デッドエンドの冒険②

デッドエンドの冒険②


 元帥室から出た2人は水飴を食べながら軍港まで歩いていた。

「そう言えばさ、海賊になりきるなら名前がいるよね。」

「名前かァ〜何が良いかな〜」

 2人でああでもないこうでもないと話し合いながら歩いていると目的地に到着する。軍艦とは違い海賊船に見える意匠が凝らされた船から、垂れ目がちな男性が降りてくる。一眼見た印象としては、優しそうな人だった。

「よく来てくれたね。君たちが元帥が言ってた…」

「おれはルフィ。よろしくな。」

「ちょっとルフィ!相手は上官だよ!しっかりしないと!」

「そんなに気にしなくても良いさ。それに、任務が始まれば僕たちは君達の部下になるんだから、彼ぐらい気やすい方が好都合さ。」

「ありがとうございます。私はウタと言います。」

 軽い挨拶をするルフィに対し、ウタは丁寧な敬礼で挨拶をする。いくら本人達が良いと言っても上官だ。任務が始まるまでは敬意を持って接するのがマナーだとウタは思った。

「そんなに畏まらなくても良いよ。僕も立場的には君達に近いからね。ここに集められたメンバーはそんなのばっかりさ。数年前から入隊して実力不足で出世出来なかった奴らばかりだよ。だからこそ、出世頭の君達と一緒に任務が出来てとても嬉しいんだ。」

 定期的に後ろに並ぶ海兵達に確認をとりながら話している彼がこのメンバーのリーダー的存在らしい。

「自己紹介が遅れたね。僕はアマリ。立場的な設定だと君達が率いる海賊団のNo.3って事になる。よろしくね。」

 そう言ってアマリは両手を出してくる。角度的に右手でルフィと左手でウタと同時に握手するつもりなのだろう。ルフィは差し出された手を勢いよく取り、ウタは丁寧に取る。任務の為に話す期間が有るとは言え、短い間で仲を深めきるのは難しいだろう。その為ウタはこの人が生命線だなと冷静に分析していた。

「それで…海賊団の名前を聞いても良いかな?決まって無かったら後からゆっくり考えれば良いから無理にとは言わないけど。」

 最初の会話が聞こえてたのだろう。少し申し訳無さそうな様子をして聞いてくるアマリに返事をしようとしたウタをルフィの声が遮る。

「"麦わら海賊団"だ!」

「麦わら…うん。良いんじゃない?」

 自らのトレードマークたる麦わら帽子を深く被り、ニシシと笑いながらルフィは宣言し、ウタもそれに賛同する。ルフィにとって憧れる海賊は赤髪海賊団だ。だからこそ、その船長の帽子である麦わらから取ったのだろう。

 だが、それはウタにとって違う意味を持つ。

「麦わら…良い名前だね!それなら、ルフィ君が船長かな?」

「ちょっと待って!船長は私!」

「何をォ!おれが船長だ!」

「私の方が年上だから私が船長!」

「おれが被ってる麦わら帽子から取ってるからおれだろ!」

「関係ないでしょ!ていうか、なんでそんな物ずっと被ってるの!」

 ウタにとっても、ルフィの被ってる麦わら帽子は大きな意味を持つ。ウタの父親たる赤髪のシャンクスの被っていた帽子。ウタにとっても、麦わら帽子といえばシャンクスだった。だからこそ、ウタはそれを被ってるルフィが分からなかった。何故エレジアを滅ぼし、自分を置いて行った"悪い海賊"の帽子をずっと被っているのかと。ルフィは嘘が下手だ。だからこそ何かを隠してる事はすぐにわかった。それでも彼は頑固だ。だからウタは事情を聞くのを諦めた。

「被りたいなら言えよ!ウタならいつでも良いって言ってるだろ?」

「被りたいなんて言ってないじゃん!そんな物!」

「まぁまぁ落ち着いて。別に仮の設定。それで上下関係が出来るわけじゃないんだから…」

 だんだん良いあいがヒートアップし、脱線していく2人をアマリは宥める。その顔には、これは苦労しそうだという感情がこれでもかと溢れ出ていた。結局、これ以上ここの部分で時間を取るわけには行かないというアマリの説得により、麦わら海賊団の船長"麦わらのルフィ"という設定で行く事となった。

◇◇◇

「いい加減機嫌直せよ。ほら、肉やるから。」フラフラ

「へーー。どーせ私はルフィの下っ端ですよーーだ。」モグモグ

 不貞腐れるウタとそんな彼女を膝の上に乗せ彼女の前に肉を運んで揺らすルフィ。ウタも目の前に運ばれて来た肉にかぶりついている。これで付き合ってないと言う方が無理が有るが、本人達的には当たり前の距離感らしい。誰も巻き込まれたくないのか、昼時で食堂が混んでると言うのに2人の周りだけは絶妙に空いた空間が出来ていた。

「隣、失礼するよォ〜」

 そんな2人の空間に踏み入れる勇者が1人。何を隠そう海軍本部大将黄猿その人だった。

「あっ!黄猿大将!お疲れ様です!」

「光のおっちゃん!」

「今は勤務時間外…そこまで気を使わなくていいよォ〜」

 即座にルフィの脚から飛び降り敬礼するウタに黄猿は優しい声で話しかける。その言葉を聞き、ウタは力を抜いてまたルフィの膝の上に座った。

「あの…ボルサリーノさん。今回の任務の事で聞きたい事が。」

「そりゃ沢山有るだろうねェ〜。わっしに答えられる事が有ればなんでも話してあげるよォ〜。」

 こうゆう情報系統はルフィが苦手だ。だからこそ、ウタは自分がしっかりしないといけないと周りから情報を集める。ウタが真面目モードに入ったのを確認したルフィは話についていけないのを理解してるので大人しく昼ご飯を食べながら定期的にウタの顔の前に肉を差し出し、ウタは黄猿に聞いた事をメモしながら定期的に目の前に差し出される肉を食べる。そんな異常空間が出来上がっていた。

「大体こんなもんかねェ〜」

「ありがとうございました。」

「最後に、これだけは言っておこうかねェ〜。必ず生きて帰ってくる事。これだけは守ってほしいねェ〜」

 そういうと黄猿は食堂を去って行った。

◇◇◇

「それじゃあお前ら!出港だーー!!」

 ルフィの号令を皮切りに船は軍港を離れる。目指すはデッドエンドレースの開かれる島を監視下に置く海軍基地、ナバロン要塞。

「そういえばルフィ。鉄パイプ持っていくんだね。」

「おう!おれのパンチはピストルみたいに強いからな。」

「なにそれ。」

 ルフィは基本徒手空拳で戦う戦闘スタイルだ。それは他の武器が使えないからでも有るのだが、そんな彼が唯一例外と言えるのが鉄パイプだった。幼少期から使い続けたその武器は、ルフィの手に馴染み海軍の訓練も併せて独特な型をなっている。楽しそうに海を進むルフィを見ながらウタは昔を思い出す。

(やっぱり、ルフィは海賊やってた方が楽しそうだね…私が無理を言わなければ…)

 初めて会った時からウタはルフィが海賊として何か大きな事をやると思っていた。だが、そんな未来を自分の海兵になりたいと言う我儘に付き合わせてしまったせいで奪ってしまった。

(一緒に居てくれるのは嬉しい。でも、私がルフィを縛り付けなければルフィは海賊としてもっと楽しそうに生きてたのかな…?)

 答えなんてわからない。それでも楽しそうに笑うルフィの横顔をみて、ウタはそう思った。

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