デッドエンドの冒険③
デッドエンドレースが開催される島の町の一つであるハンナバルの港町。その裏路地の奥に存在する一軒のバーでルフィとウタは遅めの夕食を食べていた。
「はいルフィ。あ〜〜ん。」
「あーーん。ここの店の料理はうめェな!!」
普段2人が食べる量と比べたら明らかに少ない料理を前にルフィはウタ手からのみ料理を食べていた。事情と場所さえ考えなければそれはもはや新婚か、仲のいいカップルにしか見えない程である。
「にしてもウタ。なんでこんな食い方すんだよ。量もすくねェしよ。」
「アンタに好き勝手食べさせたらいくらあっても足りないでしょ。お金だって無限にある訳じゃないの。」
「それもそっか。」
文句を言うルフィにウタは説明する。この話は店に入る前にもした筈なのだがあの時は空腹なのもあり良く聞いてなかったようだ。
ウタはルフィに料理を食べさせながら自分も幾つか口に運ぶ。港町の店と言う事もありこの店には魚介料理が多い。世界の大半を海が占めるこの世界に置いて魚介というのは珍しくも無い。2人が普段生活してるマリンフォードでもよく見る物だ。だが、海兵の為に作られる栄養バランスの考えられた料理と違い海賊などが楽しむ為のある意味ボリューミーな料理はまた違った味わいがある。粗雑ではあるが客の事を考えて作られた料理は確かに2人の舌を打った。
お世辞にも立地が良いとは言えないこの店がやっていられるのは、良いと言えない立地が無法者が隠れるのに向いているのと、この量と質を両立させた料理のお陰だろう。実際に2人以外の客の殆どが無法者であり、何人か賞金首の姿も見えた。
また1組、無法者達が店に入ってくる。だが、彼らは他の無法者達とは違った。
「おい兄ちゃん。良い女連れてるじゃねェか。」
「ん?」
(やっとか…)
10人組と思われる無法者集団のリーダー格と思われる男がウタ達のテーブルの前に立ちルフィに話しかける。だが、その目線はルフィには向いておらず下卑た笑いを浮かべている。その様子を見てウタは軽く溜め息を吐く。
「姉ちゃんもよ、そんな男より俺たちと一緒の方が楽しいぜ?」
「お断りします。単純に好みじゃ無いので。それに、店の前に貼ってある手配書に気付かなかったんですか?この店は海軍から正規に営業の許可が出ています。問題なんて起こしたら
「問題?起きねェよ!なぁ?」
回ってきた男の腕を振り払いウタが反論すると、その言葉を遮る様に男が言う。ウタが横目で確認すれば店主は見て見ぬふりをするつまりらしい。自身より上位の相手には逆らわない。それがこの海を生き抜く上で1番賢い方法だ。
ウタはルフィに軽く合図を送る。すると、先ほどまで呑気に料理を食べていたルフィはテーブルに立て掛けてあった鉄パイプを右手に取り立ち上がる。
「ほう?俺たちとやろうってのか!なら仕方ねェなァ!!一度痛い目ブフォ!」
そんなルフィの様子をみて調査に乗りかけた男の顎を、蹴り上げられたウタの足が捕らえた。ドゴンと蹴りとは思えない音が響き男は後方に飛んでいき、男が居た場所には男の舌が転がった。恐らく蹴られた勢いで舌を噛み切ってしまったのだろう。男にとって1番の幸運はそんな痛みを感じる暇無く気絶した事だけだった。
しばらく周囲が呆然となったのち、仲間をやられた男達は憤り、自らの得物を手に持つ。ウタに1番近かった男がその手に持った剣で斬りかかるが容易く交わされ、その腹にウタの膝が打ち込まれる。
膝を打ち込む際に集団に背を向けたウタにチャンスとばかりに無法者達が襲い掛かる。だが、その得物が届く事は無くルフィの手に持った鉄パイプによって砕かれる。
背中合わせに立つ2人の好きの姿は無法者達を怯ませるには充分だった。無法者達は恐怖で足がすくみ、後退りにする。ズザ。その音を合図にルフィが突っ込んで来た。
振るわれる鉄パイプに、得物を失った男は防御の手段を持たず左から右へと薙ぎ飛ばされる。その直後にルフィの後ろから迫っていたウタが現れ、ルフィの右肩を支えにしながら右から左へと脚を振り切る。
ウタとルフィの体格差もあり完全に死角からの一撃をモロに喰らった無法者達が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「まだやる?」
僅か数秒の蹂躙だった。未だに顔に幼さが残る少年少女に無法者達は恐怖し、急いで仲間を担ぎ逃げて行った。
「じゃあルフィ。残ってる料理全部食べちゃって良いよ。」
「本当か!おかわりは
「ダメ。」
「ケチ〜」
「ケチで結構。どうせ後から沢山食べられるんだから我慢して。」
逃げてく無法者達を見送り、なんとも緊張感が無い会話をする2人。やがてルフィはテーブルに戻り残ってた料理をペロリと平らげ、ウタは店主の元へと向かいお会計をする。
「はいこれ。お釣りは要らないよ。迷惑料って事で貰っといて。」
ウタは予め計算しておいた料金に少し色をつけて払う。元々迷惑をかける計画なのだから仕方ない。離れた場所から見守っていた仲間達の料金を纏めて払う。
「それと…」
それとは別枠でコインを2枚、店主の前に差し出す。いつの間にか後ろに待機してた仲間達と隣に駆け寄ってきたルフィを連れてウタは出来る限り悪い顔を作る。
「なる程。デモンストレーションだったと言う訳か。」
それだけで店主は状況を理解し顎で店の奥を指し示すとその中に入っていく。ウタは最初こそ警戒したが、ルフィが能天気に付いていくので罠なら壊せば良いやと諦めた。
「この奥だ。」
案内された先は洞窟だった。全員が入り終わった事を確認すると、店主はウタに火が灯っているランプを手渡し扉を閉める。
「ここを真っ直ぐ行けば目的の場所だ。俺が案内出来るのはここまでだがな。」
「充分。」
「冒険の匂いがする〜」
少し強張った表情のウタと目を輝かせ涎を垂らすルフィを見て店主は話しかける。
「まだ若いだろ。引き返すなら今だぞ。」
「あいにく、この程度で引き返せるなら海賊なんてやってないの。それに、うちの船長も待ちきれないみたいでね。」
あくまで若者を気遣うスタンスの店長に好感を覚えながらもウタは強気に返す。その言葉に店長は、そっちが船長なのかと驚いた様な目でルフィを見ていた。
「一つ聞きてェ…船長さんよ。なんで海賊なんてやってる。」
その質問にウタは顔を強張らせ、ルフィは珍しい思案顔になる。海賊をやってる理由に関しては予め話し合っては居た。故郷が貧困で海に出るしか無かったと。だが、その設定をルフィが覚えているかが謎だった。当初はこういう時には嘘が下手なルフィに変わりウタが答える手筈だったが、船長と指名された以上ウタが答える訳にもいかない。
「…海賊王になる為に」
少しの間を置いて、最大限の笑顔でルフィは答える。それを聞いた店主は笑い、ルフィの事を応援してると言った。仲間達もこの危機を乗り越えられた事に安堵し流石などとルフィを持ち上げルフィもそれに答える。その中でウタだけが笑えずにいた。
(ルフィが海賊になったら海賊王になるんだ…そっか…そうだよね。ルフィだもんね。きっと、海賊王になって、でもその時、わたしは…それを私は…)