デスピアンシュラリズ

デスピアンシュラリズ

あ 

 

 赤。赤だけが目に焼き付いている。

 悪夢から目を覚ましたフェリジットは痛む頭で周囲を見渡した。

 冷たい石の壁に覆われた部屋。簡素なベッドの上に自分は横たえられている。手足には冷たい鉄の感触。

「捕まった…」

 しかし 一体何に?

 思い出すことを脳が拒否しているのか、気を失う前に何があったのかわからない。ドラグマの兵に襲われたわけではないのはわかる。なにか、なにかもっと恐ろしい…

「随分うなされていたな。」

 聞き慣れた、労るような優しい声を聞いてフェリジットは我に返った。

 そこには誰もいなかったはずなのに。間違えようもない、かけがえのない戦友――もっと言えば、密かに彼女が想い焦がれている人が、穏やかな表情で佇んでいる。

「………シュライグ…?」

 しかし、彼女の声は絶望に震えていた。

 シュライグの背中。

 そこには、2対の翼が生えている。

 生身の暖かい翼ではない。機械の逞しい翼でもない。

 赤と黒に彩られた、悍ましく蠢く異形の翼だった。

 彼女は思い出した。悪夢のような赤い景色を。

 赤い空。市民だったであろう人が変貌する光景。襲いくる、見たこともない異形の怪物。攻撃を躊躇った者が倒れる。血で染まる街。退避の号令。撤退する仲間達を庇うように戦うシュライグ。避難する仲間や非戦闘員を見送る。あとは彼だけ。早く、早く助けないと。

 悲鳴のような「逃げろ」の声も聞かずにうずくまるシュライグに駆け寄ったのが最後の記憶。血がこんなに。変貌する翼。信じたくない。一緒に逃げよう―――

「シュライグ…あなたはシュライグよね…?」

 もしかしたら。

 外見が変わっただけで、彼は彼のままなのかもしれない。だって襲いかかってきた市民達は完全に原型を無くしていた。シュライグが変わったのは翼くらいなんじゃないか。だとしたら大丈夫そうでよかった――そう思いたくて、縋るようにフェリジットは訊ねた。微笑みながら頷くシュライグを見て、彼女は安堵する。しかし。

「お許しが出たんだ。」

 彼はそう返した。

「びっくりさせてしまったかもしれないけど…ちゃんと翼が揃っていても俺は俺だよ。」見てくれ、と自慢げに翼を広げてみせる。

「俺はもうあんなかたわの出来損ないじゃない。フェリジットに見てほしくて…お前を殺さないことと、変えないこと、一緒にいられることを許してもらった。」だからもうずっと一緒だ、と嬉しそうに続けるシュライグに、フェリジットは困惑する。

「お許し…?変えない…?」

 彼は何を言っているのだろう。

「殺さないって…なに…?」

 動悸がする。お許しって、誰の?言っていることが支離滅裂だ。怪我はどうしたの?何故そんなに無邪気に笑うの?かたわの出来損ないなんて…

「…私、前の翼の方が好きだな…。」

 考えがまとまらなくなって、フェリジットはぽつりと呟く。それを聞いた途端シュライグが表情を失った。

「…前の…?片方しかない…?」

「うん…暖かくて逞しい、あの翼が…」

 お昼寝中にこっそり嗅いでみると、お日様のようなにおいがしていた。いつだったか、風邪をひいたキットが翼にくるまれていて羨ましかったっけ。

 ナーベルはあなたのことをとても尊敬していた。あんな重くて感覚もわからない翼で飛ぶなんてすごいって。飛べるようになるまで、裏で大変な努力をしていたことも私は知ってる。

「シュライグ、私達はあなたのこと出来損ないなんて」

「なんでそんなことを言うんだ」

 遮った声は冷たかった。はっとして見遣ると、表情のない顔の後ろで、赤黒い翼が…先程よりも大きくなって…蠢いている。

「俺はあんなもの嫌いだ。こんな出来損ないの自分が嫌で嫌でしょうがなかった。俺はお前が好きだ。やっと胸を張って言えると思ったのに。どうすれば認めてもらえる。これでもダメなのか。どうしたら許されるんだ俺は。」

 独り言のように捲し立てたシュライグが、ゆらりとベッドに近づく。抜け殻のようだった顔は悲しみに歪んでいた。手足を枷で拘束されたフェリジットは、身じろぎするでもなく呆然とそれを見上げている。

 このひとは…、彼は、一体どこまでがシュライグなんだろう。心まで変貌してしまっているのだろうか。それとも今の言葉は、寡黙だった彼が隠してきた本心なのだろうか。

 視界が滲む。想い人に告白された喜びなど微塵もない。このわからず屋は、ずっとそうやって自分を否定し続けていたのか。

 影が覆いかぶさってくる。抵抗などできようはずがない。肥大化した翼はまるで天蓋のようだった。

 彼女にできることは、ただ彼女の知ってるシュライグを肯定することだけ。

「私――」

 私もあなたのことが好きなの。

 私達みんな、あなたのことが大好きなんだよ。

 そんな言葉を発しようとした口に、翼の一部が捩じ込まれる。変わってしまった右の翼。暖かく柔らかな羽毛は失われて、蛇や軟体動物を思わせる質感になっている。人の手のようなその先端が顔を押さえつけ、膨れあがった親指が舌のように変質してフェリジットの舌に絡みついた。

「聞きたくない…」

 泣き出しそうな声でシュライグは彼女の肌に触れる。

「お前にだけは、否定されたくなかった…。」もう側にいてくれるだけでいいんだ。なにも言わないでくれ…。そうブツブツ言いながら白くなめらかな首筋に下を這わせた。

「んっ…んむ……っ…んぅぅ…」

 体温の感じられない異形の舌から逃れようとフェリジットはもがく。口内をナメクジのようなソレがぐちゅぐちゅと荒らし回る。気持ちが悪い。服の隙間からヘビやミミズが侵入する感覚。内股から下着、その下へ。容赦なく這い上がってくる。上の服に滑り込んでくるものはそれだけではない。生温かい手が、乱暴に胸をまさぐってくる。力尽くでベルトごと剥ぎ取られる胸当て。下着は紙切れのように引き千切られる。

 露わになった肉房を鷲掴みにする手は、かつて優しかった彼のものとは思えなかった。乱暴に揉みしだき、固くなった頂を転がすように捏ね回す。かぶりつき、出るはずのない母乳を絞り出すように吸い付く。歯でコリコリと噛み、唇で引っ張り、舌で舐め転がす。その度にフェリジットは痺れるような疼きを感じる。相変わらず口内は異形に蹂躙されたまま。うめき声を上げ、体を捩って耐えた。

 首筋、太もも、脇を触手が撫でるようにさわさわと這い回り、豊かな乳房を乱暴に弄ばれる刺激で、フェリジットは秘壺を既に濡らしてしまっていた。躊躇いを見せるように花弁の周りをつつ…となぞるだけに留まっていた触手が、勃ってしまったフェリジットの蕾に触れる。

「んうぅっ!」

 その途端、電気が走ったように彼女の体がのけぞった。同時に口が開放されたが、代わりだとでも言うように下の口に手を添えられる。

「や…めて…、シュライ」「黙れ」

 口で口を塞がれた。ただやり方がわからないのか、先程の触手のように口内で暴れることはなかった。たどたどしい口付け。下に触れる手の動きもぎこちない。こんなところにかつての彼の面影を見つけてしまうのが悲しかった。

 指が一本、探るように入り込んでくる。思い出す。路地裏で暴行された時。ひもじさから股を開いた時。自分の大切である筈の場所を掻き回された記憶。また一本入り込む。

 汚れた自分にはきっと叶わないけれど…願わくば彼にこうされることを確かに望んでいた。

 指の動きが激しくなる。

「あっ、あぁ…っ!待っ、て、シュライグ…!」

 自分の嬌声に吐き気がした。

 望んでいた筈なのに。こうはなって欲しくなかった。無理矢理されることではない。彼を穢したくはなかった。

 気が付けば、翼だったモノに脚を絡めとられて大きく広げられていた。シュライグがカチャカチャとズボンを下ろして怒張を取り出す。

「だめ…お願い、やめて…」

「俺が嫌いか」

「あ…あああ、ちが…っ」

 シュライグが押し入ってくる。その大きな熱、裂けるような痛みにフェリジットは息を吐いて耐える。

「嘘をつけ」

 力尽くで最奥まで突き進んでくる。

「俺が嫌いなんだろう」

 久しく感じた痛みに慣れる間もなく揺さぶられる。

「でももういいんだ」

 滲む視界で彼の顔を見る。高潮しているのか、青ざめているのか。興奮しているのか、空虚なのか。不思議な表情だった。ただ暴力的ではない。悲しみが見て取れた。

 かわいそうなシュライグ。涙が目尻から伝うのを感じた。

「…っお前が、そばにいてさえくれていれば…!」

 律動が激しくなる。肉と肉がぶつかる激しい音が石室の壁を震わせた。

「あぁっ、や、ぁあう、はぁっ、あっいやあぁっ!」

「フェリジット…っ、好きだ、フェリジット…どこにもいかないでくれ…!」

 棄てないでくれ、俺を見ていてくれ、俺をひとりにしないでくれ…。

 そんな言葉を荒い息と共に吐きながら、シュライグは一心不乱に腰を叩きつけてくる。胸を揉みしだき、首筋を腰を脚を拘束し愛撫するのは手か翼か。めちゃめちゃに犯される。彼の体以外の何も感じられない。

「あ、ぁん、ああっ、いや、やっやめ、て……やあっ! やあぁん、んん、あああああっ!」 

 絶頂し震えるフェリジットの体を砕けんばかりに抱き竦め、やがて限界に来たシュライグは腰を震わせてその最奥――子宮目掛けて欲望を解き放った。

 




 どのくらい時間がたっただろうか。後ろからのしかかられて、抱え上げられて、口で…。何回も何回もシュライグはフェリジットを犯した。

 いつしか気を失っていたフェリジットは、シュライグの胸板に顔を押し付けた状態で目覚めた。見上げると、シュライグが薄目でこちらを見つめている。

 …どうして俺を嫌うんだ?

 恐れるように。あの行為をしていた者とは思えない、か細い声でシュライグは訊ねてきた。

「いや、当然だよな…、でも…」

 その目が逸らされる。その先にあるのは生身には存在しない筈の翼。 

 戦線の仲間達はどうなったのだろう。シュライグはこれからどうなるのだろう。正気である気でいるならば、それを突き止めなくてはならない。みんなのために彼のために戦わなくてはならない。

 でも。

「…私は貴方のことが好きだよ」

 小さくなったようにも見えるその翼を撫でて、考えるより先にその言葉が出た。

 「片羽」呼ばわりで虐げられて。

 そのせいで自分を否定し続けて。

 仲間を傷つけた敵に取り込まれて。

 こうして汚れた女を抱くことになってしまって…

「ずっと貴方のそばにいる。」

 思考も義務も義理も放棄する。こんな最低の女でよければ。

 翼ごと抱き締め返す。

 自分も、赦されるなら彼のそばにいたかったのだから。

 


 

Report Page