の足元に仰向けに倒れた彼女を、誠司は咄嗟に抱き上げた。


「めぐみ、しっかりしろ、どうしてこんなことに!?」


 誠司の手の中、彼女のフロント右側のローラーが外れかけていた。


「ま、まさか……ウルトラダッシュモーターのスピードに耐えられなかったのか……?」


──ごめんね、誠司……私、頑張ったけど……


「お前は悪くない。俺のせいだ。お前が限界を超えて無茶するやつだって知ってたのに…俺は……ッ!」


 愛車を抱いて泣き崩れた誠司を尻目に、レースは続く。


「誠司、お前とラブリーの仇は取ってやる! 行くぞ、ゆい! オレたちの絆を見せてやろうぜ!」


──もちろんだよ、拓海ぃ!


 拓海の想いに応えるかのように、ブラックプレシャスがドラゴンバックを飛び越え、コーナーを曲がり切る。

 残るはスラロームだけだ。リードはまだ残っている。


「勝った! これで薬師寺はオレのものだァーー!!」


 拓海がそう絶叫した、その時だった。

 ブラックプレシャスが、減速した。


「何ィィ!? バカな、どうして!?」


 拓海の疑問に、さあやが答えた。


「電池が垂れたんだね」


 要は電池のスタミナ切れである。

 拓海は電池パワーを限界を超えて引き出すために過充電してレースに臨んでいたが、その状態は長くは保たない。

 まして大電流を必要とするウルトラダッシュモーターを使用したので、電池の消耗が想定よりも早かったのである。


「ゆいいいい!?」


──ハラペコッタ〜……(´・ω・`)


 一挙にパワーダウンしたブラックプレシャスはスラロームで大きく失速し、レッドホットチリペッパーに追い越された。


「ゴオオオオォル!! 勝者はデッドオアアライブ薬師寺さあやぁぁぁーー……さんです」

「「ま、負けた……」」


 サーキット脇で膝をついて項垂れた拓海と誠司に、さあやは優しく微笑みかけた。


「レース、楽しかったよ。だからそれに免じて、マシン名の賭けは無しにしてあげる」

「薬師寺……良いのか?」

「じゃあ、治具やパーツのレンタルは?」

「好きに使って良いよ。だからいつでも遊びにきてね?」

「薬師寺…!」

「薬師寺さん…!」


 伏して見上げた彼女の姿、それは慈愛に満ちた菩薩のようであった。

 後光さえ差しているかのようなさあやに二人がひれ伏した時、さあやがふと呟いた。


「まぁそれはそれとして……拓海くん」

「ん、なんだ?」


 顔を上げた拓海は、さあやがボイスレコーダーを手にしているのを見た。


『でもぶっちゃけお前が欲しい!』

『オレが勝ったらマシン名はそのままでお前を頂く!』

『勝った! これで薬師寺はオレのものだァーー!!』


 録音された拓海のボイスが再生されて、店内に響き渡った。


「あ、あのさ……薬師寺……それをどうするおつもりで……?」

「う〜ん……どうしようかな?」


 クスクスと笑うさあやに、拓海の背中にどっと冷や汗が流れ落ちた。

 まるで判決を待つ被告人のように縮こまった拓海に、さあやは顔を寄せて、その耳元で囁いた。


「これをどうするかは、これから私の家に行って一緒に相談だね♪」

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